第12話 ハンダル②
ハンダルの号令に従いゴブリンやハンドスネークは乱雑な足取りで、動き出す。
ユズは緋色の双眸をまぶたでおおい、心と体を一つに、
心と体を落ち着けることは最上の魔法を唱えるための必須要件であると彼女は確信していた。
それは魔法使いとしての蓄えてきた知恵と、冒険者として歩んできた経験の両方から導き出された答えであった。
「《荒れ狂え 蔓延る悪を巻き上げよ
彼女が言葉を紡ぎ、詠唱を唱えると、ハンダルやハンドスネークがいる地点に巨大な竜巻が発生した。
《
「ぬおおおおおお!」
魔王から授かった魔法の力によって空中を自由に飛び回れるハンダルであったが、この風圧に対処する術を持っておらず、吹き荒れる風の気まぐれに付き合うほかなかった。
「断っておくけどこれで終わりじゃないわよ!《消し炭になりなさい》!」
ユズの
「くらいなさい!」
火球はハンダルらをのみ込む《
衝突すると風はその炎をものみ込み、竜巻のように渦巻いていた《
「熱がここまで伝わってくる!」
「なんて威力なの!?」
エイトとセフィアは目の前の出来事にただただ驚嘆し、目を大きく見開くばかりであった。
それは他の冒険者たちも同様で、ユズの魔法の威力は祭祀場全体に吹き荒れる熱風を感じればわかりすぎるほどわかるものであった。
ましてはその火中にいるハンダルらの
「ぐあああああ!!!こんな……こんな……カスどもにいい!!!」
ハンダルは必死の抵抗を試みるが叩きつけるような風と炎が平衡感覚を狂わせ意識を保つので精いっぱいであった。
絞り出すように吐き出した
高く舞い上がる炎の渦はしばらく続き、その中ではどれほど凄惨な状況になっているかは容易に想像できた。
ようやっと炎と風の威力が弱まってきたと見えるや否や、原型を残さない無数の黒ずんだ物体が落ちる。
かつてハンドスネークであったであろう大きく長い黒ずみも落下し、その場でぼろぼろと崩れてゆく。
「う……ああ……」
「……大した生命力だな。そこは感心するぜ」
立ち込める白煙、見るも無残な光景、肉の焼ける嫌なにおいが鼻の奥にまで流れてくる。
そんな状況の中ハンダルはあおむけに横たわる。
起き上がろうと力を四肢に加えるが、わずかに震えるだけで思うように動かせない。
その姿はもう長くはもたないことが誰の目でも明らかであった。
ひゅうひゅうという呼吸音が静かに響く。
直接肺に酸素を送り込もうとするような必死さがその音には混じっていた。
「私は……どうして……こんなことに……」
過去に思いを馳せているのだろうか。
ハンダルはとぎれとぎれであるが、意味深な言葉をつぶやく。
彼の言葉が誰に向けて、どこに向けて発せられたのかは誰にもわからない。
だがその声をゆっくりと近づいていたリーガスが確かに耳にした。
「……お前がどんな道を歩んで、どうしてバイロスの使徒になんかなったのかは俺には分からない。……せめて安らかに眠れ」
言葉を選ぶようにゆっくりとリーガスが言う。
彼はハンダルの喉元に魔剣を振り下ろす。
「クエストの目標は達成した。俺たちの勝利だ!」
ややあってリーガスが全員に向かってこう告げた。
「俺たち勝ったんだな!?魔王軍幹部を倒したんだ!」
「俺たちってかほとんどリーガスたちだがな」
波紋のように冒険者たちの間で歓喜の声が広がっていく。
「……」
その中でエイトはリーガスが今までの態度とは違って、もの悲しげな
(気のせいかな?何かハンダルと言葉を交わしていたようにも見えたけど……)
黙念としているエイトにセフィアが声を掛けた。
「お疲れ様です。無事に終わりましたね。まあ、私はほとんど何もしていませんが……。でもいい経験になったのではと私は思います」
「確かにそうだな。俺もこの指輪の新たな使い方も分かったし、それに何より俺たちは魔王軍幹部と戦って勝ったわけだしな!」
このクエストに参加した冒険者たちに思い思いの反省点はあるだろう。
しかし今この瞬間は勝利に酔いしれるべきだ。
なぜならこの感動、達成感は今この場でしか味わえないのだから。
陰鬱な薄暗さとよどんだ空気、晴れやかな気分にさせる場ではないが、それもこれも後に語れば美談の一部となるだろう。
そんな歓喜に満ちた空間に割って入るようにリーガスが口を開く。
「あー盛り上がっているところ悪いが一応伝えておきたいことがある。聞いてくれ」
全員がいっせいにリーガスの方を向く。
リーガスは普段のパーティーメンバーであるバルグ、ユズと共にいた。
「このハンダルは実は魔王軍幹部ではないんだ」
リーガスが思いもよらぬことを言った。
それを聞いた冒険者たちの間に動揺が走り、確認するように互いに顔を見合わせる。
「でも、ギルドが魔王軍幹部って言ってたよな?」
どこからか疑問を投げ返る声がした。
「そのギルドが間違っていたんだ。よくある話だ。入ってくる情報が錯綜してギルド側が間違った判断をしてクエストを出したのだろう。使徒自体は何回か戦ったことがあるからな、普通の使徒ならば勝てるだろうと見越してみんなを集めたんだ。いつだったか、前に魔王軍幹部とかの手合いは本来軍なんかが動くべきものだって話をしただろ?実際の魔王軍幹部は俺も見たことはないけどもっと強いはずだぜ。少なくともこんな辺境の都市はすぐにつぶされてもおかしくない。そして実は魔王軍幹部ってのはもう全員顔が割れているらしい、詳細な情報は何故か全く入ってこないのだが……。たしか五人いるという話だ。ついでに話すが魔王バイロスを倒すにはまずこの五人の幹部を倒さないといけないという伝承があるらしいぞ。この情報は最近俺たち三人が遠出に行く用事があった時に王都にも出入する有力な商人から貰った情報だから間違えないはずだぜ」
「ごめんなさいね、黙ってて。敵が魔王軍幹部ではないというのはあくまで推測だったものだから。道中に遭遇する敵でなんとなく確信に変わっていったのだけれど、みんなにやる気と緊張感を持ってもらいたかったから……」
リーガスの説明をユズがなだめるような口調で補足する。
「ちょっと待て、じゃあギルドからの報酬はどうなる?金貨十枚は倒したリーガスたちの分だとして、俺たちも参加して生還したら一人金貨一枚もらえるはずだが?」
冒険者業をやっていくにおいて、最も重大な報酬についての不安と疑問が当然のように冒険者たちの中から声に出された。
「その点は安心してくれ。そもそもギルド側の不手際なわけだから、報酬はちゃんと支払われるよ」
「なーんだ、どおりでうまくことが運びすぎだと思ったらそういうことか」
「何とも肩透かしな話ではあるが、俺は報酬がもらえるなら十分だな」
状況を理解した冒険者たちが口々に話し始めた。
これで冒険は終わった。
思い描いた結末とは違ったかもしれないが、何はともあれ誰も失うことなくクエストを達成したのだ。
冒険者たちは既に報酬の使い道の話で盛り上がっている。
飲みに消えるだの、武具を新調するだの、魔法の書を買うだの、銘々の使い道を想見し、その表情は歓楽にあふれていた。
しかしエイトとセフィアは違った。
リーガスの話の中に二人が求めていた魔王とその幹部についての情報が含まれていたからだ。
魔王討伐を掲げる二人にとって今後の指針を示す重要な手掛かりになることは間違いなかった。
(魔王を倒すには幹部を倒さなくてはいけないのか。その話も本当なのかは分からないけど、少なくとも五人の幹部と戦うことは避けられないはずだ。俺たちが進むべき道が少しずつだけど確実に見えてきている!)
エイトとセフィア、冒険者としてまだまだ未熟であるが、その胸に秘める堅牢の決意は誰にも劣らない。
「よーし、金目のものはこの辺にはなさそうだしこんな辛気臭いとこから早く出て帰ろうぜ。でも、お前らまだ気は抜くなよ?帰り道にも魔物は出るかもしれないからな」
リーガスの指示によって冒険者たちは祭祀場を後にする。
こうしてエイトの二回目の冒険は幕を閉じた。
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