第28話 ラクフ

  まず目につくのは、一面に咲き誇る華麗なる花々である。

 赤、白、青、紫、橙といったこの世に存在するあらゆる色が、その場に集約していた。

 そこだけ何者かによってくりぬかれたように、円形に花の絨毯じゅうたんは広がっていた。

 取り囲むラクフの森の何気ない木々と隔絶されているかのように思わせるほど、多彩な色彩を放つ花々は、神秘的であり、異質でもあった。

 立ち込める香しい香りは芳醇ほうじゅんともいえるほど、そこに来た生物を酔わせるほど強くも甘いものであり、より一層その場所の幻想性を強めていた。

 超自然的であり、幾多の種類と色の花が敷き詰められていながらも、花という一つのテーマをもとに作られたのでは、と疑わせるような統一感のある光景。


 四人はこの目の前の圧倒的な光景から流し込まれる情報の多さに忙殺され、あるいは、危険なほどの幻想性に心を奪われ、ただ茫然と立ち尽くすだけであった。

 これまでの疲労、記憶、決意を忘れるほどに。


 「あっ」


 だがエイトはすぐに我を取り戻す。

 それは彼の意志が他の三人よりも強固で強靭なものであったというわけではない。

 見つけたのだ。

 夢うつつのまどろんだような状態から、目覚めさせる強烈な光を。

 なぜすぐに気づかなかったのか。

 一度を目にしたらもう目が離せないほどの、恍惚と光り輝く、絶大な衝撃を与える一輪の花。

 一面に咲く花もそれの前には、引き立てるための飾りであると感じさせるほどの存在。


 生得の本能に抗えず、花に吸い寄せられる蜂のように、エイトはその花を目掛けて走り出す。


「エイト?」


 他の三人は彼がどこに向かうのかと、疑問を持ったがすぐにその回答が頭に浮かんだ。


 「……これって、間違いないよな?」


 エイトが足を止め、震える声で呟く。


 「やっぱりそうですよね……」


 「本当に存在していたなんて……」


 具体的に言わずとも、何を言おうとしているのかお互いに分かった。

 それだけに象徴的な存在感があった。


 「ラクフだ。これがラクフなんだ……!」


 エイトが驚きとわずかな恐れが混じった声で、その名を口に出す。

 もちろん目の前に咲く花がラクフであるという理屈めいた根拠はない。

 しかし、そうとしか思えないのだった。


 日に照らされる花弁は、幾重にも折り重ねっているが、一枚一枚が力強い存在感を放っている。

 皓皓こうこうと光を放つ花弁は、さまざまな色がないまぜになっており、虹色とも形容できるほどに、多彩であった。

 他に比肩させるものを想起させないほどの、唯一無二の絶対的な美が体現されていたのだ。

 この花の魅力は筆舌に尽くし難いもので、四人は陶酔にも似た気分を味わっていた。


 「まさか本当にラクフというものがあるとはな。てっきり作り話かと思っていたが」


 「考えられないような美しさだ。そりゃあ伝説にもなるよ。見た事が一生の自慢になるだろ、こんなの。……だけどこの花どうすればいいんだろう、取っていいのかな?」


 「誰かの所有物でもないわけですし、きっと大丈夫ですよ!普通に摘んでも問題ないはずですよ」


 「ちょっと、こういうのは慎重に扱うものよ。自然と共に育ったエルフである私に任せなさい!」


 四人は思い思いに話し始める。

 デュバルのことなど忘れ、普段の何気ない日常に戻ったかのようであった。

 だが現実は常に非情で、影のようにすぐ近くにまとわりつくものである。


 「こんな場所があったとはな。そしてそこに生えているのがラクフと見て間違いなのかな?」


 「デュバル……!」


 「しかし今日は特別な日だな。フレイルには再会するし、渡り鳥とも会うし、ラクフも見つけるとは。長く生きてみるものだな」


 デュバルは操り人形を付き従えながら、相変わらずの落ち着きぶりを見せながら姿を現す。

 華麗な花の絨毯に興味があるのか、表情は明るかった。


 「見事な光景だな。トラクフもとっとと占領して、ここに私の庭園を作りたいものだな。朝焼けと共にこの花々を拝むというのも悪くないだろうなあ」


 デュバルは一人、自分の夢想に入り込むように両手を広げる。


 「それにお前たちもよかったじゃないか。人生の最後にラクフも見れて。墓場としては贅沢すぎるものだぞ。こんなに自然のお供え物もあってうらやましいぐらいだな、はは」


 「ああその通り、墓場としては贅沢すぎるな。お前のような下賤な者にとってはな」


 フレイルが言葉を返す。

 デュバルはただニタニタと嘲るような笑みを浮かべる。


 「心の汚いフレイルにはこの光景は美しすぎたか。かえって毒だったな。私の墓場だと?かわいそうに、あんまりきれいな花を見すぎて、頭の中にお花畑が出来てしまったようだな。馬鹿が!貴様ら全員、その命を摘み取ってくれるわ!」

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