第二章 運命の鉄鎖

第13話 向かうべき道

 エイトとセフィアはギルド内の食堂で食事をとっていた。

 食堂は相変わらず喧騒けんそうに包まれており、冒険者たちは銘々の話題で盛り上がっている。

 彼らが囲む食卓一つ一つに冒険譚がある。

 これからその物語が紡がれてゆくのか、すでに紡がれたものなのか、エイトらは前者であった。

 しかしエイトとセフィアの具体的方針はいまだ定まっておらず、暗中模索に意見を出し合っている状態であった。


 「これからどうしようかね?魔王軍幹部を倒さなければならないわけだけど、やみくもにギルドのクエストを受ければ遭遇するってわけでもないだろうし……」


 エイトが骨付きの肉をほおばりながら、なおざりに言う。

 彼らの食卓には最初にこの食堂を利用した時よりもいささか品数が増えていた。

 一人金貨一枚の報酬は彼らの懐事情を大いに良好なものに押し上げてくれた。

 金貨一枚もあればこの世界では派手な散財さえしなければ、数か月は生活ができるほどの額なのである。

 エイトに限って言えばもう魔王討伐などはやめて、この指輪の力をもってして商売でも初めて楽な暮らしをしようという思惑が頭をもたげてきていた。

 だがこの道は最終的に前世と同じく引きこもりに落ち着きそうなにおいがしたので彼はすぐにこの思惑を消し去った。


(それも悪くないけど、異世界に来た意味がなくなってしまいそうだからな。ていうか、もう少し人に誇れる人生を歩みたいしね……)


 エイトが人知れず自身の奥底に根付く心の弱さと戦っていた中で、セフィアは真剣に現在直面している課題に思い悩んでいた。


 「そうですよね、せめて何か魔王軍幹部についてもっと詳しく知れたらいいのですが……」


 そう言ってセフィアは小さな頬に手を添え、悩ましげな表情を浮かべる。

 ハンダルとの戦い後、二人は魔王軍についてリーガスらに訊ねたのだが、彼らも詳細な情報までは把握していなかった。

 魔王軍幹部の中枢といった重大な一般には流布していないようであった。

 そうなるとやはり実力相応の相手と戦い、自分たちの鍛錬を積むことが先決であろうか。

 しかし先のハンダルとの戦いで目立った活躍はしなかったまでも、決して能力が通用しなかったというわけではなかった。

 特にエイトの指輪の力は機転が利くし、使徒とも渡り合うリーガスらにも認められたのだ。

 それに魔王とその軍勢は自分たちの成長を待ってはくれないだろう、のんびりとしていたら世界が滅んでしまったなんてことになったら、ものわらいの的だろうし、やりきれない思いを抱き続けるだろう。

 そんな煩悶を抱いている中、セフィアはそれを払拭してくれるようなかすかな光を目にした。


 「エイトの指輪が光っているように見えるのですが、それはなんです?」


 セフィアがエイトの指輪を指さす。


 「えっ?光?」


 見ると指輪がかすかに光を放っている。


 「なんだこれ!?……よく見ると文字みたいなのが浮かび上がってきているような……」


 その光は指輪の表面を這うように移ろい、何か特殊な意味をはらんでいるように感じられた。

 二人はこの指輪の現象を見守り、結末を期待と不安を抱きながら待ち望んだ。

 ややあって光が消え、指輪の表面に浮かび上がったものに顔を近づけて検分する。


 「ト、ラ……ク……フ?トラクフって書いてあるのか?」


 「そう読めますね。トラクフと言えばここタルテスタから東にある商都市ですね」


 「都市の名前なのか。じゃあこれはそのトラクフに行けってメッセージなのか?」


 「そういうことになるのでしょうかね?しかし、トラクフですか」

 

 セフィアが含みを持たせるような返事をする。


 「何かあるのか?」


 エイトが未知なるものに対して恐れる目をして訊ねる。


 「特に危ないとこでは全くないのですが、トラクフと言えば代表的なものがあるのですよ。トラクフに等号を用いられるようなものでして、それはラクフと呼ばれる花なんですよ。都市の名前の由来にもなっていますが、この花のおかげで富と人が集まり、発展した土地ですね。ですがラクフという花はほとんどおとぎ話に近いものでして、存在はひろく知れ渡っている割には具体的な話はあまり聞かないんですよね。なので、私としては存在そのものが怪しいと思っているのですが……」


 「確かに人寄せのためにでっち上げて作った話かもしれないしな。でも何かあるかもしれないし、試しに行ってその花のことも確かめるのというのもありじゃないか?」


 「そうですね。エイトの指輪が示した意味を確かめてみたいものですね。……ところで今更なのですが、その指輪に名前などはないのですか?」


 たちどころに、ふと今気が付いたという様子でセフィアが訊ねる。


 「あーいや……特に聞かなかったし、考えたこともなかったな。なんかいい名前とかないかな?」


 「ライト、何て名前はどうでしょう?ピカピカ光りますし!」


 「ああ名前って、呼び方って意味じゃなくてあだ名とかの意味なのね……」


 セフィアの目には指輪の輝きに勝るほどの光が宿っており、そこにはエイトに何か訴えかけるような、期待するような雰囲気があった。


 「……もちろん愛着とかは俺も持っているけど、個人的には分かりやすい呼び方の方がいいんじゃないかなって……。とかどうかな?こっちのほうが俺たち以外の人に指輪のことを話すときに伝わりやすいんじゃないかと……」


 エイトはセフィアの反応を伺うようにしながら、かろうじて自分の意見を言い切った。

 セフィアの意見を尊重してあげたいという思いはあったが、指輪を一人の人間のように扱うことには羞恥による抵抗があった。

 セフィアはエイトがおそれたように、顔に一瞬の陰りが見えたが、すぐに理知的で真面目ながらも、どこかあどけなさを含む普段の顔に戻った。


 「確かにこの先も他の冒険者さんたちと行動する機会はありそうですしね。その時に円滑に情報共有を進めるためにもエイトの付けた強化の指輪という名の方がいいでしょうね」


 この言葉を聞き、エイトは一安心した。

 いったい何におびえているのか自分でも分からなかったが、こうして指輪は“強化の指輪”と命名された。


 「おほん、そしてこの先の俺たちの予定も決まったな」


 わざとらしく咳ばらいをし、話の話題を戻す。


 「はい、ここタルテスタから東にある商都市トラクフに行きましょう」


 「そのラクフとかいう花も探してみようぜ、案外見つかるかもしれないしさ」


 「そうですね、もしかしたら目にすることが出来るかもしれませんね」


 そう言ってセフィアは朗らかな笑みを浮かべた。

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