第1話 未知との出会い
エイトは夢から覚めたように、ゆっくりと視界と意識が
「俺はまだ生きているのか?……いや、ここは……」
エイトはおもむろに辺りを見渡す。
何もなかった。
真っ白な地面と真っ白な背景に支配された空間にただ一人ぽつねんと立っていた。
その空間はどこまでも続いているようにも見えるし、数歩進んだ先がこの空間の終着点であるようにも見えた。
「まさかここは天国か?となるとやはり俺は死んだのか?」
エイトは自分の身に巻き起こった先程の体験を振り返る。
「コンビニの前の信号で青になるのを待っていたら、誰かに押されて道路に押し出された。直後にトラックが俺に向かって突っ込んできた」
彼は改めて辺りを見渡す。
「うん、確実に死んでいるな。」
エイトは自分の死を自覚し始めた一方で、元より気の小さいはずの自分がこの状況に全く動じずにいることに気付いた。
死んだことによって本来生物に備わっている生きるために作用するはずのあらゆる神経が活動を停止したからか、この無味乾燥とした空間に一人残されていることに対して一抹の恐怖や緊張を覚えなかった。
「誰もいないし何もないとなると俺は一体どうしたらいいんだ?」
誰に聞かせるでもなく独り言をつぶやいていると、どこからかともなく声が聞こえた。
「遠月栄人よ」
「誰だ!?」
聞こえてくる声は無機質でありながらも、心に直接訴えかけてくるような重厚さと深遠な調子を宿しており、そこから何か尋常ならざるものを彼は直感的に感じとった。
エイトは耳に入ってきた声に反応して周囲に目を配るが、相変わらず自分以外には何も認識できない。
「私は『管理者』。この世に点在するあらゆる世界を管理する者」
声の主は自らを『管理者』と名乗った。
「神様か何かですか?」
当然のことながらエイトには話が吞み込めず、頭に浮かんだ疑問符を『管理者』と名乗る者にそのまま投げかける。
「万物を超越している点で広義に解釈をすれば、お前たちから見たらそうとも捉えられるかもしれない。しかしお前たちが日々願い、期待しているようなものではない。私はあくまで中立。この世に無数に存在する世界には基本的には干渉しないのだ」
「基本的に?」
エイトは言葉尻を捕らえ、ざっくばらんに尋ねる。
「そうだ。だが例外的に私が干渉しなければならない時がある。そして、その時が来たのだ。とある世界で今、理から外れ世界を
「なるほど」
「世界の理を外れたものには、同じくその世界の理から外れたものによって打ち砕く。別の世界の住人を転生させ送り込むのだ」
「それってつまり、俺が転生して、その悪者を倒して世界初の転生勇者になれるってこと!?」
「そうなることを期待している。だが一つ訂正するとすればその世界に転生する者はお前が初めてではない。既に六人送り込んだが世界の平穏は未だ訪れていない」
「いやそれ人選ミスりすぎだろ!?適当に人送り込んでない?」
「転生が出来、かつ送り込まれる世界で通用する能力を有している人間は限られている。これほどの人数を一つの世界に送り込まなければならないことは未だ嘗てなかった。それ程異常なことが起きているのだ」
「そんなに強い敵なのか」
「遠月栄人よ、お前は転生し、世界を救う者となってくれるか?転生を望むのならお前の望みを叶える物を授けて転生させよう。転生を拒否するというのならばお前の魂は別の場所に連れていかれることとなる。断っておくがそこはお前たちが焦がれるような、享楽を満たしてくれる楽園のような場所ではなく、何もないところだがな。好きな方を選ぶがよい」
エイトの胸中の意思は既に固まっていた。一連の話を聞く中で彼は終焉したと思われた自分の人生が新たに切り開かれる可能性があることに期待と興奮を募らせていた。
「転生させてくれ!世界を救ってみせるよ!」
「よかろう、では転生させよう。その前にお前が倒さなければならない敵の名前を伝える」
「俺が倒さなければならない敵……」
「その敵の名はカイリ。魔王カイリだ。奴は尋常な者であった。が、力を手にしたことで自らの
「魔王カイリ……」
その名を聞いてエイトは体に染み込ませるように、慎重に小さくつぶやく。
(俺はそいつを倒さなければならないわけか。異世界!なんかワクワクしてきた!)
彼の思考を見透かすように『管理者』は次の言葉を間を開けずに述べる。
「お前の進むべき道は決まったな。早速転生させよう」
『管理者』がそう告げた次に瞬間に、恍惚とした光がスポットライトのようにエイトを照らし出した。
彼の体の周りは光り輝く星屑のような神秘的な光の
「遠月栄人よ、武運を祈るぞ」
その言葉と共に光の強さは増し、エイトは反射的に右手で顔に運び、目を覆うようにして光を遮った。
そして、一瞬の強烈な閃光とともにエイトの姿はその場から消え去ったのである。
◇◇◇◇
気が付くとエイトは先程いた生物の吐息を感じない寂しげな空間と打って変わって、人々が行き交う現実世界にいた。
否、現実世界と言うには言葉に
というのもそこにいる者たちはエイトが過ごしてきた世界の人間とは異なる姿、形、風采を呈していたからだ。
長身でいて
「ほんとに異世界に来ちまった……」
エイトは始めて感じる空気に戸惑いながらも、その顔は興奮の色がにじんでいた。
意図せず鼓動は早くなり、気がそぞろになってくる。
一度気持ちを落ち着かせるために、恋焦がれていた異世界の空気を目一杯吸込んだ後に吐き出し、深呼吸をする。
改めて周囲に目を移すとエイトを挟むように左右に露点が石畳の上に立ち並び、それが直線状に伸びている。
露店の奥には人が数人並んで歩ける石畳の道が、並ぶ露店に並行して続いており、それに面するように石造りの家屋のようなものが立ち並んでいた。
「うーん、ざっと見た感じ都市の大通りってとこかな?」
エイトは手を顎にあてがい、考え込むような仕草をしながらつぶやいた。
その時、自分の右手に違和感を覚えた。
見てみるとそこには控えめでありながらも金色に輝く指輪が人差し指にはめられていた。
「指輪?こんなもの死ぬ前に身に着けてなかったぞ」
自分の身に着けているものを今一度確かめてみると生前着ていた上下黒のジャージ。それにポケットには無造作に入れられた千円札と家の鍵のみであった。
(死ぬ前に身に着けていたものと変わらないな……)
エイトは通りに行き交う人々や露店を好奇の目で眺めて歩きながら、『管理者』との会話に記憶を遡る。
「そういえば、あの『管理者』とかいうのが俺の望みを叶えるものを授けるとか何とか言っていたな。てことはこれはこの世界で無双できるチートアイテムか何かか!?」
エイトは指輪を見つめながらこれからの自分に巻き起こるであろう壮大な冒険に思いを馳せ、自分が今まで体験したことのないような高揚感に包まれているのを感じた。
「今から始まるんだ!俺の冒険譚が!そして今度こそみんなが俺を求める、どんな困難にも立ち向かう、そんな勇者のような人間になるんだ!」
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