第16話 フレイル

 「あなたは確か……」


 「また会ったな。やはり同じ冒険者だったか」


 「フレイルの知り合い?」


 エルフの弓使いがフレイルと呼んだ銀色ぎんしょくの騎士の顔を覗き込むようにして訊ねる。


 「いや、知り合いというほどではないな。ただ一度顔を合わせたことがある程度だ」


 「あ、あの、“デュバルの人形”と言っていましたが、この人形のことを何か知っているのですか?」


 セフィアがおずおずとフレイルに向かって疑問を投げかける。

 フレイルはセフィアとエイトをそれぞれ一瞥し、質問にはすぐに答えず、黙念とする。

 

 「この子たちも人形に襲われたわけだし、教えてあげてもいいんじゃない?別に悪い子たちではなさそうだし」


 エルフの弓使いが意味ありげなことを言う。

 

 「ふむ、確かにそうだな。秘密にするようなことでもないか。だがここで長話をするわけにはいかないだろう。もうじき陽が落ちる。ここは一度トラクフに戻ろう」


 



◇◇◇◇◇



 太陽がとっぷりと落ち、夜のとばりが降りるころ、四人はトラクフ内の安い酒場のテーブルについていた。

 店内は燭台にあるろうそくが放つ橙色だいいろの光に照らされていたが、どこか薄暗かった。

 しかしこの時間となると酒場には多くの客が入って喧騒けんそうとしており、すでに酩酊めいていしている者もいる。

 脂っぽいにおいが充満していて、あちこちからやかましい哄笑こうしょうが聞こえる。


 フレイルとエルフの弓使いが並んで座り、その対面にエイトとセフィアが腰を下ろす。

 運ばれてくる食事に手を伸ばし、四人は黙々と食事をとった。

 フレイルとエルフの弓使いの食事の動作は繊麗せんれいとしていて、申し分なく、この安酒場には不相応な印象を与えた。


 (エルフは挙措きょそなども意識する種族だと聞きますが、となりのフレイルさんはやはりただならぬ家庭で育ったのでしょうか?身についた言動が私たちとはどこか違いますね……)


 セフィアは見るも美しい二人の食事風景に気をとられていたが、だんだんと自分と比べるようになり何とも窮屈な思いに駆られた。

 食事作法などについて無頓着で教養がないというわけではないが、人と関わる機会が少なかったため、今までは特別に注意を払ってはいなかった。

 目の前の麗しい二人に後れを取るまいと、見よう見まねでナイフとフォークを操るが、どこかぎこちない。

 彼はどうしているのかと、横目で確認をすれば、エイトはふかした芋をリスのように頬に詰め込み、もちゃもちゃと何も気にせずに口を動かしていた。

 その姿を見ると、必死に抵抗しているのが馬鹿らしく感じたため、セフィアはかまととぶるのをやめ、普段通りの食事を始めた。


 「あの人形についてだが……」


 フレイルが丁寧に色の良い唇をナプキンで拭きながら話し始める。


 「いや、その前に自己紹介だな。私はフレイル。そしてとなりの彼女はリーザ。ともにD級の冒険者だ」


 「リーザよ、よろしくね!」


 リーザはエルフとしての美貌はもちろん、長いまつ毛にうるんだ桃色の瞳、そして瞳の色と同じく桃色の髪は長くのばされており、同性であるセフィアでもどきまぎしてしまうような美しさを保持していた。

 長身でスタイルもよく、森暮らしのエルフらしい軽やかな装備をしていた。


 「俺の名前はエイト。E級冒険者だ。どうぞよろしく」


 「セフィアです。同じくE級の冒険者です。よろしくお願いします」


 エイトとセフィアは二人ともF級からE級に昇格していた。

 先のハンダルとの戦いで、功労が認められたのだった。

 これはリーガスが報告する際に、参加した冒険者らの活動を多少脚色していたことも関係していた。


 「では本題に入ろうか。二人とも私たちと魔王バイロスと長いこと争っているのは知っているだろう?」


 「正しき者?」


 「魔王軍に付いていない私たちみたいなのをそう呼ぶのよ。魔王軍って言ってもゴブリンみたいな生粋の魔族だけじゃなくて、盗賊まがいの連中も傘下に入っているってことがあるからね。道を外していない者たちって意味よ。エルフとかでも魔王軍の使徒とかになるバカもいるからね」


 エイトの問いにリーザがテーブルに頬杖をつきながら答える。


 「森で遭遇したあの操り人形だが、あれは実は魔王軍幹部の一人、デュバルという男によって作られたものなのだ」


 「魔王軍幹部!?」


 フレイルの言葉にエイトとセフィアは思わず声を漏らす。

 二人が最も渇望していた情報がいきなり飛び出たのである。

 これはほんの偶然なのか、はたまた――


 (指輪が示したのはこのことでしょうか……?)


 セフィアは強化の指輪にトラクフという名が浮かび上がったことの真意を探る。

 だがここで一つ疑問が生まれる。


 「あの、いったいどうして魔王軍幹部だと知っているのですか?五人の幹部がいることは私たちも知っていますが、一人一人の名前はそう出回っていないはずです。私とエイトは本気で魔王を倒そうとしています。幹部との戦いももちろん望んでいますが、はっきりとした情報は得られませんでした。フレイルさんにリーザさん、二人は一体何者なんですか?」


 簡単に知りえる情報ではないにもかかわらず、二人は当然のように魔王軍幹部について精通しているかのようであった。

 D級冒険者という称号は決して低くはない。が、かといってそこまで魔王近しい幹部の情報を握れるものだろうか。

 そして特にフレイルの存在。

 セフィアは追求せずにはいられなかった。


 「そうか二人も幹部を追っているのだな。ならば詳細に話してもよいだろう。ただし、私たちに協力してくれたらだ。……どうする?」


 フレイルは前に座る二人を推し量るような神妙な目で見つめる。


 「こちらこそお願いしたいぐらいだ。しかし、冒険者に協力というとやはり戦いなのか?」


 エイトがこの先の展開を予測し、固唾をのむ。


 「そうだ。何を隠そうそのデュバルがこのトラクフに来ている可能性が非常に高いのだ。私たちは必ず奴を仕留める気でいる。私たちはずっとデュバルを追っていた。私は奴を殺すために冒険者となったのだからな」


 フレイルは語気を強め、物騒な言葉を口走る。

 そこには常人には抱くことも出来ないぐらい重く、慄然りつぜんとした決意があるように感じた。

 

 「殺すために冒険者になったっていうのは……?」


 エイトが訊ねる。

 踏み込むのをはばかるような、ただならぬ気配をフレイルから感じたが聞かずにはいられなかった。


 「そうだな、この話をする前に先ずは私の家の名前を教えなければならない。フィリーゼフ、私の名前はフレイル=フィリーゼフだ」


 「フィリーゼフと言ったら千年以上の歴史を誇る名門の貴族ですよね。……でも確かフィリーゼフ家は……」


 「気にしないでくれ。セフィアがおそらく聞いた通りだろう。そう、フィリーゼフ家は十年前に魔王軍の侵攻によって領地もろとも滅ぼされた。そして私はその唯一の生き残りなのだ」


 フレイルは力強く言い放つ。

 そこにはフィリーゼフ家であることへの誇りがあるように感じられた。


 「ここで一つデュバルについて。そしてデュバルを私が追い続けている理由を話そう。今から話す話は私の犯した罪だ。とても償うことが出来ないような罪を犯した、愚昧ぐまいな少女の話だ」


 フレイルは重く低い調子で自らの過去を語り始める。


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