第15話 操り人形
雑然と生い茂る雑草や低木をかき分けながら、道なき道と評するほどではないにしても、やや歩行するのに難儀する森の中を二人は行く当てもなく歩く。
ラクフが生えると言われる森はトラクフから遠くはなく、都市からしばらく歩けばたどり着く場所にあった。
森は昔から存在が知られ、利用されていたこともあり道などは
ラクフを探す二人であったが、さすがに
(まあ土地勘も、草木の知識がない俺たちがやみくもに探しても見つかるとは思ってないけどね。でも強化の指輪のことがあるからな……。ラクフの花のことと指輪が示したことに何らかの因果関係はあるように感じるんだよな)
今やエイトの思考の起点はすべて指輪からくるものであった。
彼は自身が安直な判断を下しやすい傾向にありことは十分に承知し、彼自身も危ぶんでいた。
異世界という完全な未知の領域にいる中で、真に自分の事情を理解しているのは転生を促した『管理者』とその指輪であった。
それゆえに彼は指輪に対し、初めてできた仲間のセフィアと勝るとも劣らない信頼をいくつかの冒険を経て置くようになっていた。
「しかし花が見つかるまで一生この森をさまようというわけにはいかないよな。そう考えるとラクフは強化の指輪が示唆したこととは関係ないのかな?」
「どうでしょうかね。エイトの指輪は私が持つ魔法の知識の及ばない代物ですからね。判断が難しいところです。でもこうして宝探しのような
セフィアの顔には不慣れな道を歩くことによる疲労が垣間見えたが、それを圧倒する晴れやかな表情を浮かべていた。
「そうだな。今まで危険な冒険ばかりだったからたまにはこういうのも悪くないな」
エイトがすぐに返事をする。
(『小さい頃』と言っていたけど、そういえばセフィアがどんな過去を持っているのかはいまだに聞いていないな。何か事情があるって話だったけど……。いや、いずれ本人が話してくれるのを気長に待てばいいか)
セフィアの言葉尻を捕え、思案するエイトであったがその場では決定的な結論を出さなかった。
会話の節々から漏れる彼女の過去について、彼はもちろん興味を抱いていたが、秘密があるのはお互い様である。
エイトの生前のエピソードはおよそ人に語るに値しない散文的なものであるが、転生については別である。
(彼女に俺の過去を話したらどんな反応をするだろうか?案外あっけらかんとした反応をするのかもしれない。……どちらにせよ今は言う必要はないよな)
頭をぶんぶんと振り、脳内に浮かぶ答えの出ない問いを霧散する。
何も焦る必要はないのだ。
いずれ来るしかるべき時に委ねても問題はないはずである。
二人は数歩分離れた距離を保ちながら、半ば子供たちが行うごっこ遊びのような無邪気な心持で、ラクフの探索を続ける。
陽光が刺し、風で草木がたゆたう穏やかなラクフの森。
しかしそんな森とは場違いな絶叫ともとれる叫び声が二人に耳に入り込む。
「今の声は!?」
「分からない。……ただ、尋常じゃないことがどこかで起きている気がする。声の方に急ごう!」
二人はすぐに声がした方向に駆け出した。
魔物もいない、
森を必死に走る二人の間に、胸を絞めつけるような緊迫した空気が流れる。
「エイト!あそこに人影が!」
セフィアが声の出どころと思われる現場を目にする。
二人がもともといた場所とはそれ程離れてはいなかった。
そしてその現場で目にしたのは三つの人影であった。
目を凝らし探るように見つめると、三つの影の内一つは腰が抜けたのか、しりもちをつき怯えた表情で
そして残りの二つの影の正体は非常に奇怪なものであった。
「人?っぽいけど違うよな。何だあいつは?」
「
エイトの反応を待つよりも早く、セフィアは杖を前に掲げ、魔法を唱えようとする。
視線の先に見える状況は誰が見ても、少女の身に危険が差し迫っていると判断を下すことが出来るものであった。
二体の操り人形は恐怖で震える少女に、ゆっくりではあるがためらいもなく近づく。
操り人形の腕はちかちかと太陽の光を反射させている。
遠目では刃のような鋭利なものが備わっているように見て取れた。
これらをふまえてエイトも交戦の必要あり、と判断し、セフィアの行動を制止することもしなかった。
「《
詠唱と共に杖の先端にある赤い魔法石が淡く輝く。
そして《
まともに攻撃を食らった操り人形は糸が切れたかのように、一瞬にして膝から崩れ落ち、動かなくなった。
その光景を目にした少女は驚いたように後ろを振り向く。
「大丈夫か!?いったい何があったんだ?」
少女のもとにたどり着いたエイトは彼女の前に直立する操り人形からかばうようにして、先頭に立つ。
「た、助けていただきありがとうございます。私、少し先にある村に住んでいて、……それで、森に食材や薬草なんかを採りに来てたんです。……そうしたら、め、目の前にいきなり表れてそれで……」
村娘の少女は動揺のせいか、震える声でとりとめのないことを口にする。
しかしそれでも大体の要点はつかむことが出来た。
彼女に落ち度があるわけではなく、突然の出来事に巻き込まれた哀れな少女だということなのだろう。
エイトらにとってその事実さえわかれば十分だった。
「ここは俺たちに任せていいから、君はすぐにこの場から離れて家に帰るんだ!」
少女は相変わらずおびえた様子で声に出さずこくこくと上下に頭を振り、一目散に走り出し、その場を離れた。
「こいつ実はお偉いさんの私有物で、壊したから弁償を求められるなんてことはないよな?」
「その時はその時です。しかし明らかに物騒で、悪意のあるものですから、私たちが咎められることはないと思いますがね」
近づいたことにより、操り人形の外形が明澄になる。
木製の
全身に青みががった塗装が施されている。そして注目すべき点は右腕に合った。
腕の先端からひじに向かって三日月のような形状の刃が伸びていた。
その鋭利さから切創を生み出そうとする悪意と悪徳が、大いに伝わってくる。
それ以上に特筆すべき点はなかったが、人形の顔は見る者に不可解な印象を与えた。
というのも顔には青いひし形の面が被せられており、それは明らかに操り人形の五体が出来上がった後に取り付けられたものだと分かる。
「でも特別動きが速いとか、何か能力があるとかってわけではなさそうだな。普通にダメージを与えれば倒せるみたいだし」
エイトは目の前にいる意思も感情も持たない操り人形を分析する。
操り人形は相手の動きを伺っているのか、直立不動で動こうともしない。
そんなにらみ合いを続けていると、空気を切り裂くような鋭い音がした。
そして音がするや否や、気がつくとエイトの前に立つ操り人形の顔に矢が突き刺さり、貫通していた。
操り人形はギギという木が擦れる音と共に倒れる。
「誰だ!?」
エイトは矢が飛んできた方向に、顔を向ける。
「この操り人形が被る面の下には動力源となる魔法石が埋め込まれている。それを壊せばこいつは動かなくなる」
森に吹くそよ風のような涼しく、心地の良い声がエイトとセフィアの耳に響く。
その声はどこかで聞き覚えがあった。
「必死の形相で走る少女を見かけたので、来てみたらやはり“デュバルの人形”か……」
そこには以前エイトとぶつかった
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