第4話 大和撫子先輩は「ナンバーコンプリーター」を目指すナンプレオタク──って知るかぁっ!!

「では、改めて自己紹介といこうか、桜坂同志」

「先輩、同志ってなんですか? 僕、ここに来てから三十分と経ってないんですけど、同志になれる要素どこにありました?」

 それにここに来て五分はずっとツッコミしかしていないんですけど、なんか疲れているんですけど!?

 するとぴょん、と僕の首に抱きつく人物が。

「ナンプレへの愛があれば誰だって同志なんですよ、センパイ!」

「あの、貴方年上ですよね? 二宮先輩。いつまでそのネタ続けるつもりです?」

 真横に来る可愛らしい小顔美少女(だけど♂)の二宮先輩に冷めた口調で突っ込む。リア充爆発しろとか言わないでくれ。僕は被害者だ。いや、他にも突っ込むところはあるけれど、まず。

「ネタって酷いですよ~センパイ。ボクも篠原先輩も百パー本気ですってば!」

 甘えるような口調。少女マンガさながらの美少女ぶりに、まずい、顔近っ! ……ちょっと遅いが焦り出す。

 二宮先輩の一言で思い出したが、"センパイ"案件ではもう一人悪のりしている人物がいたなぁ。いや、二宮先輩の言うとおりマジっぽいんだけど、ちょっと別な意味のマジも入っちゃうんじゃないかな?

 ちなみに、その篠原先輩は本当に飲み物買いに行った。僕が止めようにも、鳩尾直の一撃が効いて余力がなかった……

「何を赤くなっているのだ、同志。しょーたは男だぞ」

「わかってますよ」

 大和撫子な先輩──音無部長のじと目が僕を射る。いやいや、そんな目で見られても、現在一番困っているのは僕なんですが?

「心配しなくても僕に薔薇な趣味はないです」

「ならばよい」

 ……なんで念願の(だと思っていた)部活に入って自分の性癖フォローしているんだ、僕は!

 まあ、音無部長のじと目が治ったからよしとしよう。


 で。


 僕には解決しなければならない問題がある。認めたくないけれど、無数にある気がする。

 僕にもキャパシティの限界がある。まずは、一つずつだ。

「とりあえず、二宮先輩、降りてくれませんか?」

「んー? ボクはこのままでもいいんだけど。っていうか桜坂センパイ、いい匂いしますねぇ」

 嗅ぐな! 降りろ! ──が率直な感想だったが、仮にも先輩。タメ口ではいけない。

 と思考を巡らせていると、なんか首筋で鼻をすんすんされた。ちょっとかかる息がくすぐったい……じゃなくて、降りて!

 せっかく機嫌が戻った音無部長がじと目を通り越して爆発しそう。っていうか僕が爆発させられそうなんですけど!?

「観葉植物? あと、桜かな? 何にしても自然の香りは好きだなぁ」

 確かに、家には桜の木も室内用の観葉植物もあるが、先輩、その嗅覚はなんですか。

 鳥肌が立つのを感じたが、まずは目下の問題だ。

「先輩、話、聞いてます? 降りて」

「うーん、翔太でいいよ~。みんなそう呼んでるし? 呼び捨てで全然オッケーだよ~?」

 サービスとばかりに至近距離でのぱっちりウインク。ぐ、可愛い。いや、そうじゃなくて。

「降りて。とにかく降りてください。座りたいです、翔太先輩」

「翔太って呼んでくれたらね♪」

 ぐぬぬ。

 零れそうな唸りを抑え、顔を上げて目線で助けを求める。しかしいるのはじと目の大和撫子先輩もとい部長、爽やかイケメン霞月先輩。

 一番頼りになりそうな霞月先輩に視線を送るが、にこやかに困った笑顔、小首を傾げ、アメリカンなお手上げポーズ。……相変わらず泣き黒子が色っぽいのはさておいて、困っているのは僕です! 助けてください!!

 表情は完璧に読んでくれているらしい先輩だけど、なんか、雰囲気に諦念が混じっているんだよね……。三年間いた経験値の高さかな? いや、いいけど、助けて……

「はい、二宮くん。部活を始めるから、席に着こうね」

 僕の惨状をさすがに見兼ねたのか、霞月先輩は爽やかスマイルで二宮先輩に優しく語りかける。

 すると二宮先輩は。

「今日からここをボクの席にしていいですか?」

 などと宣う。僕の膝をぽんぽんと叩いて。

 うん、いくら相手が男の娘でも、僕にそういう趣味はありませんよ? 翔太先輩。

 僕が完全に硬直する中、なんだか部屋の空気が一気に冷えるような感覚があった。冷えるっていうか、凍えそう。

 お察しだろうがその場の人物の凄まじいオーラが成せる技。言わずものがな、霞月先輩である。

「副部長命令です。席に着きましょう? 二宮 翔太くん」

 口調こそ柔らかだが、纏う雰囲気で雪が降りそう。

 絶対零度ってこのことを言うんだね、とか関係のないことを思いながら、するりと翔太先輩の腕が離れていくのを感じる。図書室の空気は北極並みだけど、外の桜は綺麗だなぁ。ぽかぽかしていそうだ。ベランダに出て、日光浴とかいいかも──うん、僕は現実逃避中です。

 そしてようやく話は進む。自己紹介タイム。


「ええと、僕は新入生の桜坂 純也です。皆さんご存知かと思いますが、新入生代表の言葉とか言ってました。この部に入るために勉強してきたのは確かです。何か違うような気もしますが頑張ります。よろしくお願いします」

 入室からここまでツッコミのオンパレードだったが、オブラートは忘れないあたり、さすが普通だった。なんか、普通というのが虚しい気もするが。

 今更だが、ナンプレ──ナンバープレースへの愛を十分くらい語り尽くした自分が恥ずかしいので、あまり当たり障りのないよう。気を配った。

 この部屋にいるのは音無部長、霞月先輩、翔太先輩の三人だ。

 篠原先輩は一体どこまで飲み物を買いに行ったのやら、未だ戻らないのだが、突っ込むのも体力の浪費だと理解したので、脇に避けておく。

 僕の無難といえば無難な自己紹介への先輩方の反応は三者三様だった。

 翔太先輩は先程の霞月先輩の絶対零度を引き摺っているのか、反応が薄い。というか、聞いているのか怪しい。自業自得といえばそうだけれど、大きな瞳を空虚が彩っているのがなんともいたたまれないので、一刻も早い回復を祈る。

 音無部長はじっくり、どこか愉しそうに僕を見ている。同志のくだりから並々ならぬ好奇の視線が僕を見ているのだが、じろじろと見られるのはあまりいい気はしない。大和撫子を絵に描いたような美人さんなので、まんざらでもない自分もいるが。

 さて、霞月先輩だが、翔太先輩が素直に席についたので、絶対零度のオーラは最初からなかったかのように消えている。今は通常仕様の爽やかスマイル。何を考えているかはわからないが、初対面から好意的な先輩はいい人のはずだ。

 全体的な僕の印象としては、この部に歓迎されてはいるのだろう。僕の演説の影響が大きいのだろうが……ものすごく勘違いされている感が否めない。僕が語ったのは"ナンバープレース"への愛であって、"ナンバープレート"への愛ではない。

 けれど、それを理解してくれていそうなのが、霞月先輩だけのような気がする。というか、あと三人(篠原先輩含む)は僕を神格化しているような気配まである。果たして、誤解が解けるだろうか。それが僕の最大の懸念点である。

 考えているうちに、部長の自己紹介が始まった。

「先も言ったが、私はこのナンプレ部の部長を務める音無 雅という者だ。ナンバープレートのナンバーを揃えるために、駐車場ではガラケーが手放せない。あと、マイクロSDは常に三枚所持している。車のナンバープレートとは奥深いものでな、私は1から9999まで数を揃えることを目標に、日夜写真を撮り続けている。本当は画質のいいデジカメを買いたいところだが、家庭の経済的な事情で未だ買うことはできていない。マイクロSDも使い回すために定期的にコンビニでプリントアウトを行っている。そのためにコンビニでバイトをして職権乱用というありがたい恩恵を受けている。そこのファイルはそうしてできたナンバープレートファイルの第三号だ。まだ穴空きの番号があるのが口惜しいが、欲しいナンバーが見つかったときの歓喜、空白だった数字が埋まったときの快感は、えもいわれぬものだ。だから、桜坂の演説には、深く共感したよ。こんな素晴らしい同志を得られて、私はナンプレ部に入ってよかったと心の底から感動した。桜坂同志、ありがとう」

 長い長い語りの締めくくりに、部長は白く細くしなやかな指の手を僕に差し出した。部長の語りには盛大な勘違いが含まれているのだが、黒曜石のように煌めく、ひたむきさを宿した瞳に惹かれるように僕はその手を握った。細い指が、僕の、全国の皆さんの手を足して割ったような普通の指に絡む。

 部長の艶然とした笑みも相まってか、僕の鼓動が常より激しく波打ったが、冷静になると、うん、ツッコミどころが満載だ。でもどこから突っ込めばいいのかな?


 とりあえずわかったのは、この部で最も僕を誤解している音無先輩は、ナンバープレートの四桁の数字を集めるという尋常じゃないコレクターだということだった。


部長には悪いが、その執念というか、徹底ぶりに僕はドン引きした。



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