第10話 隠された力
「さて、どうするかね……」
リーガスとハンドスネークは勝負を決めるタイミングを互いに探りあう。
「別に特別強いってわけじゃないんだがな。これはかなり厄介だが……」
彼は目線を足元に落とす。
古びた石畳がわずかにくぼんでいる。
それはしゅうしゅうと音を立てながら、かすかに白煙を上げ、熱で溶けたような痕跡があった。
(こいつの口から吐くこの溶解液みたいなのは注意する必要があるよな。さらに面倒なのがこの場所だ。遺跡の通路が一本道のせいで、俺が攻めるときにはどうしても正面からになっちまう。近づこうとするとすぐに口を開けて俺を溶かそうとしてきやがる。開けた地ならどうってことないんだが……)
苛立ちを隠すことなくちっ、と音を立てて舌打ちをする。
(
辺りに散らばるゴブリンの死体に目をやる。
「皆、後はこのデカブツだけだ!俺が合図したら中衛にいる者は魔法でも矢でもこいつに向かって攻撃してくれ。こいつが攻撃を避ける隙に、俺が切り込んでとどめを刺す!」
リーガスは中衛に控える冒険者たちに向かって叫ぶ。
「リーガスさん、この攻撃で決める気か」
エイトはリーガスの指示の意味を察し、
エイトら前衛は攻撃の邪魔にならぬように、素早く引き下がる。
「全員準備はいいな?……今だ打て!!!」
リーガスが発した声と共にハンドスネークに向かって魔法や矢が放たれる。
ハンドスネークは冒険者から繰り出される攻撃に対して身をうねうねとよじりながら、次々とかわしていく。
「あの巨体でなんてスピードなんだ!?」
ハンドスネークのその身に
一方でリーガスはその光景を前に少しも動揺の色を滲ませなかった。
(遠距離攻撃を乱発してお前を倒せるとは思ってねえよ。ただし、お前は攻撃を避けるのに必死でその気味悪い口を開けられないだろ。それだけで十分だ。剣の間合いまで接近できれば、俺の方に分がある)
リーガスはハンドスネークに向かって力強く走り出す。
だがここで予期せぬことが起こった。
前方からリーガスの顔に向かって、ゴブリンの生首が飛んできたのである。
「なあっ!?」
思わぬ出来事にリーガスは足を止める。
「今、頭を!?」
困惑するリーガスだが、後ろに下がっていたエイトには真相がありありと見えていた。
「投げたんだ!地面に転がっていた、ゴブリンの切断された生首を胴体から生えている手で拾って、それをリーガスさんに向かって投げつけたんだ!」
状況を正確に口にするエイトだが、リーガスにはその声は頭に入ってこず、
(頭を投げ飛ばしたのか!?いや、今はそんなことはどうでもいい!とにかく前に進まなきゃならねえ!)
顔に目掛けて迫りくるゴブリンの醜い生首を彼は素早く、左手の甲でタイミングよく殴りつけ、払いのける。
「姑息な真似を……!……あ?」
視界を妨げた生首をどかし、リーガスは翠色の双眸で前方を見やる。
するとそこには道を塞ぐほどの体躯をしたハンドスネークの姿が忽然と消えていたのである。
「消えた!?……違う、上か!!」
彼が上を向くとハンドスネークが天井に張り付いていた。
ハンドスネークは胴から生える腕使って、側面を伝い、天井に三本の指を食い込ませることで、重力に逆らいその場所に留まっていたのである。
その奇怪ででたらめな見た目とは裏腹に、相手の意表を突くことが出来る
ハンドスネークは既に口を豪快に広げ、リーガスに向かって溶解液を吐き出す用意をしている。
「そんなことが出来たのかよ!油断した!…………ん?なんだ?全身が光り輝いて、それに力が溢れてくる!?」
リーガスの体が金色に輝く光に包み込まれる。
何故こんなことが。そして全身に
次々と疑問符が浮かんでくる。
だがこれは、出所はわからなくても好機であることを彼の天性の嗅覚が確信した。
「これなら!!!」
湧き上がる力を糧に、地面をひび割れができるほどの強さで蹴る。
目にもとまらぬ速さで、天井に張り付くハンドスネークのもとに到達する。
「はあああああああ!!!!」
ハンドスネークが溶解液を出すより先に、疾風のごとく跳躍したリーガスによる一撃が放たれる。
青白く輝く魔剣から繰り出される、白刃一閃、その刃はハンドスネークの開いた口を縦に切り裂いた。
「AA……A……」
魔剣によって威力が増幅された剣撃はハンドスネーク柔軟な体に指令を送る脳まで到達した。
天井に停滞できるほどの力を失ったハンドスネークはそのまま落下し、辺りにほこりを巻き上げる。
ハンドスネークの黒い瞳は徐々に生気を纏った輝きを失い始める。
それからすぐに空気が抜けるような呼吸音は鳴りを止めたのであった。
華麗に着地を遂げたリーガスがその死体を黙然と見下ろす。
「……」
一瞬の静寂が場を支配する。
「うおおお!リーガスが勝ったぞ!!」
「やったー!さすがリーガスだ!」
一人が
彼の繰り出した一撃を皆が口々にほめそやす。
皆がこの場の勝利に酔いしれる中、リーガスだけが釈然としない表情を浮かべている。
「あの光は一体何だったんだ?あんな体験は始めてだ」
「この子のおかげよ」
そう言いながら近づいてきたのはユズであった。
彼女の隣にはエイトとセフィアが並んでいた。
「彼の指輪があなたを助けたのよ」
ユズがエイトに手を差し向けながらそう言った。
「そうなのか?」
リーガスは落ち着きながらも、真実を探ろうと食い入るようにエイトに訊ねる。
「あの化け物が上に行った時にリーガスさんが一手遅れた、危ない、と思った次の瞬間に俺のこの指輪に稲妻のような閃光が走ったんです。そうしたらリーガスの体にも同じような光が走って……」
エイトは
というのも、自分と自分が持つ指輪が何をしたのか理解しておらず、ユズが彼の手柄であるように話していることにも実感が湧かなかったのである。
「彼の指輪は魔導具で、他人の魔法や身体能力を強化できるみたいなの。リーガスが超人的な動きを見せたのも指輪によってリーガスの身体能力が一時的に強化されたのが理由よ」
エイトが言い切らなかった部分を補足するようにユズが説明をする。
そして彼が指輪の力であると解釈していいのか戸惑っていた部分を決定づけるようにユズは明言した。
「本当に俺の指輪がリーガスさんを強化したのですかね?」
「自信を持っていいのよ。間違いなくあなたがやったことなのだから。あの時、あなたとリーガスから同じ魔力の反応を感じたから。それにしても、やっぱりあなたの指輪は魔法を強化する以外のこともできたのね。私の見立ては間違っていなかった」
ユズはうんうんと頷きながら、満足をした様子であった。
そんな彼女をよそにリーガスはエイトに話しかける。
「そうだったのか。助けてくれてありがとうな。……えっと、名前は……」
「エイトです」
「エイト!……改めて助けてくれたことに感謝するよ。おかげでスムーズに倒せたしな。確か冒険者になったばかりなんだっけ?お前の出来ることは戦闘で役に立つ。お前はこれからもっと活躍していくはずだ。……だが、一応言っておくが俺はエイトに助けてもらわなくても、あの状況を切り抜けられたし、あいつを倒すことが出来たんだからな」
口から胴にかけて縦に切り裂かれたハンドスネークの死体を指さしながら、リーガスはこのように言葉を締めた。
言い訳がましいセリフを呟いたが、不思議とエイトを前に虚勢を張っている様子には見えなかった。
エイトには彼がお世辞や形式的ではなく衷心からの感謝を示しているように感じたし、リーガスが助力なしでも倒せたというのはうそ偽りではないように感じた。
「はい、疑ってなんかいませんよ。それに俺の方こそ今回俺たちも同行させてもらったことに感謝しているんですよ。こうして新しい発見も得られましたし」
「出来たやつだ。俺よりもしっかりしているかもな。まあそういうセリフは全て終わった時に言った方がいい。これからはボス戦だからな」
そう言ってリーガスはにんまりと笑う。そして全員に聞こえる声で指示を出す。
「先ずは皆のおかげで、難所を突破できたよ。ありがとう。でもこれからが本番だ。この先を進むと広い祭祀場がある。おそらくそこに俺達が倒すべき敵がいる。つまり、金貨はすぐそこにあるってことだ。お前ら腹は決めたか?……では先に進むぞ」
リーガスの合図で再びエイトたちは進み始める。
ここまで来て撤退するという選択肢は当然のことながら誰も頭にはなかった。
陰鬱とした闇に包まれた遺跡の先を彼らは灯す光でその闇を振り払うようにして歩み続ける。
自分たちの前途に栄光を手にすることを信じて。
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