第6話 指輪の力

 ガラス窓から部屋中に差し込む強い日差しが気になり、ゆっくりと瞼を開く。


 「おはようございます。目を覚ましてもらって安心しました。丸一日眠っていましたからね」


 横を向くとそこにはどこかほっとした表情でこちらを見つめるセフィアの姿があった。

 彼女は簡素な籐椅子とういすに座り、エイトが眠るベッドのすぐ隣で彼が目覚める時を待ってい待っていたようであった。


 「俺死んだはずじゃ……。どうしてベッドの上で寝ていたんだ?ここは?」


 「ここはギルドが経営している宿泊施設ですよ。ほら、魔狼を討伐に出かける前にこの部屋を借りましたよね?」


 「ああ、そういえば……」


 彼が泊っている部屋は必要最低限のものしか備えられておらず、索漠さくばくとしていた。

 部屋のベッドと面している反対側の壁には長方形の長机があり、その上にはエイトが生前に身に着けていたジャージなどを入れた安物の革袋と戦いで身に着けていた皮鎧と剣が丁寧に置かれていた。


 「確かに俺が借りた部屋だな。でも俺、魔狼に首を噛まれたはずじゃ……」


 エイトは横になった状態から上体を起こし、首筋に手を当てる。


 「なんともないな……」


 「はい、エイトのその指輪のおかげですよ!」


 セフィアは目を輝かせて、エイトに顔を近づけながら食い入るようにして叫んだ。


 「あの時のあなたは確実に命を落とす運命にありましたよ。エイトの負った傷は私の使える回復魔法の《治療ヒール》で与えられる効果の範囲の外側に位置していました。それぐらいの重症であったと思います。それでも藁にも縋る思いで私は《治療ヒール》を唱え続けていたのです。そうしたら、あなたの指輪に稲妻のようなものが走ったのですよ!すると、その次の瞬間に私の唱えた《治療ヒール》があなたの傷を治したのです!」


 彼女は興奮気味に、そして一息でエイトの身に起きた出来事を話した。


 「えっと……先ずは助けてくれてありがとう。今の話は……つまりどういうことなんだ?」


 エイトは目覚めて早々、まくしたてるように説明をするセフィアに理解が追い付かなかった。


 「これは私の推測ですが、エイトの指輪には魔法を強化する能力があるのではないでしょうか。あの時明らかに《治療ヒール》の性能が上がっていて、効果としてはもはや上級魔法の《蘇生リザレクション》と遜色はありませんでしたから」


 「それで俺は助かったのか。でもどうしていきなり発動したんだろう?」


 「何か思い当たる節はないのですか?念じたとか、死にたくないと強く思ったとか」


 「あの時は確か、もう生きるのを諦めてセフィアの将来の成功を祈っていたような……」


 いやに廉直に吐き出されたエイトの言葉に対し、セフィアは気恥ずかしそうにほのかに顔を赤らめた。


 「一度試してみませんか?私が今魔法を使います。それでその魔法が強化せれるか検証してみましょう」


 セフィアは気持ちを切り替えるように居住まいを正す。


 「そうだな」


 「ではいきますよ。眩しいので目を閉じてくださいね。……《聖光ホーリーライト》!」


 エイトは促されたように目をつむり、右手にはめた指輪に意識を向ける。


 すると指輪は金色の稲光を放ち、セフィアが唱えた《聖光ホーリーライト》は部屋に差し込む日差しすらも圧倒して、かき消すほどの眩い光を放った。


 「どうだ?強化されたりしたのか?」


 ゆっくりと瞼を開けながらエイトが訊ねる。


 「その……私もエイトも目を閉じていたので強化されたかどうか視認できませんでした……」


 「……今の時間は何だったんだ……」


 「いやでも、目ではわかりませんでしたが魔力量が増えていたのは体で感じていましたから……!やっぱりエイトの指輪は魔法を強化する力があるようですね」


 自らの不備を覆い隠そうと手をあたふたと動かしながら、セフィアは早口に言った。

 先程から様子が二転三転するセフィアを見て、エイトも思わず笑みがこぼれる。


 「しかしこの指輪にそんな力があるとは……」


 彼は指輪をじっと見つめる。

 魔王を倒すという使命を授かり、再び生を享けてこの世界に転生したエイトはこの先のことは指輪の活用次第で決まるのではないかという宿命論的な考えが頭によぎった。

 もちろんそこに理論めいた根拠はないので、この考えは彼の浅薄な人生経験と思考が呼んだ迷妄であると捉えられるかもしれない。

 しかし、魔狼との戦いでこの指輪が自らの命を救ったことは紛れもない事実であり、他人の能力を高めるという効果は類を見ない稀有なものであり、期待するに値した可能性を秘めたものであった。


 「私も様々な魔導具をこの目で見てきましたが、魔法を強化する代物は初めて見ました。今後も必ず役に立ちますよ」


 「そうだな、この指輪は使い方次第では格上の敵にも通用するかもしれないな。……ところで、お腹が空いたのだが食べ物ってあるか?」


 エイトは魔狼との戦いで意識を失ってから丸一日胃に何も入れていないため、腹痛をもたらすほどの空腹感に襲われていた。


 「それならギルドにある食堂に行きましょうか。他に話したいこともありますしね」



◇◇◇◇◇◇


 ギルドは二人が訪れてきた時と同様に喧喧囂囂けんけんごうごうとしており、特に食堂は一番の賑わいを見せていた。

 食堂ではこれから出発する冒険の決起集会を行うパーティーや一夜明けてクエストの成功を祝うパーティーなど銘々の目的を担いだ食事が無数に行なわれていた。


 エイトとセフィアは食堂の一角にあるテーブル席で静かに食事をとっていた。


 「魔法って魔法の名称を宣言するだけで発動するの?」

 

 ちぎったパンをスープに浸しながらエイトは訊ねた。

 パンは固いうえに、特に味付けもされていないので自分なりに工夫して食べる必要があった。


 「そうですね。慣れてくると無詠唱であったり、自分の好きな言葉で発動なんかもできるようになりますよ」


 「ふーん。じゃあ魔狼と戦っていた時、口上みたいのを言ってから魔法を唱えていたけど、どうしてあんなこと言ったの?」


 「いや……あれは……その、初披露だったのでご愛嬌というか、カッコつけたかったというか……。やめてください、あまりいじめないでください」


 セフィアは赤面し、肢体をもじもじと動かし、居心地を悪そうにしながら答える。


 「ははは、ごめん。もういじらないからさ」


 他愛ないがどこか気分が軽くなるような、朗らかな会話がされる。

 二人はまだ出会って数日であるが、一度の冒険を経て互いに信頼をおける関係になった。

 たった一度の冒険でも、生死をかけた戦いを共にしたのであれば、心を通わすには充分であった。


 「……そういえば、俺が気を失ってからどうやって帰ってきたんだ?セフィアが俺を担いできたとかじゃないよな?」


 「実はある冒険者パーティーの方々が助けてくださったのです。その方々は他の都市に用事があったそうで、その帰りに街道を馬車で移動していた際に私たちを見つけて乗せてくださったのです。魔法使いの方もいて、血まみれになったエイトのことも魔法を使って綺麗にされたのですよ。とても柔和で親切な方たちでした」


 「そうだったのか。その人たちに後でちゃんとお礼を伝えないとな。名前はなんて言うんだ?」


 「リーガスという方がリーダーで三人組のパーティーでした。その方たちはC級の冒険者たちで、他の方に聞いたのですが、この都市では一目置かれた一番強いパーティーだそうですよ」


 「まじか、そんな人たちに助けてもらって本当に運がよかったな」


 「ええ、それで彼らが話していたのですが、これから魔王軍幹部の討伐のために冒険者を募集するそうです。聞けば、来るもの拒まずで、どのランクの冒険者でも参加可能だとか。それにはギルド側も支援するそうで、幹部の討伐報酬とは別に生還しただけでも一人金貨一枚の報酬を与えるとか。私たちにも良かったら参加しないかと促されたのですが……」


 エイトはうーんと低く唸り声を出した。

 魔王討伐という目標を掲げる二人は幹部との戦いを経験することは将来的に必至である。

 今ここで参加をすれば、魔狼退治などでは味わえない程の上質な経験を得られるだろうということは二人とも認識していた。

 懸念すべき点はやはり、自分たちの現状のレベルである。

 自らの身を守るのはもちろんのこと、仲間の足手まといになるということだって十二分に考えられた。

 二人の間に沈黙が訪れる。参加するべきか否か大いに悩んだ。


 「ここは思い切って俺たちも参加しよう。C級冒険者たちと魔王軍幹部との戦いからは得られるものがきっとたくさんあるはずだ。他の冒険者と関わることで自分の立ち位置を俯瞰することだってできるだろう。そうすれば、俺たちがこの先戦っていく上で必要なものが自ずと見えてくるはずだ。それに、俺達には切り札としてこの指輪がある。これだけは無類の存在であるはずだし、ひょっとすると俺たちが大いに活躍することだってできるかもしれない」


 沈黙を破ったのはエイトだった。

 自分の思う戦いに参加することへの利点を端的述べた。

 そこには希望的観測すぎない部分もあったが、何事にも挑戦するという気概を彼は今重視していた。

 それは生前やらない理由を何かとこじつけて、引きこもりとなった過去の過ちを繰り返ししたくないという一心から来ているものであった。


 「私も同意見です。私たちはお小遣いを稼ぐために冒険者になったのではありませんからね。私は、私たちは魔王バイロスを倒さなければならないのですから。今後リスクを背負った行動をとることは避けては通れない道ですしね。ここで多くを経験しておくべきでしょう」


 「じゃあ魔王軍幹部の討伐クエストに参加ということで決定だな。しかし、魔狼の次の相手が魔王軍幹部とは落差がすごいな……」


 「そうですね、運命というものでしょうか。何はともあれ少し前の自分では想像もつかない凄い冒険になりそうです」


 セフィアは人生の舞台装置の変わりようにおかしくなり、無邪気な笑みを浮かべた。

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