第3話 最初の仲間
「何か御用で……?」
声をかけられたことに動揺し、上ずった声でエイトが問いかける。
初めて訪れた冒険者ギルドで突然声をかけられるというイベントは、かつて引きこもりであったエイトにとっては心身を緊張状態に追い込むには十分すぎるものであった。
「急に話しかけたりしてごめんなさい。先程冒険者の登録をしていましたよね?私もその隣で同じく登録をしていたんです。新米冒険者同士なので……挨拶を……と思って」
彼女も目を合わせるのに精いっぱいという雰囲気で、どこか落ち着かない様子で訥々と話した。
「ああ、それはどうも……」
エイトは目の前の少女をまじまじと見る。
端正な顔立ちの中には幼さを感じさせ、それが彼女の可憐さを引き立てている。
年齢は近いように見えた。
肩まで伸ばした髪は透き通るような水色で、それを際立たせるように瞳も青みがかっておりその目は才知を感じさせた。薄桃色の外套を成長途中の体全体を覆うように身に着け、両手には先端に紅玉のような色彩を放つ魔法石を備え付けた木製の杖を握っていた。
(魔法使いとか魔法職系の子なのかな?)
「私、名前をセフィアといいます。ロゴージンの森で魔法の修業を積んでいました」
「俺はエイト。年も近いみたいだし呼び捨てでいいよ」
「そうですか。じゃあエイト、よろしくお願いします」
セフィアは自分が受け入れられたと感じ安心したのか、先ほどまでの強張った表情から一転して穏やかな笑みを浮かべた。
(敬語も使わなくていいんだけどなあ、……まあいいか)
「隣で手続きをしている時からずっと気になっていたのですが、その右手にしている指輪って魔導具ですよね?」
「これは、えっと……」
意外の質問を投げつけられたことで彼は
「魔力が込められてはいるけど、普通の魔導具とはどこか違う雰囲気を感じます」
セフィアはエイトの右手にはめてある指輪をかがむ様にして眺めた。
エイトは何と返答をすれば分からなかった。ここ数日間については指輪の存在そのものを忘れかけていた。
転生したと同時にはめられていたこの金色の指輪に何らかしらの効果があるものと期待して、念じてみたり、天に掲げてみたり、即興で思いついたそれらしいセリフを叫んでみたりとしたが、指輪は彼の期待をあざけるように沈黙をし続けていた。
(もう質屋で売り飛ばそうかと思ったが、やっぱり普通の指輪ではないんだな。売らなくてよかった……)
時折脳裏によぎったぞんざいな考えに身を委ねかけたことに、エイトは密かに反省をする。
そして彼女が指輪を物珍し気に眺めることに対する、筋の通った答えを素早く模索する。
「そうなのか?これは先祖代々受け継がれているもので両親から貰ったものなんだ。でも使い方とかは俺もわからないけど……」
(“転生”とか“管理者”とかの単語を出しても理解してもらえるわけないしな……)
どうにか納得ができるであろう設定をあいまいながらも見つけ出し、それを流水のように自然と口から出すことに彼は努めた。
だがエイトの説明に対しセフィアが見せた反応は予想外なものであった。
「それはとても大切で素敵なものですね。そういったものがあるのは羨ましいです……」
セフィアはどこか含みのある感じで、伏し目がちに答える。
そしてその表情には今まで見せなかった悲哀な陰りが含まれていた。
エイトは自分の言葉に相手の心を揺さぶる効果を求めては全くいなかったので、彼女の反応を見ると心苦しくなった。
しかしそれと同時に彼女に対して興味を持つようになった。
人の事情に詮索することは好ましいことではないと人間関係が疎かった彼でも理解していたが、彼女がどうして冒険者となったのか、どんな人物であるのか詳しく知りたいという気がふつふつと湧き上がった。
そして出来る事なら彼女の力になりたいと感じた。
「もしよかったら、俺とパーティーを組まない?一人で行動するのは無理だと思うしさ」
「いいんですか!?」
セフィアは目を見開いて勧誘の呼びかけに食い気味に反応する。
「でも私、魔法の勉強とか習得をしたのはいいものの実戦で使ったこととかはなくて……」
「大丈夫だよ!俺も戦闘経験とかは全くと言っていいほどないから。一緒に経験を積んで、強くなって、それでゆくゆくは魔王カイリをぶっ倒そうぜ!」
「魔王カイリ……?」
(やべっ……!)
転生してから二週間が経った今、この世界について精通しているとは決して言えないが庶民的な価値観などはエイトにも理解できるようになっていた。
魔王とその軍勢との戦いについて庶民たちにとっては規模の大きさゆえに、関知するところではないといった雰囲気であることをエイトは感じていた。
庶民にとって重要なのは戦争による余波であって、物価の高騰であるとか、魔王軍の支配地域拡大によって魔物が出現しやすくなったといった実際的なことであった。
もし街中で戦闘経験もない新米冒険者が魔王を倒すと話したものなら途端に笑いの目標になることはエイトにも容易に想像しうることである。
(流石に失言だったよな……。絶対にものを知らない大馬鹿者だと思われる……。いや実際そうなんだけど)
「魔王カイリとは誰のことですか……?」
「え……?」
意表を突いた問いかけを受けたことによってエイトは口を閉じ、二人の間に一瞬の沈黙が生まれる。
「……ああ!エイトが生まれ育った地域ではそう呼ぶのですね。魔王バイロスのことを!」
合点がいったと言わんばかりに、作った握りこぶしをもう片方の小さな手のひらにポンと叩きながらセフィアは答える。
「魔王の悪名は今や世界中に響き渡っていますからね。エルフやドワーフといった種族ごとにも名称が異なるとも聞きますし。でもこのタルテスタ含む多くの都市、種族間ではバイロスの名が一般的なようですよ」
「そうなのか……」
当然のことながら彼にとって初めて耳にした情報である。
(『管理者』さんさあ、そういったことも教えてくれよ……。後この都市の名前はタルテスタというのか)
「エイトは魔王討伐を目標にしているのですね。実は私にはのっぴきならない事情がありまして、分をわきまえない望みだとわかっているのですが、魔王を倒したいと思っているのです。森を飛び出し冒険者となったのもそのためです。それに冒険者をするにあたって同じ志を持った者と冒険をしたいと前々から考えていました。共に魔王を倒しましょう、エイト!」
彼女は青みがかった瞳に力を感じさせながら言い放った。
自らの希望に同調する者と出会えたことによる喜びが声色からも感じ取れた。
「ああ!改めてよろしく!」
エイトもセフィアの勢いに呼応するように熱を込めて言葉を返す。
エイトに初めての仲間が出来た。
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