第26話 邂逅②

「なんだ?たかが冒険者がどうして私の名前を知っているのか」


 デュバルはいぶかしげな眼で、探るようにエイトら四人を一人ずつ確かに眺める。


 (こいつが魔王軍幹部のデュバル。フレイルの遺恨の矛先……。確かにただならぬ存在感を感じる……)


 デュバルはフレイルが説明したとおりの風貌を呈していた。

 深い青のフロックは威圧的な風格を持たせている。

 エイトらを下に見ているのか、鼻につくような尊大さを微塵も隠すことはない。

 首を少し曲げ、冷笑的で侮蔑を込めた目で無遠慮な視線を送り続ける。


 「ふむ、なるほど、なるほど。そういうことか」


 少しして、デュバルは得心がいったようにしきりに頷きながら、笑みを浮かべる。

 悩ませていた謎が、完璧に解けた時に感じる痛快さをあらわにするような様子であった。


 「だから私はこんなところに送り出されたのか。……おい、そこのお前」


 デュバルはおもむろに指をさす。

 

 「え?」


 デュバルが指さしたのはエイトであった。


 「その指輪、お前だな?」


 「俺が渡り鳥?何を言っているんだ?」


 「とぼけるなよ。お前が一番よくわかっているだろう。その指輪とおまえ自身はこの世界の……」


 「おい」


 デュバルの言葉を断絶するほどの、短くも、どすのきいた声が森の中に響く。

 フレイルであった。

 憤然としており、彼女の赤い双眸は燃えるようにギラついている。

 デュバルは確かにフレイルのことを目にしたはずだが、全く気にも留めなかった。

 フレイルにとっては記憶から消し去りたくとも、かなわないデュバルという存在。                しかしデュバルからすれば彼女は長い人生で何度も通り過ぎた路傍の石にしか過ぎない。デュバルの態度からそうとらえたフレイルはこの上ない屈辱と恥辱をなめさせられた気分であった。


 エイトには彼女の一言で、この場を取り囲む空気が全て入れ替えられたような気がした。

 デュバルに張り付いていた余裕の笑みも、今は消え去り、口元をきっぱりと結んでいる。


 「今私が話をしていただろう。邪魔をするな」


 フレイルの圧にも全くひるむ様子を見せずに、デュバルは言葉を返す。


 「まさか私のことを忘れたなどとは言うまいな?」


 「ナンパか?初対面だろう。お前のことなど、私は知らないぞ。……いや、まてよ。その髪と目、どこかで見たような……」


 デュバルは改めてフレイルのことを検分するように、じっくりと見つめる。


 「もしやフレイル……?フレイル嬢ではありませんか!いやーははっ。お久しぶりですな。すっかり大きくなられて。一目見ただけでは判別がつかなかったもので。ははははっ」


 デュバルは伸ばすような芝居がかった口調で、両手を広げながら言った。

 慇懃な物言いだが、もちろんそこに敬意は含まれていない。

 そしてデュバルの目はフレイルを認めるや否や悪意に満ちた嘲笑的なものに変わった。

 フレイルはただ黙り、デュバルをにらみつける。


 「しかし本当に驚いたな。まさか生きていたとは。てっきり死んだものかと思ったよ。ストルでは本当に助かった。おかげで予定通り陥落させることが出来たし、ご両親も殺すことが出来たのだから」


 「貴様っ……!」


 「何を怒っているんだ?全てはお前が悪いのだろう。お前がやすやすと私の依頼を請け負わなければあんなことにはならなかったのだから」


 「……ちがっ……」


 「本当は自分でもわかっているだろう。お前さえいなければ少なくとも当分ストルは攻め落とせなかっただろうよ。あそこは戦力も十全にあったし、指揮官も、お前の父親もいい腕をしていたしな。だが愚かな娘が全てを無にした。どうしてああなったのかは火を見るより明らかだろう。二二が四という風にな」


 フレイルが言葉を詰まらせたのを見るや、デュバルは嬉々として責め立てる。

 彼女はわなわなと震え始める。

 この日までに積み上げてきた覚悟や決意が崩れていくように感じる。

 冷静さを欠き怒りと恐怖がないまぜになる。それは彼女の主導権を奪い、悟性を刈り取る。


 「貴様を殺す。今ここで決着をつける」


 「あの時と変っていない。相変わらずの阿呆だな、お前は。私を殺す、だと?やれるものならやってみろ」


 剣を抜くフレイルに対しても、デュバルは傲然とした態度を崩さず、余裕の表情であった。


 「ちょっと、フレイル!そんな奴の挑発に乗らないで、いったん下がって!」


 「おい、まずいぞ!」


 エイトとリーザが異変に気付き、フレイルに向かって叫ぶ。

 広がる草木の奥からは数えきれないほどの、無数の操り人形の姿があったのである。



 「あの数に囲まれたら、とても対処できませんよ!」


 「みんな、とにかくここはいったん引こう!」


 「引くだなんて。デュバルはもう目の前にいるというのに!」


 「それはもちろんわかってるけど、あんな数相手にしていたら俺たちが先に力尽きるぞ。いいからいったん逃げるぞ!」


 「あっ、おい」


 デュバルに挑もうとするフレイルの手をエイトは強引に引っ張り、この場から離れようとする。

 走りゆく四人の背を見ながら、デュバルは獰猛な笑みを浮かべる。


 「逃がしはしない。フレイルも渡り鳥の男も必ず殺す」


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