第8話 遺跡
草木が雑然と生い茂る道なき道を進んだ先には、太陽の光がはっきりと射しこむ開けた場所が現れた。
そして奥には岩壁が垂直に
よく見るとその穴は人工的にくりぬかれたもののようで、穴の周りにはひび割れた石材が組み立てられており、入り口であることが分かる。
「ここは古い遺跡だな。文献も伝承もほとんど残っていない種族と神々が入り混じっていた暗黒期と呼ばれる時代に作られた神殿だと言われている。今はもう調べつくされて、お宝の類は何も残っていない空き巣の状態だったが、それを利用して魔王軍が拠点を作ったわけだな」
リーガスは敵陣地を前にしても先程と変わりなく、
「とっくに遺跡内の地図も出来上がっているから、特にマッピングしながら進むとかは必要ない。しかし、住み着いている魔王軍の連中が手を施して罠なんかを仕掛けている可能性は十分にある。この場に密偵の能力を会得している奴はいるか?」
一同を見渡しながらリーガスが訊ねる。
その問いかけに対し、二つの手が上がった。
一人は少女と見間違いかねない、やわらかな顔立ちをした背が低く年若い人間の少年で、もう一人は長身ですらりとした体躯のエルフだった。
「ありがとう、手を下ろしてくれ。俺とユズ、バルグでもある程度索敵なんかはできるから必要ないかもしれんが、本職にはかなわないだろう。力を貸してくれ」
リーガスは二人を交互に見ながら、丁寧に慎むように言った。
「では行くぞ。ここからが本番だ。今までは俺が一人で戦ってきたが、ここから先はそうはいかないだろう。各々戦う準備をしてくれ」
そう言い終えると彼は遺跡の入り口に向かって歩み始める。
エイトたちもそれに続くように後ろを歩く。
一同は道中と同じ隊列で、先が見えない暗闇に満ちた遺跡の中に入っていく。
先頭を行くリーガスは遺跡に入ると、おもむろに腰の革袋から角灯を取り出し、それを腰に備え付けた。
すると周りが日中のように明るくなり、数歩先も闇で覆われていた視界が一瞬にして開けた。
「あれも魔導具?」
「そうですね。宝石の原石などに魔力を込めたものですね。ガラスが割れたりしても、光が消えることがないので冒険者や鉱夫が愛用する者ですね。ですが、あれは比較的手にしやすい物ですよ」
「確かに使っている人が多いな」
リーガスの他にもユズやバルグだけでなくエイトの周りにいる冒険者も明かりを灯しているのが分かる。
(みんなが照らす光にあやかっているけど、後で金を請求されたりしないよな……。友達の家のWi-Fiとか使うと、血相を変えて怒るやつもいるからな。……まあ、俺は友達いなかったからそういった話があると噂で聞いただけだけど)
益体もないことを考えているエイトだが、彼なりに周囲に注意を払って歩いていた。
遺跡の中は入り口と同じく石材が基本となってできているようであった。
しかしそれも所々にひびが入っているのが認められ、それ程の長い時間が経過し、利用されていた時代からは久しくなっているのがよく分かる。
敷き詰められた石畳も同様で、道の隅には
「かなり古い遺跡ですが、元が
セフィアが辺りを見渡しながら言う。
しかしその直後、最後尾を歩くリザードマンのバルグが皆に聞こえるのも承知で、先頭を行くリーガスに向かって声を放つ。
「リーガス!前から何かでかいのが来るぞ!後ろからもだ!」
「ああ!……全員戦闘準備だ!覚悟決めろよ!」
リーガスとバルグの声を聞き、冒険者たちは戦いの用意をする。
敵の拠点の中にいることは、道中に散発的に襲ってきた魔物たちとは脅威となる値が違うことを皆理解していた。
前方から地面を何かが這うような音と、人型の生物では発することのできない、耳障りで吐き捨てるような吐息が聞こえる。
「少しは骨のあるやつにしてくれよ!」
迫りくるものに対してリーガスは少しも物怖じすることなく、白い歯を見せ笑みを浮かべる。
光の届かない暗闇から現れたのは思わず身震いしてしまうような、不快で、醜悪な見た目をした異形の化け物であった。
「HUUSYYYYAAAAAA!!!」
「うわっ!なんだこれ!?きもちわりい!」
何が出て来ようとも冷静さを纏いつつ、昂然とした態度を崩さなかったリーガスだが、目の前の化け物を見ると思わず後ずさり、不意に頭に浮かんだ言葉をそのまま発した。
その化け物の体は蛇であった。フシュフシュと息を吐き口を開けると、そこには下に向かって生えている牙が二本あることが見て取れた。見かけは人を丸吞みしてしまうような大蛇であるが、蛇とは明確に異なる体のつくりをした部分があった。
それは、ぬらぬらとうねる胴体の部分に、何本もの腕が生えていたのである。
腕の先には人とは異なる形をした手が備わっており、四本の指が生えていた。
「なんておぞましい……」
「ちょっと……嫌な見た目をしていますね……」
その姿を見たエイトとセフィアも言葉では表現できない、感覚的な嫌悪感が心の底から湧き上がってきた。
セフィアは魔狼戦と同様に、平静を保とうと努めていたが、いささか顔をしかめている。
「魔王軍が作り出したキメラか。こいつはハンドスネークとでも呼べばいいのか?気色悪いもん作りやがって。おまけにゴブリンまでいるじゃねえか」
リーガスが吐き捨てるように、文句をハンドスネークに向かって浴びせる。
「GUUUAAAAAA!!」
ハンドスネークの両脇には十体ほどのゴブリンが、棍棒や短剣など雑多な装備を身に着けて控えている。
「前だけではありません!後ろからも来てます!」
少年の密偵が全員に注意を促す。
振り向くと、ゴブリンが喚き声を上げながら最後尾にいたバルグの前に十五体ほど群がっていた。
「こっちはゴブリンだけだ!俺たち後衛に任せろ!前のバケモンは任せたぞリーガス!」
「おう、任された!でかいのは俺がやる。横にいるゴブリンどもはお前らが引き受けてくれ。魔法とかは適当に打たないでくれよ。この狭い道では味方にあたりかねないからな」
リーガスが早口で、端的に周りに指示を出す。
彼は既に青白く光る魔剣を鞘から抜いており、エイトたちも今からすぐに巻き起こるだろう戦闘に備え、武器を構えている。
「エイト、油断しないでください。ゴブリンは知能も
セフィアは一瞬、顔に陰りが見え、悲痛な表情をした。
彼女は魔狼戦での出来事は自分が魔狼を倒したと勝手に確信し、一人浮かれていたせいでエイトが命を失いかけたものととらえ、あの時以来自分を責め立てていた。
エイトが段々と力なく意識を失いかけてゆく光景は、彼女にとってある種のトラウマとして心に残る結果となった。
これによってエイトを必ず死なせたくないという意思が確固なものとなり、今の自分ができることはたとえ微力であったとしても、余すことなく全て使うという考えを抱くようになったのである。
そしてエイトにはセフィアの心に誓った思いまではわからなくとも、彼女の必死な真剣さはありありと伝わっていた。
「忠告ありがとう。死なない程度に頑張るよ。でも、万が一なことが起きた時は頼んだぜ、セフィア」
「はい、任せてください!」
二人は互いに視線を交わし、互いの覚悟、そして寄せている信頼を目で感じ取った。
エイトは前衛にいるリーガスらと共に戦うため前に足を進める。
「いいパーティーね」
二人の会話をそばで聞いていた、ユズがセフィアに話しかける。
「でもこの場では私たちは出番をじっと待つしかないわ。狭い場所ではうかつに攻撃魔法は使えないもの。彼らを信じましょう」
「そうですね」
ユズはセフィアに向けた視線を前方に向ける。
視線の先にはハンドスネークとリーガスらが対峙し、にらみ合う。
「さあ、こいよ。まさか、ゴブリンで俺を殺せるとは思ってないよな?お前が来ないと俺は殺せないぜ」
リーガスは獰猛な笑みを浮かべながら、挑戦的な目でハンドスネークをにらみつける。
「KISYYAAAAAAAAAAAA!!!」
ハンドスネークはリーガスに明確な殺意を向けながら咆哮する。ハンドスネークの咆哮が空気を震わせ、遺跡中に響き渡る。
並みの冒険者がその目を見、その声を耳にすれば足がすくんで、その場から動けなくなるだろう。
だが、C級冒険者でるリーガスは依然として笑みを崩さない。
ここまでの道中で倒してきた魔物とは一味も二味も違うこの目の前の魔物とこれから戦うことを、冒険そのものを楽しんでいるのである。
「GRUAAAAAA!!!」
そしてハンドスネークの声に呼応して脇にいたゴブリンたちが一斉に突撃を仕掛ける。
しかしそれはリーガスを素通りしていった。
向かう先はエイトを含む前衛の冒険者たちである。
「「うおおおおお!!」」
エイトたちとゴブリンが衝突する。
少し前まで静寂に包まれていた遺跡は、瞬く間に武具が激しくぶつかる金属音で満たされていった。
「GAAAAA……!」
「来たか……」
エイトの目の前には一体のゴブリンが今にも飛び掛からんとしていた。
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