七人目の転生勇者

春先夏人

第一章 初めての世界

プロローグ

 遠月栄人は切に願っていた。


 自分の人生が栄転することを願っていた。


 彼は今年で十六歳の誕生日を迎える。地元の高校に入学して一年が経過していた。

 多くのこの年頃の学生は快活さに溢れた心と体を思う存分に使い青春を謳歌する一方で、エイトは学校にすら行かない引きこもりとなっていた。


 しかし、引きこもりとなった原因に特別な深い意味はなかった。

 何となしに一日休んだのがきっかけで、一日が二日、二日が三日と増えていくうちに登校しないことが習慣となり、その結果今や親も呆れる立派な引きこもりとなったのである。


 エイトは夜食を買いにコンビニへ向かうために深夜の街をのろのろと歩く。


 (本当は俺だって胸を張って生きていきたいし、誰かに必要とされる人間になりたいと思っているんだけどな……)


 だがエイトはこう願っていながらも何も行動ができなかった。引きこもりの日々は彼の元から少ししか備わっていない自発性を奪い去り、自堕落な性質だけを煎じて固めてしまったのである。

 今となっては登校はおろかこうしてコンビニに足を運ぶことすら億劫になっており、なるべく人と会わないようにするために、外出する際は人通りの少ない深夜に出かけることが習慣となっている。


 (大人たちはまだ若いからって言うけどさ……。なんかもう、何をやってもダメな気がしてしょうがないんだよな)



 エイトは彼自身では名状しがたい漠然とした悩みに囚われ、身動きが取れなくなっていた。

 若くしてすでに人生に彷徨ほうこうしている自分を唾棄すべきものとして忌み嫌っている一方で、心のどこかではこの先どうにでもなるだろうという自分の人生を楽観視する考えが、無意識にちらつく。


 (何の努力もしてない俺が言うのは虫のいい話なのは分かっている。けど、何かチャンスが欲しい!自分の人生を変えてくれるきっかけさえあれば俺は……)


 エイトは毎日、この他人が聞けば妄言であるとしか受け取ることのできないセリフを頭の中で反芻していた。

 もちろんチャンスが来たことなど一度もないし、彼の思うチャンスというものが来ても、それをチャンスだと気づけずに取り逃がしてしまうのではという懸念が、彼自身の頭の中にはあった。


 様々なことを思案しているうちにエイトはコンビニの目の前の信号まで辿り着き、その場に立ち止まる。


 頭上で暗闇をぼんやりと赤く照らす信号機の下でエイトは小さくため息をつく。


 その次の瞬間にどん、という鈍い音とともに背中に押し出されるような衝撃を感じた。


 「ぅえっ!?」


 情けない、のどからひねり出したうめき声と共にエイトは道路に意図せず飛び出した。

 誰かに押されたのだと思い、振り向こうとしたのだが自分が強烈な光に照らされていることに気づく。


 光の主を突き止めるべくすぐさま顔を横に動かすと、大型トラックが猛然と接近する様子が彼の目に入った。


(ぶつかる!?)


 エイトは何とか回避しようと足を動かそうとするが、トラックはそんな猶予を与えずに無慈悲に彼を跳ね飛ばす。

 トラックは運転手が避けようとしてハンドルを横に切っていたのか、歩道に植えてある街路樹にぶつかって静止した。


 エイトの体はその場から数メートル程飛ばされ、道路の真ん中でうつぶせになっていた。

 体のどこかが出血をしているためか所々身につけているジャージと肌との間にぬくもりを感じる。


 (頭が……ぐらぐらする……。けど、痛みはないな……。体が動かねえけど……。轢かれたんだよな、俺?)


 エイトの意識は朦朧としていて、意識は痛みよりも混濁の中にいた。


 (やばい、視界が霞んでくる。死ぬのか……?それとあのトラックの運転手は無事だっただろうか?)


 トラックに目をやろうとするがどうにも力が入らず、顔がわずかに痙攣するだけであった。


 (トラックの運転手には申し訳ないな。……せめて死ぬ時ぐらい人に迷惑をかけずに死にたかったな)


 消えかける意識の中エイトは自分の人生を嘆いた。歩んできた十六年間を振り返っても人に語れるような思い出というものが一つもなかった。

 後悔と未練だけが頭の中でどこにも到達せずに飛び交った。


(人が俺のことを必要としてくれる存在に、俺が人を助けることが出来る英雄のような存在になれたらなあ……)


 彼の衷心ちゅうしんから浮き出た願いは、星座も映さない都会の闇夜に吸い込まれてゆく。 


 ややあってからエイトは静かに息を引き取った。

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