第7話 リーガス
ギルドの広間には銘々の手に馴染んだ装備を整えた冒険者十人あまりが集っていた。そこにはエイトとセフィアの姿もあった。
先ほど話されていたリーガスによるクエストの募集に参加するためである。
そして彼らの前に三人の冒険者が落ち着き払った様子でかまえている。
「みんなは俺のことを知った上でこの場にいると思うから必要ない気はするが、一応挨拶をしておこう。俺の名前はリーガス。俺から見て右手にいるのが俺のパーティーメンバーの一人、バルグ。そして左手にいるのが同じくメンバーのユズだ。俺たちは主にこの三人で活動している。階級は皆C級。あえて謙遜せずに言わせてもらうが、この都市のギルドでは一番実力のあるパーティーであると自負している」
リーガスは翠色の瞳で一同に目を配りながら通る声で挨拶をする。
彼は実績の割には年が若く、金色の髪と色白だが病的ではなく、健康的な色をした肌は艶がかかり、身につけた鎧と剣はよく磨かかれ、輝きを放っている。
彼の装備は見るからに高価で上等なもので、いっぱしの冒険者が手に入れられるものではないのは明らかであった。
容貌も相まって、リーガスの姿は冒険者というよりはさながら一国の騎士のようであった。
「今回ギルド内で募集させてもらった内容としては、近隣に根城を建てたとする魔王軍幹部の討伐だ。俺たち三人でも問題はなさそうだが数は多い方がいい。この場に集まってもらったのは……十数人ってとこか。まあこんなものだろう、行くも拒むも自由だ。報酬は幹部を倒した者に金貨十枚、勝利し生還しただけでも金貨一枚が所与される。うまい話だろう?」
リーガスは淡々とクエストの内容を一同に述べる。
「あのう……。この場にいながら言うのもおかしいとは思うのですが、私たち冒険者が討伐に行くよりも王国や主要都市から派遣される軍に任せた方がいいのではないのですか……?」
集まった冒険者の中の一人の気弱そうな魔法使いの少女が訊ねる。
「ごもっともな意見だ。魔王軍なんかが関わる問題は冒険者が首を突っ込むことではないかもしれない。しかし、今回の件に関しては恐らく軍隊が派遣されるなんてことはないだろう。だから俺たち冒険者が行くわけだが、安心してくれ。玉砕されに行くわけじゃない。俺たちは冒険者だぜ、高尚な義侠心を掲げる騎士様とは違う。これは負け戦ではなく、ある程度の勝算があるものだ。まあこの軍の兵士が来ないことと勝算云々については後で説明しよう。他に質問は?後、怖いから参加しないと言うのなら今の内だぜ」
リーガスはサメのように笑い、挑むような視線を目の前にいる冒険者たちに送る。
集った冒険者たちは誰一人離れるものはおらず、それはクエストに参加することの覚悟の意を表しているものだった。
「お前らの意志はよく伝わったよ。……では、行こうか!!魔王軍幹部を狩りに!!!」
「「「おおーーー!!!!」」」
リーガスが腕を高々と突き上げ叫ぶと同時に、冒険者たちは一斉に叫んだ。
冒険者たちの間に興奮と高揚の渦が巻き起こる。
しかし、リーガスの背後に静かに近寄る影が一つ。
「リーガスよ、大丈夫なのか?こんな実力が分からない奴らを無分別に連れていって。ギルドは確実に仕留めたいがために、数は多ければいいと思っているようだが、俺はもう少し連れてくやつを選んでもいいと思うぞ。足を引っ張られてこちらが不利を被るというのもない話ではないだろう?」
リーガスに歩み寄った男は先ほど紹介されたバルグというリザードマンの男であった。
バルグは人間の中では長身のリーガスよりも一回り大きく、体はリザードマンに与えられた天賦の体格を象徴するように筋骨隆々であり、人の身長ほどある
「大丈夫だよ、バルグ。こいつらだって自分の身は自分で守れるさ。それに今回のクエストは使役されている魔物やらが多く出てくるだろうから、人数が多い方がクエストの成功率は高いはずだ」
「……まあ、お前がそう言うのなら、それに従おう」
バルグは鷹揚とした態度で返した。
共に冒険をしてきたリーガスに対する信頼からか、それ以上は言及しないという風に舌をわずかに出しながらチロチロと動かす。
「それに、たまには大所帯で挑む冒険というのも悪くないかもしれないわよ?」
二人の会話に落ち着いた女性の声が混じる。
バルグと共に紹介されたユズである。
彼女はフードがついた外套で全身を覆い、魔法の杖手に持ち、いかにもというような魔法使いらしい装いをしている。
全身を黒の外套で覆われた彼女の姿は露出が極限まで抑えられている。しかし、生地が彼女の肢体にピタリとまとわりついているせいで彼女の豊満な肉体を際立たせ、かえって妖艶な印象を与えている。
「そうだろう?賑やかな方が楽しくなるはずさ。なんせ、今回のクエストは俺たち三人にとってはこの上ない儲け話。王族貴族がやる生っちょろい鹿狩りなんかと同じような楽なクエストだからな」
集められた冒険者たちは互いの親睦を深めようと軽い世話話などをしている。
その光景を目にしながらリーガスは不敵な笑みを浮かべた。
◇◇◇◇◇
目的地を目指し
「おおー!」
「スゲー!またリーガスがやったぞ!」
一同から歓声と感嘆の声が上がる。
その声を浴びながらリーガスはゆっくりと剣を腰に添えてある鞘に納める。
彼の足元には綺麗に両断された、先ほどまで蜘蛛の形をしていた魔物の死骸が横たわっていた。
「凄い……。これがC級冒険者……」
実戦経験の圧倒的に少ないエイトでも、リーガスの動きが精錬されていることは理解できた。
魔王軍幹部がいる拠点として報告された地に向かう一行は、その地に近づくにつれ道中に遭遇する魔物の数が増えていった。
集められた十人余りの冒険者たちはその度に身構え、臨戦態勢をとるが、彼らに出番はなく、リーガスが全て一人で魔物を倒していった。
魔物の中には先日エイトとセフィアが苦戦した(殺されかけた)魔狼の姿もあったがリーガスは意に介することなく難なく倒した。
リーガスは多くの仲間がいる中一人で戦うことに対して、皆の安全のためであるとか、反対に自身が称賛を浴びるため、などの情合いや私心は一切持ち合わせていなかった。
彼はただこの相手であれば一人で挑むことが最も効率よく倒すことが出来ると、判断しての行動であった。
この判断は若くしてC級冒険者になった、彼の非凡な才と残してきた数々の実績から生じる自負心によって起こるものであった。
「流石リーガスだ。これなら俺たちの出番は全くないかもな」
「魔王軍幹部とやらもリーガス一人で倒しちまうんじゃねの?」
「はは、あり得るな。おーい、リーガス!俺たちにも少しは手柄を分けてくれよ!」
「安心しろよ、お前たちにもちゃんと働いてもらう時は来るよ」
冒険者の間で軽口が飛び交う回数が増え始める。
初めは魔王軍幹部の討伐というほとんどが経験のない重大なクエストを前に、集まった冒険者たちは、普段行うクエスト以上の緊張を強いられていた。
しかしながら、ここまでの道のりは全く苦ではなく、道中の魔物も弊害にはなるような強敵ではなかった。
いや、正確にはC級冒険者のリーガスの実力が皆の予想を上回るもので、リーガスがいれば何とかしてくれるという考えが集められた冒険者たちの中で蔓延し始めた。
そしてリーガスと同じくC級冒険者であるユズ、バルグの二人も、リーガスが全ての戦闘を行っていたため他の冒険者と同様に暇を持て余していたのだが、リーガスが魔物を倒すたびにエイトを含む集められた冒険者たちは彼と同階級の二人にも期待を募らせていった。
これらのことから当初彼らの張りつめていた神経は平生の時のように
そしてこの一団はリーガスの指示によって前衛、中衛、後衛に分けられていた。前衛はリーガスを含む剣使いや槍使いといった接近戦を主としている戦士職でまとめられ、エイトもここに属していた。中衛は弓使いや密偵、セフィアやユズを含む魔法使いといった支援職の者たちでまとめられている。そして後衛には中衛に控える冒険者たちへの後ろからの襲撃に備えるためにバルグと数名の戦士職の者が配置されていた。
このようにして区分分けされたのだが、その中で互いの人間関係などをリーガスは
エイトは前衛であり、セフィアは中衛であったがその間の距離は一二歩離れているだけで会話などもできる距離であった。
「なあセフィア、リーガスさんが手にしている剣、青白く光っていたけど魔法の武器とかなのか?めちゃくちゃカッコイイけど」
「ええ、そうでしょうね。迷宮(ダンジョン)や有力な魔王軍に使える魔族などから冒険で手に入れたのでしょうか?それとも魔道具点や武器屋に稀に流通する物を購入したのでしょうか?どちらにせよそう簡単に手に入るものではないですよ」
「そうだよな。それに、あの魔剣が霞むぐらいに彼の実力がすげえよ。魔物たちもほとんど一撃だし……」
エイトとセフィアはリーガスが持ち、披露するものに驚愕するばかりであった。
特にエイトは彼に対して憧憬の念まで抱き始めている。
しかしそれは単に魔剣使いの剣士という肩書に酔いしれているだけで、年相応の感受性からくるものだった。
(俺もせっかくファンタジーな異世界に転生したんだし魔剣とか使ってみたいな!やっぱりロマンがあるし!)
つい先日魔狼に殺されかけて、おとぎ話のような異世界であっても現実の恐ろしさを内包いることを突き付けられて、彼の心は折れかけていたのだが、今はもう自分が魔法の武器を使い活躍している妄想にふけっている。
(我ながら単純ではあるけれど……)
本来は身の危険と隣り合わせの冒険であるはずなのに、それを忘れて下らないことをあれこれと考えていると、ねえ、と背後から呼びかける声が聞こえた。
「急にごめんなさいね。会話が少し耳に入ってきたものだから。リーガスの魔剣について話していたけど、貴方のその指輪も魔導具よね?馬車で見た時から気になっていたのだけれど何かの効果が発動できたりするんじゃないの?」
声の主の方を向くとユズの姿があった。
彼女の目にかかるぐらいに伸びた赤い前髪の隙間から、緋色の目がエイトの右手の指輪を見つめる。
「ユズさん、馬車でのことは本当にありがとうございます。いろいろと助けてもらって」
「別にいいのよ。冒険者っていうのは、持ちつ持たれつの関係としての側面もあるしね。こちらが困ったときに助けてくれたらいいわ」
ユズは優しい目で微笑しながら、感謝に応じる。
「いつか必ずお礼はします。それで、この指輪はどうやら人が唱えた魔法を強化する効果があるみたいなんですよ」
「凄いですよ、彼の指輪は。そこいらの魔導具とはものが違いますよ!」
なぜかセフィアが得意げな表情でユズに語りかける。
「あらそうなの?凄いじゃない。よく見せてもらっていい?」
エイトは彼女に右手を近付ける。
ユズは好奇の目で、別の角度から見ようと時折顔を動かしながらじっくりと指輪を眺める。
「指輪の魔導具なんて珍しいわよね。どこで手に入れたの?」
「親から貰いました。先祖代々受け継がれているもので……」
セフィアに尋ねられた時と同様の噓をついた。
彼女がそばにいる手前、別の話をするわけにはいかない。
そして、エイトは今後この指輪について問われたときは全てこの回答で切り抜けることに決めていた。
転生等の話はいずれ誰かに語る時が来るかもしれないが、今は秘密にしておく方が得策だろう。真相を話すことが必ずしも良好な結果を生み出すとは限らないのだから。
「でも、あなたのその指輪、魔法を強化する以外にも使い道があるかもしれないわよ?」
「本当ですか?」
「そう言っても、私の勘なのだけれどね。だからあまり過度な期待は寄せないで欲しいのだけれど。視野を広げて使ってみたらって話よ。魔導具って当初想定していた用途と実は全く違う使い方が正しい使い方でした、なんてよくある話だから」
ユズは指を立てながら教え諭すように言った。
魔法使いとして、C級冒険者として、多くを見て学んで培われた彼女の見地からくる助言なのであろう。
「別の使い方か……。確かに、数回使っただけで決めつけるのは早計だったかもな……」
「良かったですね、エイト。まだそうと決まったわけではないですけど、ユズさんから助言をいただいて。ユズさん、今度私にも魔法についてアドバイスを頂けないでしょうか?魔法の実戦での使い方などを詳しく知りたいのですが」
セフィアがユズに丁寧ながらも、親しげに話しかける。
彼女はユズに対して一定の敬意と信頼、親しみを持っているようであった。
これは魔狼との戦いに後に彼女らの間にどんな会話がなされたのかは分からないが、セフィアからすると、エイト以外で初めて話した、それも同じ魔法使いの冒険者に懇意にされたことが理由であるのかもしれない。
「もちろんいいわよ。可愛い魔法使いさん」
褒められたことに恥ずかしさを感じながらもセフィアはありがとうございますと健気に返事をする。
危険が伴っている冒険であることを忘れてしまうかのような、柔和な雰囲気がこの場に作り出されていた。
しかしそれもつかの間、甲冑の擦れる金属音を鳴らしながら先頭を突き進むリーガスの一言によって、一同は再び気を引き締める。
「みんな止まれ。見えたぞ、あれが敵さんの家だぜ」
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