第3話
「なんで……」
目の前にいる化け物を前に、身体は硬直する。
その化け物は四足の足を器用に使いながら、体育館内に侵入してきた。
体がまだ完成しきっていないのか、胴体は固形を保てず、液状で体液がぽたぽたと床を汚している。
そしてアグレによって吹き飛ばされた扉は、打撃による圧力でへこんでおり、打撃が当たったであろう真ん中の辺りは黒ずんでいた。
胴体が不定形の化け物は、体育館を汚すようにゆっくりと体育館内に歩みを進める。
「いやあああああああああああああ!」
一人の女子生徒の悲鳴により、止まった時間が動き出す。
「なんでこんなところにアグレが出るんだ!」
「校内のエトワールを至急体育館に集合させろ!」
「ハンドスターが効きません! タイプGの使用許可を!」
「生徒の安全を最優先に! 重火器の使用は許可できない!」
「あの方との連絡はまだか!」
「私が時間を稼ぎます。その間に
一目散に出口に向かう者。あまりの恐怖にすくんでしまう者。混乱を防ぐために指示を出す先生。そして、出てきた化け物を討伐するために立ち向かう先生もいる。
だが生徒の大半はその場から動かない。
いや、動けないと言った方が適切だろう。
教職員の一人が避難誘導を試みるが、パニック状態となっている以上、その指示は機能しない。
その上、アグレと対峙した3名の教員のうち2名は吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。
ダメージが大きいのか横たわったまま動かない。
「……」
残った眼鏡の先生はたった一人で攻撃をしのいではいるが、防戦一方だ。
「……参ったね。化け物退治の勉強しに来たのにもう実戦だなんて」
右隣に座っていた岸川が座っていたパイプ椅子を畳み、右手に構える。
「愛果ちゃん……」
彩月も僅かながら、怯えており、制服の左裾を掴んでいた。
……なんとかしなきゃ。
岸川の真似をして座っていたパイプ椅子を折りたたみ、右手に構える。
距離は20メートルもない。
近づいてきたら、パイプ椅子を叩きつける。
自衛の手段でしかないが、今できることはこれくらいしか思いつかない。
「……できるかどうかじゃない。やらなきゃいけなんだ」
一回、二回と深呼吸をする。早くなった心臓の鼓動を落ち着かせ、呼吸を整える。
一瞬だけ目をつむり、目を見開いてアグレに向かって強い一歩を踏み出したその瞬間――。
体育館の壁が煙を上げた。
瓦礫となった壁が大きな音を立てて崩れ落ちる。
直後、煙の中から一筋の光がアグレに向かって飛んでいく。
流星。その言葉でしか表現できないほどに一瞬の出来事だった。
光の軌道が消えたころには、化け物が消えていた。
いや、消えたんじゃない。体育館のガラス張りの窓に大きな穴が空いている。
窓ガラスが割れたことに気付いた直後には何かがぶつかったような轟音が外からなり響く。
その様子を追いかけるように外に出ると、目の前に大きなクレーターが生まれていた。
クレーターは直径10メートルほどの大きさで、その中心にはアグレらしき残骸と、一人の少女が佇んでいた。
「あちゃー思ったより壊しちゃったなー……今のうちに言い訳考えとかなきゃ」
一人の少女がまだ消えない砂塵の中でぶつぶつと呟いている。
「あのー、大丈夫ですか?」
絶対無事なんだろうけど一応、安否確認のため声をかけてみる。
「もしかして新入生? ごめんね怖い思いさせちゃって」
手に持った光る剣を振り回して、舞っていた砂塵を払う。
煙の中からは、自分たちとあまり背丈の変わらない少女がいた。
体型こそ学生ではあるが、服装はレディーススーツで履いている靴がヒールであることからおそらく教職員だと思われる。
しかし、他の教職員と違うのが、背中に展開されている大きな翼だ。
彼女の体格の二倍はある大きな翼は、薄紅で太陽の光を反射し、様々な色を映し出す。
「もう大丈夫だよ」
左手を差し出し彼女は笑う。
「先生が助けに来たから!」
小さな先生が偉大な英雄であることは、入学式後すぐ知ることとなる。
リファーネ・フィーネ 未河 @mikawa729
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