第29話 変化

  デュバルが声を張り上げて叫ぶ。

 

 「やばいぞ、すでに操り人形たちに囲まれている」


 周囲に目をやれば、ラクフが生える天然の花園そのものを取り囲むように操り人形たちが円環状になって待機しており、主の命令を静かに待っている。


 「これでもうどこにも逃げ場はない。とっとと観念するんだな」


 「逃げる必要なんかないさ。ここでお前を殺すのだから」


 フレイルが鋭いまなざしをデュバルに向ける。

 しかし今の彼女は以前のような感情任せになっているのではなく、自らの理性と対話した上で覚悟を決め、剣を握っているのであった。

 そしてデュバルを倒すことが出来る機会はもう二度と来はしないのだ、という考えが頭に浮ぶ。

 これはそもそもデュバルを倒さねば生きては帰れないことが容易に想像できるのっぴきならぬ現状を鑑みて導き出され考えでもあるが、それ以上に彼女が困難な道を歩んできた十年間に潜在的に育まれた気概によって生み出された覚悟であった。


 「ああそうかい、そうかい。ではお手並み拝見だ」


 デュバルはさっと指を、歩み寄り始めるフレイルに向ける。

 するとデュバルのすぐ後ろに控えていた操り人形が、即座に飛出す。

 それも一体ではなく、四体の操り人形が同時にフレイルの命を刈り取らんと、取り付けられた刃を光らせながら肉薄する。

 

 「フレイル!いったん下がるんだ!俺たちが援護するから!」


 エイトが危険を感じ、すぐに叫ぶ。

 だがフレイルは後退ることもなく、憮然ぶぜんと構えている。

 剣にはすでに魔法によって、燃えたぎる炎が纏っていた。

 

 「大丈夫だ。この程度の敵に打ち砕かれるほど、私の決意も覚悟も弱くはない!」


 手を胸にあてがい、自分の心底に問いただすようにしながら、フレイルは言った。


 五体の操り人形が攻撃を連続で繰り出す。

 フレイルはその攻撃を、かわし、いなす。

 きらびやかな花々を背景にするには、全くもって不相応な殺伐とした音があたりに響く。


 「はああああ!!!」


 一体二体と立て続けに操り人形を破壊していく。

 フレイルは鬼気迫り、猛然と剣を振っているように見えるが、その実、精巧に操り人形の核となる頭部に攻撃を加えている。

 悟性で自身を従え、荒ぶる感情をも原動力にしながら彼女は戦う。

 

 「ちっ」


 デュバルが忌々しさを隠さずに、舌打ちをする。

 フレイルは五体の操り人形を手間取ることもなく、あっさりと処理をした。

 一体目を倒してからは、流れるように次々と残りを倒していった。

 エイトらに加勢させる余地も与えなかった。


 「ただの貴族の小娘だったお前にしては少しはやるようだな。剣を振るしか能がないのかと思えば、魔法の心得もあったとはな。だがどうする?私の人形は無尽蔵と言ってもいいのだぞ。その魔法もいつまで持続できるのかな?」


 操り人形があっけなく倒されたことに、不満をあらわにしたデュバルだったが、すぐに普段の調子を取り戻す。

 現状における自らの優位性を思うと、自然と勝利に対する甘美な優越感が湧き上がる。

 デュバルの目に映るフレイルの姿は十年前と何も変わっていない。

 取るに足らない、脆弱で、愚かな小娘の姿。

 フレイルはそのデュバルの僻目ひがめを見抜いていた。

 独善的な自信と傲慢さに頼るデュバルに対して、今やフレイルの方が冷静な洞察力を発揮出来ていると言ってもよかった。


 「お前は先ほど私のことを十年前から何も変わっていないといったな。だが本当に変わっていないのはお前の方だろう」


 「何が言いたいんだ?そりゃあ私は変わっていないさ。変わる必要がないからな。今の私は完全無欠と言っていいのだから」


 「変わって無くて安心したよ。ストルでのことを謝られたらどうしようかと思っていたからな。……心置きなく刃を向けられることが出来てよかったよ!」


 語気を強めるとともに、フレイルは駆ける。

 狙うは全ての根源である、デュバルの命。

 一心に、一直線に地面を蹴る。

 未来に進むために。


 「フレイル!」


 フレイルの行動の危うさにたまりかねたリーザは思わず声を出す。


 「必ず、必ず届く!私の刃は!」


 リーザの声を背に受けながらも、フレイルは足を緩めない。

 自分に言い聞かせるように静かに、それでいて力こめて呟く。


 デュバルはフレイルの突撃にも顔色を一つ変えず、悠然と構える。

 その真意を証明するかのように、二体の操り人形がデュバルの背の影から姿を現し、彼をかばうように立ちふさがる。


 「小癪な真似を!邪魔だ!!」


 フレイルは渾身の力と魔力を込めて、敵を薙ぎ払うように、剣を大振りで横に振る。

 炎は爆発のような激しい音を立て、勢いを増す。

 一撃は炎をなびかせ、舞い上がらせながら、二体の操り人形を同時に両断した。

 そしてそのまま立ち止まることなく、デュバルに詰め寄り、フレイルの間合いまで捉える。


 「くらえええええ!!!!」


 「くそっ!」


 デュバルは操り人形による牽制が、一撃で突破されるとは思わなかったのか、一瞬の反応に遅れをとった。

 デュバルの右腕に剣が振り下ろされ、彼の腕が壊された人形のように、なんの感慨もなく落下した。

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七人目の転生勇者 春先夏人 @amane2263

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