決意の冬、春の別れ、それから遭遇

 冬も半ばを過ぎた頃には、暖炉の前でルイと過ごすのが双子の少女の日常になっていた。


 ルイは熊とは思えないほど穏やかで博識で、彼女たちがおねだりすれば様々なことを語った。西の国々のこと、或いは神秘に包まれた東の国のこと、星々の伝説から各地方で伝承される小さな御伽噺まで、まんべんなく。

 話してみれば少女たちと大差ない年齢のような気がするのにあまりにも知っていることに差があるので、一度「どうしてルイはそんなに色んなことを知っているの?」と尋ねると、「熊は皆強いから色んな所に旅をして話を聞くことくらい訳ないんだ」と冗談めかして言うので、なにそれ、と三人揃って笑いあった。


 ルイの語り以外では、簡単なゲームなんかをして過ごした。村で流行ったと聞いたすごろくに、毛糸を使った手遊びなど。特に駒を使った陣取り合戦は母親のエマがなかなか強く、ルイを唸らせるほど。シュシュもアルテもふたりの戦いを見てあれこれ戦術を練ったり、教えてもらったりした。


 暇なときには、双子はなんとなくルイに寄りかかって、毛をふかふかしたり、柔らかくたるんだ毛皮を引っ張ったり、彼に色んないたずらを仕掛けて遊んだ。始めはだいたいなすがままになってるルイも、あんまり長いこといじられると一声吠えて怒るフリをするので、双子はきゃっきゃと逃げ回る。笑い声の絶えない日々が続いた。


 そんな中、シュシュはルイが時々ふと遠い目で物思いにふけっていることに気が付いた。

 ルイも考え事をするんだな、と最初は流していたものの、春が近付けば近付くほど遠い目をしていることが多くなっていくので、シュシュはふたりきりのときに思い切って尋ねてみた。

「ルイ、なにか悩み事があるの?」

 不意を突かれたルイはきょとんとして、ややあってから「いや、何も?」と笑う。けれど、いくらはぐらかしても、シュシュはじっとまっすぐに見つめてくるので、とうとう耐えかねたのか、諦めたのか、ルイはため息をついた。

「君たちを見ていると自分のきょうだいについて考えてしまうんだ」

「きょうだい? 初めて聞いた。ルイにもきょうだいが居るの?」

 シュシュはルイの隣にちょこんと座って、話の続きを待つ。

「ああ」

 ルイは思わずといった調子で、先程とは違う疲れたようなため息をついた。無意識に眉間にしわが寄っていたのだろう。シュシュが優しく額を撫でたので、こそばゆさに彼は苦笑した。

「……俺はきょうだいとあまり仲良くないんだ。生まれたときからずっとそうだったから、気にしたこともなかったし、そのままでいいと思っていた」

 だけど、とルイは虚空に視線を彷徨わせながら続ける。

「君たちを見ていると、まるで正反対で……羨ましくなってしまった。或いは、俺にもきょうだいと仲良くできた道があるのだろうか、と考えてしまう。手遅れかもしれないのに」

 現に今までもきょうだいから目を逸らして逃げている、と、小さく呟いた。

 落ち込んでいる彼を、シュシュは「そっか」と慰めるように撫でる。

「難しいよね。他人でも難しいのに、血を分けたきょうだいなら近いぶん、尚更」

「……」

 冬に見たシュシュとアルテを思い返す。とても仲の良い彼女たちでもお互いに話せないことがある、というのはルイも分かっていた。

「ルイはきょうだいに家を追い出されたの?」

「……いや」

「じゃあ、ってこと?」

「いえで……」

 縁遠いのか、言いなれない感じで言ったシュシュの言葉を、ルイも同じように繰り返す。

「そう……なるな。うん。家出中だ」

 生まれて初めて家出をした、と、ハッと気が付いたように頷く。自分の状況がわかると、急に視界が開けたようにルイには感じられた。傍から見ていても分かったのだろう、シュシュは面白そうに笑った。

「ふふ、羨ましい。わたしは家出とかしたことないもの」

「ぬぅ……」

 彼女の体のことを知っているルイは言葉に詰まって呻る。その様子に更にくすくすと笑い、シュシュは続けた。

「家出したなら、きっとまだ間に合うよ」

 え、と顔を上げたルイに、シュシュはとても綺麗で優しい笑顔を向けた。

「帰って話し合ってみたら、案外わかりあえるかも。やってみないとわかんないよ」

 全然根拠は無いんだけど、と笑う彼女を見てるうちに感化され、ルイも「はは」と力が抜けたように笑った。

「そうだな。やってみなければわからないよな」

 ありがとう、と、ルイはシュシュの額に鼻づらを寄せる。温かい息遣いにシュシュはくすぐったそうに笑った。

「春になったら、きょうだいのところに帰ってみるよ」

「うん。ルイが居なくなるのは寂しいけど、その方がいいもん」

 上手くいくといいね、と言うシュシュをしばらく眺めた後、ルイは少し言いにくそうに頬をかいた。

「その、また来てもいいか? きょうだいと上手く行かなかったら、いや、上手く行っても」

 途端にシュシュの顔がパアッと明るくなった。

「もちろん! いつでも大歓迎だよぉ! わたしもお母さんも、アルテも!」

 屈託ないシュシュの笑顔を眩しそうに見て、ルイは必ずまた来ようと胸に誓った。


 それから間もなく、雪解けと共に春が訪れ、ルイは感謝と共にシュシュたちの家を後にするのだった。


 ***

 

「ね、お姉ちゃん、何か聞こえない?」

 春、外で焚き木集めにせいを出していたシュシュが不意に顔を上げたかと思えば、そう言ったのでアルテも同じように手を止めて耳を澄ませた。確かに何やら喚くような声が聞こえる。

「誰か居るのかな。ちょっと見てくる」

「あ、ちょっと、ひとりじゃ危ないわよ」

 とことこと何の警戒心も無く行こうとするシュシュの手を引き、そのまま繋いでアルテは声のする方を一緒に覗いた。

 古びた大きな木が倒れている。その近くで何やら白っぽいものが暴れていた。

 更に近付いてよく見ると、は白くて長い髭をした老人のような見た目をしている。けれど、とても背が低く、シュシュやアルテの半分くらいしかないように見えた。


「ど、小人ドワーフ……?」


 うわさ話にしか聞いたことがないものの、確かにそれは小人としか言いようがなかったので、ふたりは顔を見合わせる。ルイといい御伽噺にしか聞かないような存在とまた会うなんて、と言葉は無くてもお互いの顔に書いてあるのがわかった。


「おい! おい! そこの馬鹿共!」


 呆気に取られているうちに、ふたりに気が付いた小人が怒鳴りつける。

「ば、馬鹿共……」

「何をボーっと突っ立ってるんだ! さっさと儂を助けないか!」

 困惑するふたりに、小人は更に暴れながら怒鳴った。よく見れば、小人の髭は倒木の割れ目に引っかかっているようだった。ふたりがなかなか動かないので、小人は更に口汚く罵りながら暴れ回っている。

「ど、どうしよう、お姉ちゃん……?」

「ま、まあ、このまま放っておくのもなんていうか、寝覚めが悪いし……」

 ひそひそと言葉を交わすと、ふたりは意を決して小人に近付くと、ひとまず揃って髭を掴んで引っ張ってみる。

「いたたたた! もっと丁寧に扱えこの間抜け共!」

「うーん、ダメ」

「思ったよりしっかり絡んでるね……」

「当たり前だ! 簡単に外れたらお前らのような小娘の力なんぞ借りなくてもとっくに取れてるに決まっとるだろう! そんなこともわからないのか!?」

 更にヒートマップして暴れ回る小人に辟易して、アルテとシュシュは再び顔を寄せあった。

「うう、このまま放っておきたい……」

「気持ちはわかるよ、お姉ちゃん……ええと、とりあえず誰か呼んできて助けてもらう、とか」

「愚か者め!」

 ふたりの会話を遮り、小人は喚き散らす。

「ふたりも居て何にもできないのか! 情けない奴らめ! どうせ頭の中が空っぽなんだろう!」

「はぁ!? それが仮にも助けてもらおうとしてるヒトの態度!?」

「お、お姉ちゃん、落ち着いて!」

 あまりに罵倒を続ける小人に、アルテの堪忍袋の緒が限界を迎えようとしていたのを察したシュシュは、慌てて何かないかとパタパタ服を叩く。エプロンのポケットに硬い感触があったので取り出してみると、木の実を採るときに使った鋏が出てきたので、シュシュはこれだ!と思った。

「ちょっと待っててね、小人さん」

 と言うと、シュシュはさっと鋏を使って小人の髭を切った。急に解放された小人が勢い余ってどたーんと倒れたので、シュシュは心配そうに駆け寄って手を差し伸べ

「触るな!」

 ばしんと打ち払われた。

「ちょっと!」

 アルテが慌てて怪我がないかと確かめている間に、小人は近くに置いていた金でいっぱいの袋を担ぐ。

「儂の自慢の髭を切り落とすなど、野蛮な小娘め! この代償は高くつくからな! 覚えておけ!」

 一通り罵倒すると、小人はあっという間に走ってどこかへ行ってしまった。

「なんだったの……?」

 走り去る小人を見送りながら、ふたりはしばらく呆気に取られてしまうのだった。

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