第20話 フレイルの過去④
「話の続きと言っても、その後に起こったことは今の状況を見れば明らかなことです。男が何やら叫ぶと、人形たちが一斉にひとりでに動き出し、門兵たちをなぎ倒すと空いた城門からストルの街中に侵入していったのです。この話をした者は側防塔で監視をするのが仕事だったらしく難を逃れたそうですが、下にいた兵たちはその場で惨殺されたそうです。それから人形たちは一抹の躊躇もなく、与えられた使命に応えようとストルで縦横無尽に暴れ始めました。明け方のまだ多くが寝ている時間であったのが混乱を助長したのでしょう。戦地と隣りあわせでも今までストルが危機に瀕したことがなかったのも影響したのかもしれません。突然の惨劇は抗う猶予すら与えず、一瞬でストルを飲み込み、現在の……手に負えない状況にまで発展したのです」
男爵は悲観にくれた表情で言葉をしめた。
愛すべきストルが別れを告げる間もなく、崩壊し、離れなければならなくなったこと。
多くの人々が絶望と恐怖と死の旋風に巻き込まれたこと。
これらのことは現在馬車で避難しているにもかかわらず、受け入れがたく、信じたくない事実であった。
馬車に乗る三人の心には重い鉛のようなものが、のしかかっていたのだろう。
皆散漫とした様子で、気弱になっていた。
私の前で今まで弱音を決して吐かなかったライシアも、目には涙が浮かび始めていた。
「どうして、どうしてこんなことに……」
『どうしてこんなことに』この言葉は私の心を深くえぐった。
本当にどうしてこんなことになってしまったのだろうか。
いや、もはや疑問を挟む余地などない。
私だ!私がやったのだ!!!
全ての災い!ストルの陥落!失われた命!失われた変えるべき場所!失われた多くの未来!……そして父と母!
ありとあらゆる出来事の真因は私にあったのだ!
簡単な話だ。王都からの書簡と言っていたが、素性の分からぬ男が渡せば、突き返されるだけだろう。
だから信頼性を高めるためにフィリーゼフ家である私に渡させたのだ。それでも怪しく見えるだろうが、そんな審議をさせる暇もなく、翌日に門に来ればいい。
見てくれは荷車にさえすれば城門まで近づける。もともと正面の城門は戦場とは反対の、フィリーゼフ家の領地であったから警戒が薄い。
城門まで来れば魔王軍幹部(デュバルのことはこの時は知らなかったが)の力でもって、簡単に都市内に侵入できるだろう。
私に全ての罪がある。
この事実に私は大いに衝撃を受け、鼓動がかつてないぐらい大きな音を立て、視界がもうろうとするぐらいであった。
これほどの大罪を犯した人間がかつていただろうか。
考えを巡らせば巡らすほど、罪の意識は重くなっていった。
わだかまりなく洗いざらい話すべきだ。
そう思い口を開け、話そうとするが、『あ、あ、』といういびつな吃音しか出せなかった。
もし話したとしたら、この場にいる三人は私をどうするのだろう。
この
私は逃げ出したのだ。自分の罪から。
先程公爵と男爵を責め立てていながら、私は卑劣にも罪の巨大さに恐れをなし、すぐに目をそらそうとしたのだ。
この世で最も唾棄すべき悪辣な人間に、わずか一日にしてなり下がったのだ。
しでかしたことの重大さに、そして逃げ出そうとする私自身の
この期に及んでも涙を流し、少しでも気を楽にしようとする自分が本当に憎かった。
腹も引き裂かれたような痛みが走り出し、私はその場で嘔吐した。
「フレイル様!?」
「薬があったはずだ!すぐに飲ませよう」
私の異変に周りが騒然と騒ぎ出した。
意識は混濁の中にあり、周りの音も明瞭に私の耳まで届いてこなかった。
私は吐いた醜い
罪を犯したのなら、相応の罰が必要だ。
だが私は罰から逃げ出してしまった。
罰を受ける絶好の機会を逃したのだ。
ならば私は罪を一生背負って生きてゆかなければならない。
背負った罪を途中でおろすことなど、私には許されないのだ。
ただ一つ償いができるとしたら、あの男を殺すことだろう。
私は人生のすべてをささげ、あの男を、デュバルを殺さなければならないのだ!
それ以来私はあらゆる手段を使って、デュバルを追い続けている。
デュバルを殺すまでは私は死ぬことすらも許されないはずなのだから。
◇◇◇◇◇
フレイルは全てを語り終えると、テーブルにあるコップの水を一気に飲み干した。
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