第24話 連携

 フレイルは自身の何倍もの大きさを誇る巨大な操り人形を前にしても、少しも物怖じするような様子を見せない。

 剣を抜き、構えながら荒れ始める感情の渦を鎮めるように、大きく息を吐く。

 デュバルとその操り人形に対する怒りと憎悪は時間の経過とともに増加していった。

 操り人形、デュバル当人ではないとは言え、ストルを崩壊させた端緒とも言える。

 フレイルにとって、この操り人形こそがデュバルの悪意が実体化したものに見えて他ならなかった。


 「《炎よ、燃え盛れ》!!」


 フレイルが叫ぶと、彼女が構える剣の刃に真っ赤な炎纏い始める。


 「魔法で刃の部分だけに炎を出して、とどまらせているのか」


 炎は灼熱とし、赫灼かくしゃくたるその赤は見る者を惹きつけるような存在感があった。

 まるで彼女が人生を捧げた決意を、デュバルに復讐を誓うその熱量を、表したかのような炎であった。


 「フレイル!注意して!」


 リーザが叫ぶ。

 巨大な操り人形はこぶしを振り上げ、そしてフレイル目掛けて勢いよく振り下ろす。

 しかし攻撃は空を切る。こぶしは地面に落とされ、その衝撃で多少土煙を上げるのみであった。

 破壊力は申し分ないが予備動作が緩慢である分、どこに攻撃が当たるのかを予測するのは容易く、避けるにも造作もなかった。


 「見え透いた攻撃だ。デカいだけで所詮しょせんは木偶の域を抜け出せはしないな!はああああ!!」


 火炎纏う剣でもって、真横に鎮座する巨大な操り人形の剛腕に一撃を見舞う。

 

 「やはり切断は出来ないか……」


 だが渾身の一振りも戦況を変えるような損害ダメージはくわえられない。

 巨大な操り人形は攻撃を受けるとギチギチという耳障りな木擦れ音を立てながらこぶしをフレイルに向かって、横に振り、殴りつける。

 その攻撃もフレイルは素早く後ずさることで、なんとかかわす。

 巨大な操り人形は振ったこぶしの勢いを制御できず、その先に伸びる木にぶつかり、粉砕する。


 「お互いに決定打が与えられないな」


 倒れゆく木とその残骸を見やりながら、フレイルが冷静に言う。

 

 「でも、フレイルさんの一撃も全く効かなかったわけじゃなさそうですよ」


 セフィアが一点に向かって指をさす。

 巨大な操り人形の腕部には、先程フレイルが一太刀を加えた箇所に切創がはっきりとつけられていた。


 「ならば狙いを絞れば有効打を与えられるか?魔法で作られ、甲冑を纏っていようとも人型を倣っている以上関節部などはもろいはずだ。ただどう攻撃を浴びせるか……」


 操り人形であれば、顔部に埋め込まれた魔法石を打ち砕くか、その魔力を四肢に流れ伝えるための道となる首を切断すれば倒すことが出来るだろう。

 しかし、敵の巨体ではフレイルの剣先も届くことが出来ない。

 跳躍をするにしても限度がある。

 足元から崩そうにも、巨大な操り人形の攻撃は大振りであるが、一発でも当たれば致命傷となりえるほどの威力を持っているため、近づくことも容易ではない。


 「俺がフレイルの攻撃を強化するよ」


 エイトの声に三人の視線が集まる。


 「まずあいつの足の関節部を破壊して、体勢を崩したい。リーザ、狙えるか?」


 「もちろん」


 「それならフレイルがリーザの攻撃が当たるように注意を引き付けてくれ。セフィアはいつでも魔法を打てる準備を。そしてフレイルが攻撃をするタイミングに俺が合わせて能力を使う」


 「わかった」


 「了解です」

 

 エイトは自分ができることを、仲間ができることを最大限に活かそうと考えを巡らせた。

 今までの戦闘からパーティーメンバーが適材適所に力を発揮し、状況に応じて連携をとることが勝利に結びついていると考えた。

 

 (今やるべきことを見出すんだ!)


 自分の意見に仲間は賛同してくれた。

 作戦と呼ぶには稚拙で頼りなさを覚える指示だったが、それでも仲間はエイトのことを信頼したのである。

 ならばその信頼に応えなくてはならない。

 エイトは右手のこぶしを強く握りしめる。


 「フレイル!こっちはいつでもいいわよ!」


 「ではいくぞ!」


 リーザの声に反応し、フレイルが突撃する。


 巨大な操り人形は再び近づいてくるフレイルに向かって、こぶしを突き出し攻撃する。

 しかし攻撃は当たらない。正確には彼女の位置まで届いていないのであった。

 フレイルは攻撃が当たる間合いの外を紙一重で、巨大な操り人形を中心に円を描くように走る。

 彼女に対応しようと巨大な操り人形はエイトらに対し横を向く。


 「今だ!リーザ!」


 エイトが叫ぶよりも先にリーザは一瞬の好機を見逃さず、矢を三本同時に放った。

 ヒュンという小気味のいい音がしたかと思えば、矢はすでに狙った場所に命中している。

 甲冑と甲冑のほんのわずかな隙間に、三本の矢がしっかりと刺さっていたのである。


 「でも倒れない!」


 巨大な操り人形は繋ぎ止める働きをする関節部に矢が刺さっても依然として直立している。

よろめきはしたものの、思い描いた結果にはならなかった。


巨大な操り人形は一向に攻めてこないフレイルは無視をし、控えているエイトら三人に狙いを変え、近づき始める。


「セフィア!魔法を!」


「はい!」


近づく巨大な操り人形に、セフィアは魔法による攻撃を行う。

だがまたしても頑強で重厚な腕部を盾に、防がれてしまう。


「やっぱり私の魔法は通用しません……!」


セフィアが弱々しく悲痛な声で、弱音を吐く。

が――


「いや、十分だ!」


フレイルがこの時を待っていたと言わんばかりに、セフィアの弱気を吹き飛ばすほどの自信に満ちた力強い声を上げる。

同時にフレイルは巨大な操り人形の足元に潜り込む。


「今だ!!」


エイトは強化の指輪に念ずる。

彼の指輪の周りに稲光が走り、それに共鳴するようにフレイルの体は恍惚で神妙な光に包まれる。


「くらえ!」


 フレイルが猛然と剣を振る。

 巨大な操り人形の足は彼女の剣撃にわずかにも耐えることなく、切断される。

 リーザの矢が刺さり、もろくなった脚部はフレイルの魔法によって強化され、さらにエイトによっても強化された剣撃を前にしては、その耐久度は薄い紙も同然であった。

 巨大な操り人形は巨躯を支えきれず、体勢を崩す。

 それでも反射的に、というよりは機械的に手を地面につくことで、横転するような事態はかろうじて防ぐ。

 しかし上体が下がった時点でフレイルに破壊される結末は必至となっていた。


 「これで終わりだ!!!」


 フレイルは振り上げ、近づいた巨大な操り人形の頭部を切り落とす。

 剣撃の動きをなぞるように、華美な炎の残滓が虚空に舞う。

 霧散する炎と共にフレイルも魔法を解き、指輪の光も消え失せる。


「やったー!倒したわ!」


 倒れ行く巨大な操り人形を見ながらリーザが歓喜の声を上げた。

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