第6話 「あっしは立派なトラック野郎になれますかね?」──知るかぁぁぁっ!!!!!
なぜだろう? 人の自己紹介聞いてこんなに疲れたのは初めてだ。こんなにツッコみ入れたのも初めてかもしれない。
とりあえず、図書室の先生、騒いでごめんなさい。
そう思いながら司書室に頭を下げる。ひとまず、これ以上騒ぐことはないはずだ。残る自己紹介は霞月先輩だけのようだし。
と、一息ついて霞月先輩の方を向きかけたその時。
ピシャーンっ!
勢いよく入口の戸が開いた。
「コーヒー買ってまいりやしたぜ、アニキ! ふごっ」
元気のいい篠原先輩の声の直後、がっと言うとても痛そうな音。そちらを見やれば頭を抱えてうずくまるボーイッシュ女子生徒がいた。どうやら勢いが良すぎた上に滑りもよかったらしい扉が戻ってきてクリーンヒットしたようだ。自業自得だと思うけど。
「し、篠原先輩? 大丈夫ですか?」
想像を絶する痛さだったのだろうな、と思いながらうずくまって動かない先輩に歩み寄る。
すると、プルプルと震える手でビニール袋を差し出した。アニ、キ、約束の、コーヒー……っす……」
「あ、はい。ありがとうございま」
ぱたり。
ビニール袋を受け取ると篠原先輩の手が落ちる。そのまま、倒れ込み――いや、待て。
「先輩? 先輩!」
僕に寄りかかられても困るんですけど!?
あわあわと慌てふためきながら先輩を起こそうとすると
「どこさわっとんじゃワレェ!!」
「ぐほうっ」
不意打ちのヘッドアッパーにより吹っ飛ばされました。
いや、なんで?
「どうしたの? 篠原さん」
そこへ霞月先輩がやってきて、半分気絶していた僕を起こしてくれた。
「コイツ、なんか変なとこ触ってきたんす! セクハラっす! 痴漢っす!」
へ?
篠原先輩の主張に僕は目を白黒させる。心当たりはない。お尻を触ったわけでもなし、胸でもないし。というか篠原先輩の胸は閑古鳥が鳴いていますよね……というのはさておき。
ぽかんとしていると、篠原先輩は言った。
「うなじを触ってきたんですよ!」
「ずれてる!!」
衝撃的なまでの冤罪だ!!
確かに触ったかもしれない。触ったかもしれないけれども!
「そもそも急に倒れ掛かってきたりするからです。というかうなじ触られて痴漢っていう人初めて見たんですけど!? というか篠原先輩さっきとキャラまた変わってません? ねえ?」
霞月先輩に同意を求めると先輩はにこやかにそうだね、と言う。
「まあ、とりあえず桜坂くんも篠原さんも落ち着いて。二人とも肝心なことを忘れているよ」
話が思わぬ方向にそれ、篠原先輩と僕ははたと顔を見合わせた。
「図書室は飲食禁止」
「「あっハイ」」
霞月先輩の斜め上なツッコみに毒気を抜かれ、部活の席に戻ると、自己紹介が再開された。席に戻った僕を翔太先輩が「もーっ、センパイってばイケない人」なんてからかってきたけれど、霞月先輩が視線のみで制圧してくれた。
はて、そんなわけで篠原先輩の自己紹介が始まる。
「篠原和子、三年生です。あっしは音無部長に感化され、おこがましく思いながらもナンバーコレクターを目指していました」
お、人称があっしに戻っている。このキャラで行くのか。
それはいいが、この人もナンバーコレクターか。うん、もうこれくらいじゃ驚かないぞ。二番せんじというのはいただけないものだ。
とりあえず、これ以上ツッコみの余地はないだろうとひそかに胸をなでおろす。
が。
「しかし」
ここでまさかの逆接の接続詞。いやいやいやいや、これ以上いったい何があるっていうんだ。
「あっしはナンバーコレクトを進める最中、ある別種のコレクトに魅了されてしまった……」
ぐっと拳を握り締める篠原先輩。もう一方の手でばっと一冊のアルバムが出される。何か嫌な予感がして受け取りをためらっていると、「受け取って下せえ、アニキ」との言。あ、アニキネタ、続けるんですね。
もうどうにでもなれ、と諦念と自棄が入り混じった思いでアルバムを開く。
そこには。
「トラック……?」
皆さん、ご存じだろうか?
工事現場などでよく見かけるダンプカーをはじめとした大型トラックには通常のナンバープレートとは別に四桁の番号が与えられ、車体の背面と側面に刻まれている。
ちなみに、そんな大型トラックと何らかのトラブルがあった際にはナンバープレートか車体のナンバーのどちらかを覚えておけば車を特定できるとのこと。
「さっすがアニキ、詳しいですね!」
「ソンナコトハナイデスヨ」
もう僕は機械語しか話せなくなったようだ。
ただの雑学を言って現実逃避をしているのはご覧のとおりである。
原因は言うまでもなく、アルバムにある。
篠原先輩のアルバムに写っていたのは、まさしく今説明した大型トラックについたもう一つのナンバーたちである。それとあわせてナンバープレートの写真も当然のように鎮座している。
「あの、先輩、先輩のコレクト目標って、もしかして……」
「当然、トラックナンバーを含めたナンバーコレクトっす」
まさか部長より途方もない挑戦をしている人物がいようとは。何なの? この無駄に壮大な感じは。
「トラックナンバーを極めたもの――トラック野郎をあっしは目指してるんすっ」
いつからこれは映画になったんだーっ!!
声を上げたいのをぐっとこらえ、ぱたりとアルバムを閉じた。
すると先輩、僕の方ヘずいっと顔を寄せ、訊いてきた。
「あっしは立派なトラック野郎になれますかね? アニキ」
「知るかあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
図書室の先生ごめんなさい。
僕は今日一の大声でツッコんだ。
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