第27話 逃走の果てに

「逃げるってどこに逃げるんだ!?」


 四人は森の中をただがむしゃらに走る。

 フレイルは納得がいかないのか、質問を投げかける。


 「わからない。けど、あの場で戦っても操り人形たちに包囲されて終わりだろう。走りながらどうにか倒す方法を考えるんだ」


 戦うにしても魔力や体力には限度がある。

 無尽蔵と思えるほどに現れる操り人形を相手では、正直に正面から戦うわけにもいかない。

 だがこのまま走り続けていれば、自然と相手を出し抜く妙案が浮かぶとは限りない。

 ましてや魔王軍幹部であるデュバルともなれば、格上の相手であるのは言うまでもない。

 エイトらの心に暗雲が立ち込める。

 走りながら視界を過ぎ去ってゆく、ラクフの森を作り出す草木たち。

 それらを見ると穏やかなラクフの森が、鬱蒼とした陰気な森に変貌しているように感じた。


「逃げろ!逃げろ!小鹿ども!貴様らが足を止めるまで追いかけ続けるぞ!さあ死に物狂いで逃げるがいい!」


デュバルの嬉々とした声が響く。

戦いというよりかは、さながら一方的な狩りを楽しんでいるようであった。

 

 「フレイルよ!まさか仲間がいるとはな!そいつらはお前の咎を知っているのか?ええ?自分は悲劇を被ったと叫び、慰めてもらったのか?だがお前のさもしい復讐劇に付き合わされているそいつらも私に殺されるのだぞ!またしてもお前のせいでな!周りに不幸をばらまくフレイル嬢!」


 「耳を貸すなよ」


 「ああ」


 取り合っても仕方がないとは、もちろん理解している。

 だがフレイルの顔には影がある。

 デュバルの煽りに心を痛めたわけではない。

 彼女は走りながら心の奥底で、浅からぬ自問を繰り返していた。


 (ついにこの日がやってきたのだ。私とストルの運命を清算する日が)


 フレイルは視界に映る三人の背中を見つめる


 (さんざん泣いた。何度も誓った。デュバルをこの手で殺すのだと。デュバルが失ったもののかたきだと語りながら、自身のせいだと自責する自己矛盾。もうどちらも否定はしない。決めたのだ。奴と決着をつけ、この命は未来のために使うのだと。邁進し続ければいい。もしストルで命を落としたものが全てを知ったら、私がのうのうと生きながらえていることに怒りを覚えるかもしれない。受け止めよう、その怒りも。全ての償いになるとは思わない。それでもこの先は失ったものよりも多くを救っていきたい。これも結局は私のエゴだろう。でも仲間はこんな私を受け入れてくれたんだから、それに応えたい)


 移ろいで行く周りの景色のように、時間も停滞することはなく進み続ける。

 今はその未来に向かって、できることを、やるべきことをこなせばいい。


 「みんな、さっきはまた取り乱してすまなかったな。もう迷いも恐れもしないから」

 

 「フレイル」


 フレイルの口から明るく前向きな言葉を聞けただけでも、エイトらは気が安らいだ。

 その一方で、動かし続ける体は疲労を訴え、心情とは裏腹にむなしくも正直であった。


 「すみません、私、もうそろそろ体力が限界なのですが……」


 セフィアが苦しそうに息を荒げながら、か細い悲鳴をあげる。


 「何かデュバルを倒す作戦みたいなものは思いついたの?」


 「いやごめん正直何も……」


 リーザの問いにエイトがばつが悪そうに答える。


 「いいじゃないか。正面から戦ってやれば。私はもともとその気だったしな」


 仲間のやり取りをフレイルにとっていつになく心地よく聞こえる。

 こんな状況下でも、彼女はかつてないぐらいの安楽さに包まれていた。

 共に戦ってくれる仲間がいる。

 それだけでも彼女には十分に思えた。


 走る中で先頭を行くリーザが不意に呟く。


 「なにかしら。前からするこのかぐわしい匂いは」


 「前の方に光が見えるぞ。開けた場所に出るのか?」


 生えわたる木々に太陽の日がさえぎられている森であったが、は日が差しているのか輝かしい光が木々の間から漏れていた。

 吸い寄せられるように四人はその光に向かう。

 影が広がる森の中を抜け出す。


 「なにこれ……。どうしてこんなところに……」


 リーザが感嘆の声を漏らした。

 四人の目の前には戦闘中であることを忘れさせるような、天上と見まごうほどの、この世を超脱した景色が広がっていた。

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