第19話 フレイルの過去③

 数歩先もわからぬ常闇に包まれた地下道をランタンで照らしながら、足早に突き進む。

 地下道はむせかえるようなカビ臭さと埃が全体に立ち込めているようで、瘴気すらも感じえるような場所であった。

 私の胸中は相変わらず様々な感情がないまぜになっており、それを表現するには年相応に泣くことしかできなかった。

 さらに私の絶望を増長させたものはその地下道であった。

 地下道は都市内にもいくつかの出口や空気の通り道として、地上とつながっているようで、地上の様子が様々な音として私たちのもとにも伝わってきた。

 その音の重なりは地獄の狂想曲と形容するべきであろうか。

 人々が苦痛と悲しみに悶え、叫ぶ声。建物が燃え盛り崩落する音。それらが地下道に届き、波紋のように広がり、反響し、こだまする。

ストルが廃滅していく音が、亡霊の絶叫のように地下道に響き渡る。

筆舌しがたい恐怖が私を襲い、支配したのを今でも鮮明に覚えている。


 そんな中歩みを進めていると、恒久にも思われたその責め苦からついに解放される時が来たのである。

 地上へとつながる階段が見え、その奥には格子状の昇降口が見えた。


 開けて出ると、ストルのそばの森と平地との境目に位置するような場所に出た。

 木々を少しかき分ければ、開けた場所に出る。そしてストルの堅牢な城壁がすぐに視界入る。

 だがやはりストルからは黒煙が舞い上がっており、それはまるで非常な現実を知らしめる、狼煙のろしのようであった。

 しかし突然ストルを襲った狂騒きょうそうから脱出した人も少なくはなかった。

 逃げた者たちはありのように列を作り、一団となってストルから逃げていた。

 

 私とライシアは偶然フィリーゼフ家とも親交のある貴族が乗る馬車を見つけ、何とかその馬車に乗せてもらい、共に安全な地を求め向かうこととなった。

 

 「そうですか……。グリューゼフ殿はストルに残る決意をされたのですか……」


 ライシアがこれまでのあらましを説明した。

 そこにいた貴族は二人いて、名前は憶えていないが、公爵と男爵の爵位を持った二人の男だった。


 「グリューゼフ殿は超然とした高尚な精神をお持ちの方だ。……本当に惜しい方をなくした……」


 男爵の方がそこまで言うとはっとして、私に目を向けた。

 公爵は男爵の行き過ぎた発言を咎めるように男爵の脇腹を肘で突いた。


 「お父様は必ず敵を倒して私の前に現れてくるわ!それに、……それにそんなことを言うのならあなた達も逃げてないで、今すぐにお父様を助けに行ってよ!今すぐに!!」


 男爵の失言に対し私は烈火のごとく逆上し、目の前の二人の貴族に向かって筋違いな罵声を浴びせた。

 何度も言うが、この時私は理性や分別などは持ち合わせておらず、まともではなかったのだ。


 「フレイル様!なんてことをおっしゃるのですか!」


 ライシアが何とか場を収めようと、あたふたとする。


 「いやフレイル嬢の言うとおりだ。私たちは富や地位を持っていながらも何もすることが出来ない。名ばかりで値打ちの無い貴族だ……」


 公爵は私の発言に対し、怒るどころか、自らを責め立てるようなことを伏し目になりながら言った。

 重い沈黙が訪れる。


 「し、しかし一体ストルに何が起こったのでしょうか?魔王軍が都市内に入り込み、混乱を引き起こす。その間に全軍で侵攻してストルを突破しようとしたのでしょうが、そんなこと本当に可能なのでしょうか?ストルの警備は賊やスパイなどが入らぬように厳重になっているでしょうから、いったいどこから魔王軍が都市に入り込んだのでしょう?」


 たまりかねたライシアが話題を変えようと、前より抱いていた疑問を二人の男に投げかけた。


 「それがどうやら正面の門から堂々と侵入したようですよ。逃げおおせた門兵から話を聞いたのですが、昨日の昼間にどうやら王都からの支援物資が送られる旨の書簡が届いたようなのです。しかしその内容が今日の朝、それも日が昇り始める早朝に届くというものだったそうです。封蝋ふうろうは王都から送られたことを証明していたそうなのですが、内容がなんともいぶかしげなものだったそうです。翌日、つまり今日の朝ですが、時間通りに幾つもの荷車が隊列を組んでやってきました。これは普段から行っていることですが、入門する際に荷をあらためたそうです。するとそこにはなんと大量の人形が入っていたのです。戸惑っていると、いったいどこから現れたのか、青いフロックを着た紳士然とした男がいつの間にかその場に立っていたそうです。そして何やら呪文のようなものを大声で叫んだのです。……おや、どうされましたフレイル嬢?体調がすぐれないようですが……。すみません、こんな話を今するべきではありませんでしたね」


 男爵が私を気遣い、話を中断する。

 明かされてゆく真相に、私の胸はどんどん締め付けられてゆき、息苦しくなった。

 だが私は最後まで話を聞きたかった。それはすでにの責任を感じていたのかもしれないし、結末まで聞いてみれば関係のない話であったと安心するのを期待していたのかもしれない。

 ただ人智では説明のつかない心の底からの衝動に突き動かされ、私は男爵に続きを話すように促した。


 「なんでもありません。話を続けて……」


 「いやしかし見るからに具合が悪そうですが……」


 「お願い!話を続けて……!」


 皆が心配そうな目でこちらを見つめる。

 男爵は私の荒れる情緒に、戸惑いを感じてためらったが、再び話し始めた。

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