第11話 ハンダル

 ハンドスネークと戦った地点から歩き続けて少し経った頃、先頭のリーガスが歩みを止めた。


 「この先がかつて祭祀場があったとこだな。……にしてもこれじゃあ私はここにいますよ、って宣言しているようなもんじゃねーか……」


 リーガスが目の前の光景に対し、苦笑交じりに声を漏らす。


 「もやみたいなのがかかっているけど、これは何だ?」


 エイトがいぶかしげな表情で呟く。

 

 石でできた扉口は白い霧のようなもので覆われていて、その先を目にすることが出来ない。

 

 「魔法で扉のかわりに結界を張って私たちに中がどのようになっているのか、見えないようにしているのでしょう。でもこの結界はあくまで視覚的なもので普通に通ることが出来ますし、この先に何が潜んでいるのか索敵することも出来ます。あまり上等な結界に見えませんが何かの罠でしょうか……」


 エイトの疑問にセフィアが答える。

 しかしその答えには彼女の中で納得のいかない部分があるようであった。


 「俺たちのことは向こうも当然のことながら気づいているだろう。どう攻める?」


 後方からバルグが問いかける。

 

 「入ってすぐに罠があるということはないようですが……」


 壁や床を叩いたり、触れたりしながら具合を確かめていたエルフの密偵が伝える。

 


 「ならば正面突破だな。こっちは数が多い上に、臨時的なパーティーだからな。変にからめ手なんかをやるのはかえって悪手だろうし」


 「そんなこと言ってリーガスの場合細かい作戦を考えるのが面倒なだけだろう」


 バルグがぎょろっとした目を細めながら、リーガスをからかう。


 「うるせえ!今までもそれで勝ってるし、必要な時はあれこれと策を講じたりもしているだろうが!」


 普段から彼らの間で執り行われているだろう会話がなされる。

 周りを置き去りにしているように見えるが、エイトらの経験者の浅い冒険者たちの緊張を和らげようとする配慮でもあった。


 「まあそれはともかくだ!……いいか?俺が入ったらお前たちも後に続けよ?これが最終決戦なはずだ。……そう緊張するな、案外あっけなく終わるかもしれないぜ?」


 リーガスは落ち着き払った様子で、軽やかな口調で場を取りまとめる。

 気を緩めているわけではないのであろうが、腕を組みながら話す彼からは、余裕さがうかがえた。


 (魔王軍幹部との最終決戦という割には割とあっさり進むな。でも、重苦しい空気を長々と作っても仕方がないもんな。これぐらいの空気間がちょうどいいのかもしれない)


 エイトは彼なりに場を解釈した。

 自分でも違和感に思うほど、緊張などはあまりしていなかった。

 少しずつ戦いを前にする時の、気持ちの在り方のようなものが整理され、完成されつつあった。


 「入ったらすぐに戦闘になるかもしれないからな。用意をしておけよ?」


 リーガスが魔剣をゆっくりと鞘から抜く。

 エイトらも続いて、思い思いの戦いに備えた用意をする。


 「準備はいいな?……突撃!!」


 その声と共にリーガスが石畳を蹴り、勢い良く霧の中に突入する。

 次いでエイトらがどかどかと、後れを取らぬようにリーガスの後を追って中に入る。

 入るとすぐに前衛と後衛がセフィアら中衛を取り囲むように、放射状に陣形を整えた。


 祭祀場は広くエイトら十数人が入っても少しも窮屈に感じることはなかった。

 高い天井に向かって太く荘厳な石柱が何本も聳え立つ。

 壁側には古びた燭台が並んでおり、すでに火がともされていた。


 「誰もいませんね」セフィアがひとり言のように、短く呟く。

 燭台に立てられたろうそくの火は入り口付近にしかともされておらず、奥の方は暗がりで見通すことが出来なかった。

 ひっそりとした祭祀場に不気味で不吉な雰囲気を感じながらも、思い描いた敵がいないことに何人かは拍子抜けをする。

 しかし、リーガスら経験のある冒険者はこの不気味な静けさの意図を素早く見抜いた。


 「何か来る!ユズ!!」


 前方に広がる闇から無数の星のような光が見えたかと思い、目を凝らすと、それは放たれた無数の矢であった。

 リーガスの叫び声に対し、ユズの反応は早かった。


 「《風壁ウィンドプロテクト》!」


 ユズの詠唱によって彼女らの周囲に嵐のような風が巻き起こり、迫りくる矢は四方八方にそれていった。


 「矢が全くこっちに飛んでこない!?セフィアもこれ出来るの?」


 「ここまで威力と範囲を両立させたものは出せません」


 ユズの魔法に瞠目どうもくし、セフィアらの周りにいる冒険者が彼女に驚嘆と憧憬の視線を注ぐ。

 ユズはそれにふんと息を吐き得意げに豊かな胸をそらして答える。

 大人びた美貌にそぐわぬ少女然とした反応だが、これがかえって彼女に愛嬌を持たしていた。

 そんなやり取りをよそにバルグが戦斧を肩に置きながら暗闇に向かって言葉を投げる。


 「本丸で暗がりに乗じて矢を飛ばすとは小賢しい小心者のすることだな」


 その言葉には明らかに相手を試すような声の調子が含まれていた。


 「貴様ら粗野で愚鈍な冒険者どもにそのような評価を受けるとは何たる侮辱!すぐにこの私に刃を向けたことを後悔させてやろう」


 震えるような甲高い声と共に前方を覆う闇が晴れ、この祭祀場の全貌が明らかになる。


 「あっ、あれは!」


 闇から現れたのはエイトら冒険者たちの倍近くのゴブリンであった。先程と同様に雑多な装備をしており何体かは松明をかざしている。

 さらにその横手にはリーガスと一戦を交えた、ハンドスネークが祭祀場を支える石柱に巻き付くようにして、冒険者らを射抜くように見据えていた。

 

 「総力戦ってわけか……。それで真ん中に構えているのが金貨十枚だな」


 リーガスが相手を揶揄やゆするように冗談めいたことをつぶやく。

 彼の言葉の対象はゴブリンらを付き従えるように先頭に立ち、一際存在感を示していた。

 

 「我が名はハンダル。魔王バイロス様の託宣によって啓蒙された従順な下部しもべである。バイロス様に使える敬虔な使徒であるこの私が貴様らを絶望の淵に陥れてやろう!」


 ハンダルと名乗るその男は正気ではない面容をしており、目は血走るように赤くギラギラと光り輝いている。

 漆黒のローブを身につけ、所々に謎めいた刺繡ししゅうが施されていた。


 「やはり、ただの使か……」


 ハンダルを前に多くが幾分かうろたえている一方で、リーガスは少しも動揺を見せず、誰の耳にも入らない程度の声で短く言葉を放った。


 「オタクのお友達なら俺達は今まで何人も倒してきたことがあるぜ」


 リーガスは獰猛どうもうな笑みを浮かべながら剣をハンダルに向かって差し向ける。

 どこから見てもリーガスからは余裕さがうかがえ、ハンダル率いる軍勢を目の前にしても、表情を崩すことがなかった。

 彼の挑発にハンダルの顔は怒りの色がにじみだし、リーガスに憎悪の目を向ける。

 

 「使徒とか託宣とかってどういうものなの?」


 エイトがセフィアに訊ねる。


 「私が聞いた話では魔王バイロスは負の感情を強く抱く者にどこからともなく話しかけ、付け入り、すべてを支配し、自らの配下にしてしまうそうです。そうやって配下になった者は本来獲得しえなかったはずの人知を超えた力を手にし、魔王軍のもと部下を従え、魔王軍の版図を広げようと都市などを侵略するらしいです」


 祭祀場の奥には祭壇があり、そして最奥の断崖にはかつて聖像などが安置されていたであろう壁龕へきがんを覆うように布がかぶせられていた。

 その布には魔王軍の紋章であろうか。三又の銛先だけをつなぎ合わせた、三鈷杵さんこしょを縦にしたようなものが描かれている。


 「口だけは達者なようだな。だが、ここまでだ。バイロス様より授かりしこの力を貴様らに思い知らせてやろう」


 こう言いおわると、ハンダルは天井から吊り上げられるように、ゆっくりと空中に浮遊し始めた。


 「初手に矢を打ち込んできたと思ったら、今度は空中に行くのかよ……。徹底して正面から戦おうとしないな……。魔法使いっぽいし、仕方ないのかね」


 リーガスは左手を腰にあてがい息を漏らす。物足りないといった様子であった。

 彼は名誉や栄光などには執着しない性格ではあるが、エイトに助けてもらったこともあり、後ろにいる後輩たちの前で一つ目を見張るものを見せてやろうと心の内で意気込んでいたのであった。

 そんな不満げなリーガスの後ろから声がした。


 「ここは私に任せてくれないかしら?」


 真紅に染まる髪を手でかきあげながらユズが一歩前に出る。


 「ここまで大した活躍も出来なかったし、ああやって固まった敵を倒すのは私の得意分野でしょう?皆も手柄を欲しいのはわかるけど犠牲が出るぐらいならね……。いいかしら?」


 ユズは全員の意向を確認するように、その場にいる冒険者一人一人に目を配る。

 反論の声はどこからも上がらなかった。

 冒険者たるもの誰だって功績や金銀財宝を手にしたいものである。

 しかしそれはもちろん命あってのもので、死んでそれらを手にしても享受することなど、当然のことながらできはしない。

 危険を承知の上で、さらに幾度かの修羅場も乗り越えてきた冒険者も少なくはなかったが、魔王の使徒という体験したことのない脅威を前に、我先にと名乗りを上げる者はいなかった。

 そしてユズと共に長くパーティーを組んでいるリーガスとバルグには彼女の目が何を訴えているのかを読み取った。

 それは『いいから先ずは私にやらせなさいよ。失敗したらあなたたちの好きなようにすればいいから』だ。


 「とりあえずここはユズに任せよう。まあそれで終わりそうな気がするが……」


 リーガスの言葉を聞いてユズはさらに一歩前に進み出る。


 「単身だと?なめられたものだな!!」


 情緒が不安定なハンダルはユズの従容しょうようとした姿に、憤然とし声を荒げた。

 

 「俺がユズさんの魔法を強化しましょうか?だんだん指輪の扱いも慣れてきましたし」


 一人で挑もうとするユズに対し、エイトが不安げな表情で訊ねる。


 「気遣いありがとう。でも大丈夫、私一人で十分よ。それに君の力を使うとこの建物が壊れてしまいそうだしね」


 ユズはやさしい、おだやかな微笑を浮かべながら答える。

 そんな彼女は何のうれいもなく自信に満ち満ちたており、力強く杖を握りしめる。


 (一人で十分ってあの数を相手にするってことだよな?C級冒険者の強さはよくわかったけど、本当に大丈夫なのか?)


 未だにうれいを払拭ふっしょくできないエイトは胸騒ぎがし、毛が逆立つような感覚を覚える。


 「いいだろうまずは貴様から殺してやろう魔法使いの女。お前たち存分に暴れろ!!」


 「いいえ!死ぬのはあなたの方よ!」


 ユズとハンダル、両者の声が暗くよどみを孕んだ祭祀場に波のように反響する。

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