第4話 初陣

 パーティーを組んだエイトとセフィアは、掲示板になおざりに貼られた無数のクエストの貼り紙の内容を一枚一枚丹念に調べていた。

 実戦もない新米冒険者となると達成できそうなクエストも限られる。


 命は一つしかない。むやみに飛び掛かってクエスト達成どころか命を落とすようなことがあれば死んでも死にきれない。

 かといって魔王討伐の目標を掲げる二人にはこんな序盤で行き詰るわけにはいかないだろう。

 それでもこの人に聞かれれば笑い飛ばされかねない遠い目標を掲げるが故に、千里の道も一歩からという言葉のように初陣は確実にこなさなければならないという慎重さと謙虚さが二人の中で共有されていた。


 (いろいろあるけど、どれも俺たちルーキーが出来そうなものはないな……。『魔王軍幹部の討伐 報酬 金貨十枚』、金貨十枚!?ていうか、魔王軍幹部がこの都市から行ける範囲にいるの!?……転生された最初のポイントだからチュートリアル的な土地だと思ってたのにそうじゃないのかよ!?)


 誰にも相談ができない自らの境遇についてあれこれと思案していると、肩をトントンと、優しく叩かれる感触がした。


 「こんなのはどうでしょう?」


 横を見るとクエスト依頼が書かれた紙の両端をそれぞれ両手で持ち、その紙で口元を隠すようにしながら問いかけるセフィアの姿があった。


 「どれどれ、『魔狼二匹の討伐 報酬 銀貨二枚』。……魔狼ってなんだ?」


 「魔王軍がよく使役している狼ですね。普通の狼より一回り大きい感じで獰猛な性格です。城都市郊外の街道に出現して商人たちを襲うからどうにかして欲しい、とのことです」


 「俺たちで倒せるのか?」


 「魔狼はよくゴブリンやオークの騎兵が乗り回していて、私たちが使う馬代わりに利用している動物なので魔物としてはそうレベルは高くないですね。それに私はこう見えても中級魔法も習得しているんですよ。二匹ぐらいなら何とか倒せそうな気はします。」


 「それは頼もしいな。そのクエストにしようか。というか、他に俺たちでやれそうなものもないしな……」


 「……はい。どうやら魔王軍幹部が近隣に根城を作ってから、ここら一体の魔物の強さのレベルが上がったみたいなんです」


 「なんて迷惑なんだ……。ところでさ、俺の知っている魔王の情報とセフィアが知っている魔王の情報って同じなのかな?パーティーを組むにあたって一応確認しておきたいのだけれど……」


 話の腰を無理やり折るような形で、エイトがたどたどしく訊ねる。


 (俺は魔王とか魔王軍とか何にも知らないからな。半ば無理やりだけど、聞いておこう)


 お互いの魔王について、ひいてはこの世界に対する価値観を一致させることは共に冒険をしてく中で必要なことだとエイトは考えた。

 それはセフィアも同様に考えたのか、唐突な質問にも不信を抱くことなく、流暢りゅうちょうに答える。


 「そうですね、実際私たちは生まれも育ちも違いますからね。私が聞いた話では約百年前に出自が不明なようですが、魔王バイロスがこの世界の壇上に乗り上げ、魔物やオークやゴブリンといった魔族たちを従え世界を手中に収めるために進軍を開始したそうです。魔王軍の勢力は凄まじく、瞬く間に世界を凄惨で荒廃した姿に変貌させてしまいました。その状況を打開しようと人間、エルフ、ドワーフ、銘々の亜人種の長たちが集い同盟関係を結び、魔王軍に対抗しました。種族間で助け合い、共に戦うようになってからは戦況が好転したようです。しかし、ここ十年ほどは魔王軍が勢いを取り戻してきているようです……この都市の近くに魔王軍幹部がいるのも恐らくそのせいでしょう」


 「そうだな……。俺も名前が違うだけで、内容は大体同じような話を聞いたかな……」


 エイトは周知の事実であるような反応を見せ、初めて耳にする情報でありながらも、白々しく答えた。

 エイトの反応を見て、特別付け足すこともないと思ったのか、セフィアは魔王に対するエイトの見解を求めるようなことはなかった。


 「では私は受け付けに行ってこのクエストを受ける旨を伝えに行きますね」


 小走りで受付に向かうセフィアの背中を見送りながら、エイトはこれから自分の身に命にかかわる戦いが行われることに対して、不安と恐怖を感じながらも覚悟を決めた。


 「魔王を倒すための第一歩を今日、踏み出すんだ」





 ◇◇◇



 魔狼が現れたとされる街道は土を固めたようなものだったが程よく整備され、歩いていて不快な気はしない。

 横手には木々が生い茂り、その一本一本が集約することで鬱蒼うっそうとした雰囲気の森を作り出していた。


 「こんな適当に歩いていて見つかるものなのか?」


 エイトが隣を歩くセフィアに訊ねる。


 「魔狼は鼻が利きますからね。恐らく普段は気づかれないように森の中に身を潜め、街道を通る者の匂いがした時に飛び出してきて襲い掛かるのでしょう。私たちの匂いに反応して自ずと向こうから出てくるはずです」


 「なるほどね。……そういえばセフィアは中級魔法が使えると言っていたけど、魔法にも階級みたいなのがあるの?」


 エイトがセフィアが携える杖を見つめながら、ふと思い立ったような様子で問いかける。


 「魔法は主に初級、中級、上級と別れています。例外的にその三つに分類されない魔法もありますが、使える人はそう多くないのであまり気にしないでいいでしょう」


 「なるほど。因みに俺も魔法って覚えたら使えたりするの?」


 「使えないことはないと思いますが、魔力を扱えるかは生来の才能によって決まることなので、適性がないと難しいと思いますよ。備わっている魔力の量も、まあこれは増やすことが出来ますが、多くの人は何回も魔法を発動できる量は備わっていませんし……」


 (才能で決まるのね……。無いない尽くしの俺とは縁がなさそうだ……)


 面白くないといった面持ちでエイトはため息を漏らす。


 「でも、魔導具なんかは誰でも無尽蔵に魔法を使えることが出来ますよ。その分高価でなかなか手に入りませんが」


 エイトの表情から彼の心情を察したセフィアは付け加えるように話し、彼を気遣った。


 「魔導具ね……」


 エイトは右手を握りながら呟く。手の中に指輪の冷たい感触が広がる。

 

 (セフィアにこの指輪をよく見てもらったが彼女にもどういった効力がある代物なのかは分からないらしい。今はあまり期待しない方がよさそうだな)


 「回数って言うけど、セフィアはどれぐらい魔法が打てるの?」


 「使う魔法にもよりますが、中級魔法だけでも十回ほど一日に使えますね。私は魔力が人より多い方なので」


 「それは頼もしいな。……あっ!」


 エイトの体中に緊張が走る。横目で森を警戒していた彼の瞳に茂みからこちらの様子を窺う、二匹の獣の姿が映った。


 その獣は二人を射すくめるような鋭い視線を浴びせ、虎視眈々としており、今にも飛び出さんとする様子であった。


その獣こそが、今回のクエストの目標である魔狼である。

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