第5話 戦いの行方

 エイトの声に反応して、セフィアも魔狼の姿を確認する。


 「いますね。こちらからは動かずに気づいていないふりをしましょう。そうやっておびき出して私たちを襲うために近づいてきたら、私が魔法で強烈な光を魔狼に浴びせます。エイトは、魔法を放つ前に私が合図を送るので、その時に魔狼に向かって走り出してください。そして光を浴びた魔狼がひるんでいる隙にエイトがその腰に差した剣でとどめを刺してください」


 彼女は淡々と起こるべき戦いに備えた作戦を述べた。

 エイトは離れているとはいえ、生まれて初めて自身に向けられる殺意のこもった視線に畏縮していたが彼女の飄々ひょうひょうとした様子にいささか面食らう。


 「なんか……凄い、冷静だね」


 「もちろん私も緊張していますよ。でも魔法を使う時には集中して心の平穏を保った状態にしなければならないと、師匠が言っていましたので」


 セフィアは自分に言い聞かせるように答えた。

 しかし、その言葉はエイトにも深い影響を与え、彼は改めて戦いに対してほぞを固める。

 彼は彼女が凛とした表情でいながらも、胸元に手繰り寄せるように杖を握っている彼女の両手が小刻みに震えているのを見落とさなかった。


 (彼女だって初めての実戦で緊張しているんだ。それでも自分ができることを、やらなければならないことを果たそうとしている!俺が彼女を誘ったんだ。足手まといになるわけにはいかない!)


 彼は自分自身を鼓舞する。

 から元気や虚勢であっても萎縮(いしゅく)し、足がすくみ、動けなくなるよりかは幾分ましである。

 虚心坦懐というのが理想であろうが、初めての戦いを迎えるエイトには闘志が湧き出ただけでも及第点であるはずだ。


 「気を付けて!出てきましたよ!」


 「GRRUUUAAAAAA!!」


 けたたましい咆哮と共に二匹の魔狼が二人をめがけて猛然と走り出す。


 「エイト!私の合図と共に走り始めてください!」


 「わかった!」


 二匹の魔狼は力強く、そして俊敏に大地を蹴り進み、当初数百メートル近く離れていたエイトらとの距離はみるみると縮まっていた。

 豆粒のように小さく見えた魔狼の姿がもののわずか数秒で大きくなり、それに伴って二人の心は恐怖で支配され体が強張るように感じた。

 しかし、互いの隣に志を共にした同心の仲間がいることを自覚し、すぐに気持ちを切り替える。

 

 魔狼と二人の距離が数十メートルとなった時、セフィアは目を見開きながら叫んだ。


 「今です!エイト!」


 「ああ!」


 セフィアの呼びかけに瞬時に応じたエイトは、彼女が声を発した瞬間とほとんど同時に魔狼に向かって走り出す。


 「《闇夜を照らせ 迷えるわれらを導く希望の光となれ 聖光ホーリーライト》!」


 セフィアの方はエイトに合図を送るや否や、すぐさま魔法の詠唱を開始していた。

 詠唱を唱えると彼女が天に向かって掲げた魔法の杖から、太陽が高く上る白昼であるにもかかわらず、視界を真っ白にするほどの眩い光が辺りを強く照らしだす。


 二人のことを格好の餌であるとしか認識していなかった魔狼たちは全力で突撃していたがために、セフィアの唱えた《聖光ホーリーライト》の光を直接目に浴び、声にならない叫び声と共に地面にのたうち回る。


 (よし!ひるんでいるな。後は俺が決めなければ……!)


 目を開き、走りながらエイトは咄嗟に剣を抜く。

 反射的に前足で顔を覆うようにしている魔狼は体勢を崩し地面に身をよじりながら横になっている。


 眼前にいるその魔狼を見下ろしながらエイトは魔狼の喉元の横で剣を下ろし、そこから喉元を目掛けてすくいあげるように剣を振り上げた。


 「Ga……A……」


 喉を裂かれた魔狼は叫ぶ暇もなく一瞬にして命を落とした。


 切り裂いた瞬間、血潮が盛んにめぐる生きた肉を剣で切る嫌な感触と共に命を刈り取ることへの徳義心からくる良心の呵責が頭をもたげてきた。が、すぐにその雑念を振り払う。


 ここでためらっていたら、自分たちが殺されかねないということを彼は理解していた。


 血をとめどなく流しながら倒れる魔狼の姿を尻目に、彼は急いでもう一匹の魔狼の方へと向かう。


 もう一匹の魔狼は徐々に目が慣れ始めたのか、四足でしっかりと立ち、瞼の裏にある残像を振り払うようにしきりに顔を横に振っていた。


 「これで終わりだああ!!!」


 エイトは跳躍と共に魔狼の脳天に向かって剣を突き刺す。


 剣が頭に刺さった魔狼はわずかにふらついた後、力なく地面に倒れこんだ。

 その姿をしっかりと双眸そうぼうの奥まで認める。

 状況を体の奥底まで理解するのに、十秒ほどの時間を要した。


 「やった……。倒したんだよな……?俺たち……」


 ふり絞るように、そして嚙みしめるようにして、この戦いの結果を口にする。

 その言葉を口にした瞬間にエイトは体の緊張が一気に解け、主に精神的な疲労が全身にのしかかりその場に座り込んだ。


 「やりましたね!エイト!すごいですよ!」


 セフィアは興奮と疲労の色をにじませながら小走りでエイトのもとへと駆け付けた。


 「お疲れ様です!お見事でした!二撃で二匹とも仕留めるとは!剣の心得があったのですか?」


 「いや……しゃにむに振っていただけだよ……剣の心得なんてない」


 「であればなおさらすごいです!才能ですよ、才能!将来は剣聖として語り継がれるまでになるかもしれませんよ!」


 「……はは。ありがとう」


 全身に疲労の様子が見られるエイトとは対照的にセフィアは興奮が冷めず、浮ついたことを口にする。

 その顔は上気しており、エイトに対する気兼ねさえなければ、はしゃぐ子供のように飛び跳ねるのではと思われる様子であった。


 (ひるんだ魔狼に攻撃するだけでもへとへとになるとは情けないな……。肉体というより緊張とか恐怖からくる精神的な疲労のせいだが……)


 自身の行動を評し、反省をする。が、それも打ち止めた。

 今は大人しく初陣で勝利したことを喜ぶべきである。

 それにセフィアの様子を見ていると一人だけ、陰鬱いんうつにしているのが滑稽に思えた。

 エイトは自身を鼓舞するように太ももを強くたたきながら、おもむろに立ち上がった。

 


 「何はともあれ二人とも無事に終わってよかったな!帰ってすぐにギルドに報告しようか!」


 「はい!」


 彼は魔狼に刺さっている剣をゆっくりと丁寧に抜く。

 だがその直後に二人が予想だにしない出来事が起こった。


 「GRUUAAAAAAAAAAAA!!」


 「なっ……!!」


 同族を殺されたことに対する復讐心が命を繋ぎ止め、二人が油断し肉薄できる時分を伺っていたのだろうか。

 思慮する理知を持たぬ獣であるがゆえに推量することはできないが、二人が息絶えたと確信していた魔狼が、刺しこまれていた剣を抜かれたと同時にエイトに襲い掛かったのである。


 (脳に突き刺したと思ったのに……!ずれていたのか……!?)


 魔狼は彼に飛び掛かり、押し倒した。

 馬乗りのような体制で倒されたエイトだったが、考えるより早く先程抜いた剣を魔狼の頭をめがけて横から突き刺した。


 「がっ……!ぐあっ……!」


 だが魔狼も消えかかる灯のように残っていた命の残滓を振り絞りエイトの首筋に鋭い牙を食い込ませる。

 その一撃を放った後、再び剣で頭を貫かれた魔狼は重力に身を委ねるようにして横に倒れ、その後二度と動くことはなかった。


 「ぐっ……ああ……!」


 「エイト!大丈夫ですか!?」


 一方でエイトの首筋からは血が滝のように流る。

 それに伴う激痛も抑え込もうと反射的に手で押さえるが、全く意味はなさない。

 

 「だめ!出血の量が多すぎる!《治療ヒール》!……脈を完全に切られているせいで私の魔法じゃ治せない……。しっかりしてくださいエイト!」


 セフィアは《治療ヒール》の回復魔法を唱えるが、無情にも流れていく鮮血は止まらず、地面は赤黒く染まり始めていた。

 彼女はみるみると顔を青ざめていき、水色の瞳からは焦燥と恐怖と絶望が見え隠れした。

 ヒステリックに叫びながら必死にエイトを励ます。


 (痛い、痛い、痛い!体が熱い!息がしづらい……!ここでまた死ぬのか……?転生したのにこんなあっけなく終わるのか……?)


 「《治療ヒール》!……エイト!……お願い、死なないで……」


 セフィアの瞳は涙で溢れてゆく。


 エイトはというと、つい先ほどまで苦しめていた痛みは薄れてきており、視界が溟濛めいもうとし、セフィアの声も遠くかすかに頭に響くくような聞こえ方になっていた。


 (セフィア……。最後まで俺を何とかしようとしてくれているとは、なんて優しい子だ。……どうか、どうか君は魔法使いとしての大成し魔王バイロスを倒してくれ。成功を祈るよ……)


 おぼろげに視界に映る彼女の姿を見つめる。

 彼女はどこか驚いた表情をしているように見えた。

 そしてエイトは自身が神妙な光に包まれていることに気が付いた。


 (なんだこれ、あの世へのお迎えの光か?トラックに轢かれたときはこんなの無かったよな?死ぬの二回目だからVIP対応されているのか、俺……?)


 益体のない考えを頭に巡らせながら、エイトの意識は途切れた。


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