第2話 スタートライン
「エイト!そいつが最後だ!気合を入れろ!」
エイトを励ます声が彼の耳に届く。
日の光を遮る雲一つない晴天の下、エイトは最後の目標に全神経を集中させ、渾身の力を両腕に込め果敢に挑んだ。
炎天下での活動はエイトの体力を奪い、彼の意識は朦朧とし疲労困憊となっていた。
体は泥だらけに汚れ、汗を吸い込んだ衣服が肌にぴたりと纏わりついている。
眉目秀麗とまでは言えないが、目鼻がはっきりとした彼の顔と日本人的な黒髪が汗でぐしょぐしょになる。
それらがより一層都会で生まれ育ったエイトに不快感を与え、余計な神経と体力をすり減らした。
(くっ……!なんてパワーだ!もう腕がちぎれそうだ……。だが、諦めるわけにはいかない!二人が俺を待っているんだ!)
「うおおおおおお!」
額に汗をにじませながらエイトは最後の力を振り絞り、そいつを引き抜いた。
エイトの手には肥えた土を周りに宿した一メートルを超えた立派な野菜がぶら下がっていた。
「お疲れエイト!今日の作業はもう終わりだ。上がっていいぞ。俺は一度家に戻るからな」
「二人ともうちに帰ってご飯にしましょう!」
エイトを雇うこの畑の地主夫婦の叫ぶ声がした。
畑のふかふかとした土に腰を下ろし、雲一つない空を疲労により半ば放心状態になりながら仰いだ。
エイトがこの世界に転生してから二週間が経過していた。
その間に彼は魔王討伐どころか、冒険のぼの字もない暮らしをしていた。
意気揚々と転生したが、彼は未だに何もしていなかった。
◇◇◇◇◇◇
「やっと最低限の装備と当面の生活費が用意できた……」
エイトの姿は二週間前の上下ジャージという生前の世界ですら浮いていた身なりとは違いこの世界に馴染んだ服装に変わっていた。
外衣の上には皮鎧を装着し、腰には剣をぶら下げていた。
それらは新調したのが目に見えており、周囲を歩く人々がエイトに好奇の視線を向ける。
それがまだ着慣れていない装備も相まってエイトに羞恥の念を搔き立てた。
「こんなことなら別の道とかを調べておくべきだったな……」
エイトは二週間前に初めてこの世界に降り立った大通りを今一度歩きながら、どこへも還らぬ不満をこぼした。
(ていうか、あの『管理者』とかいうのも転生させてくれるのはありがたいけど、もう少し資金面とかのサポートをしてくれよ……)
二週間前に彼がこの地に転生され、真っ先に直面した困難は当然のことながら衣食住であった。
ポケットに入っていた千円札はこの世界では使用することが出来なかった。
露店で買い物をしている客などの手を見てみると銀貨や銅貨といった貨幣が主流となっているようであった。
途方に暮れたエイトだったが、立ち並ぶ露店と露店の間に掲示板が張られているのを何度か目にした。
見てみると内容は魔王軍との戦況や貴族のスキャンダル、他種族感の小競り合いといったニュースのようなものが主であったが、いくつか求人の貼り紙のようなものを目にした。
そこでエイトは畑の収穫を手伝う者を募集する貼り紙を見つけ、経歴不問と書かれていたので生活費と冒険に必要な装備を手に入れるための資金を工面しようと、今に至るまでの二週間畑仕事をしていた。
(武器屋のドワーフの親父が安くしてくれたおかげで手元にまだそれなりの額が残っているな。俺を雇ってくれた農家の夫婦も親切で助かった)
エイトが働いていた畑は今いる城郭都市の外側にあり、初老の夫婦が畑の土地を所有していた。
夫婦は彼に対して懇意に接してくれて給与とは別に寝床だけでなく食事も提供してくれた。
周りから見たら素性もわからない怪しい人間であることをエイトは自覚していたため、この夫婦の彼に対する扱いは、大変驚かされた。
この二週間を振り返るうちに彼は目的地に辿り着き、足を止めた。
「ここが冒険者ギルド。俺の物語の出発点!」
ギルドの建物は他の建物よりも大きく造りも頑強に見え、エイトがこの世界に来てから目にした建造物の中では最も存在感があるように思えた。
立ち止まっていても仕方がないと思い、エイトは意を決して入口の扉を開けた。
「おお……!」
建物内は広く、立派な柱が二階まで支えており、冒険者たちが利用すると思われる食堂らしきスペースも設備されていた。
そして何より、彼を刺激したのはその場にいる冒険者たちであった。
(エルフ!ドワーフ!あれは何だ?蜥蜴人(リザードマン)か?杖とか持っているのは魔術師だよな。ゲームとかアニメで見た世界に本当にいるんだな、俺!)
冒険者たちは三々五々に集っている者たちもいれば一人でいる者もいて、皆それぞれの冒険譚があり、それを表すかのようにギルド内は活気に溢れていた。
自分が異世界にいることを改めて実感し、幼い子供のように忙しなく顔を動かし周りを観察した。
「あそこが受け付けかな?」
ギルド奥にカウンターがあることを認めたエイトは足早に向かった。
「あの、冒険者になりたいのですが……」
「はい、冒険者へのご登録ですね」
髪をきれいに編んだ妙齢の受付嬢が柔和な笑みを浮かべながらエイトの対応をした。
「読み書きは出来ますか?」
「はい、出来ます」
「では、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」
(この世界の言語は明らかに日本語とは異なる文字言語だけど、母国語みたいに自然と違和感なく使えるんだよな。自動で俺の知っている言語に変換されるというか。『管理者』の計らいなのかね)
必要事項と言っても記入しなければならないことは名前、年齢ぐらいで後は冒険者における職業や過去の経歴、出身地などの欄も存在していたが自由記入欄となっていた。
異世界転生をしたエイトにとっては詳細な情報を記入する必要がないことは大変ありがたいことであった。
彼は書けることがほとんどないので、結局年齢と名前だけを記入して受付嬢に提出をした。
「ありがとうございます。では次に、冒険者についての説明をさせていただきますね」
受付嬢は整った歯を覗かせながら笑顔を絶やさずに説明し始めた。
彼女の説明は主に以下のようなものであった。
冒険者というのは階級があり、下からF級、E級、D級、C級、B級、A級、S級となっていること。
そして階級は実績に応じて昇級されていき、その階級は社会的信用度に繋がっていること。
一方で冒険者ギルドの社会的信頼の安定のために行われる措置として、不正や狼藉を働いた場合ギルドからの永久追放処分が下されること。
ギルドが発行するクエスト以外の個人的なクエストを受ける際にはトラブル防止のため、事前に報酬内容を依頼主と取り決め、当事者間の合意を示す証書を作成すること。
昨今の魔王軍との戦いにより、依頼内容によっては戦線に駆り出され半ば傭兵のような役割を求められることがあること、などであった。
そして、この説明と共に受付嬢はエイトに冒険者カードという証明書のような役割を働くものをエイトに手渡した。
そこには名前と共に彼がF級冒険者であることを示す印鑑が押されていた。
「以上が冒険者についての説明になります。何かご不明な点等はございますか?」
「特にないです。ありがとうございます」
「それでは、後はエイト様の思うように冒険をなさって下さい。活躍を期待しております」
受付嬢は慇懃な態度を保ったまま、その場を離れてゆくエイトを見送った。
冒険者カードを受け取ったエイトはギルド内の壁際にある長椅子に座り、俯きながらカードを眺めた。
(ああいう実際的な説明をされると、弱るな。引きこもりだった俺に魔王を倒すことなんかできるのか?)
自らが歩んできた境遇を振り返り自信という空気が抜けていくのをエイトは感じた。
その時彼の目の前に人影が見えた。
「あの……」
おずおずとした調子で声をかけられ、エイトは顔上げた。
そこには可憐な少女が一人立っていた。
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