第2話
私の名前は日崎愛果!
となりで息を切らして下を向いているのは親友の彩月汐里ちゃん!
「ぜぇ……ぜぇ……愛果ちゃん……ぎゅうに……走らなくてもいいじゃん……」
「だって今日入学式だよ? テンションも最高潮で走りたくなっちゃうじゃん!」
汐里の目の前で日崎は踊り出す。
春の日差しに照らされて踊る彼女を前に、汐里は呼吸を整えて、。
「ま、まだ……入学式の時間まで……1時間以上あるんだよ……?」
汐里が駅前の電光掲示板を指差す。朝のニュースと共に、7:30という数字が左上に表示されている。
そして学校にはどれだけゆっくり歩いても、15分もかからない。
つまり、この状況から導き出される答えは、
「走る意味……ないね!」
「ほんとだよ愛果ちゃん……走る意味ないよ……」
「……確かに! でも、風は気持ちよかったよ!」
「私はそんな楽しむ余裕なかったよ……」
立ち止まって話していたからか、汐里の呼吸がだいぶ落ち着いてきた。
「じゃあ汐里ちゃんも一息つけたしまた学校まで競争しよっか!」
「歩きで行こうよ!」
冗談冗談と、笑いながら汐里と共に再び学校へと歩みを進めていく。
早朝ということもあって駅前は多くの人でにぎわい、学生やスーツを着た大人たちが忙しなくしている。
もちろん、日崎たちと同じ制服を着た女子学生もちらほらと見かける。
「あの子たちも、私たちと同じ学校なのかな?」
「制服の色が同じだから、もしかしたら同じクラスの生徒かもね」
スクールバッグを手に持っていないことを除けば、身長的に同じ学年だろう。
入学式から忘れ物なんてついていないだろうなと思いながら、視界を再び彩月の前に戻す。
「愛果ちゃんどうしたの? もしかして新しく出たお店でも気になるの?」
「ううん、なんでもない! 早くいこ!」
ふと気になって後ろをもう一度振り返るが、その学生はいなかった。
気のせいだったのかなと思い、日崎は学校へ向かった。
時刻は8時前。集合時間までまだ40分以上もあるのに、校内には自分たちと同じような女子生徒たちで溢れかえっていた。
特に昇降口前にはどでかい掲示板が置かれており、そこに人が集中している。
「この人の量じゃ確認できるのも時間がかかりそうだね……」
汐里ちゃんの言う通り、人混みに割って入る隙間すらないほどの人口密度だ。
せっかく早く来たのになと、心の中で落胆をしていると、
「通してくれる? 自分のクラスを確認するのにそこまで時間がいると思えないんだけど」
放たれた一言により浮ついた空気が一瞬だけ凍り付き、すぐにざわつきが起き始める。
たった一言で場を完全に制圧した彼女。つかつかと掲示板の前まで歩みを進めてくる。
金髪のツインテールに青い瞳、少しサイズが合っていない制服を纏った小さい彼女の容姿はまるで人形のようだった。
「時間が勿体ないわ、確認したら早く退いてくれる?」
見た目に反して、言葉遣いには棘がある。可愛らしく小さな唇からは想像できないような冷たい言葉が飛び出してくる。
「なんというか……感じ悪いね」
「あれじゃ友達も出来なさそうだからあとで話しかけてみようかな」
「私は怖くて話しかけられないよ」
汐里がひそひそと話してきたので思ったことを話すと苦笑しながら返された。
何故そこまで強い言葉を使うのか気になっただけなのに汐里は気にならないかとそっちの方が疑問に思うレベルだ。
そしてつかつかと歩いていた少女は掲示板へと開かれた道を歩き、自分のクラスを確認するために上を向き、5秒も経たないうちに掲示板から離れていく。
「「あの子……背伸びしてたな……」」
二人とも同じことを思ったが、そんなこと言える雰囲気ではなかったので顔だけ合わせた後感想は心の中にしまった。
まだ少しだけ残っているピリついた空気を崩すように、一人の女子生徒が声を上げる。
「みなさーん! クラス分けしてる掲示板を写真撮ったから連絡先交換してくれたら写真送るよー!」
スマホを掲げ、大きく振る女子生徒に、掲示板前に群がっていた生徒たちが群がり始める。
「はいはーい、送るから押さないでねー! それとその写真知り合いとかに回しちゃっていいからねー」
慣れた手つきで、色々な人と連絡先を交換していく流れに乗って、日崎と彩月も連絡先を交換しに行く。
「私にも写真送ってくれない?」
「いいよー! 名前は……日崎さんね、確か私と同じクラスだったかな」
「え! そうなの? そしたらこれからよろしくね!」
「よろしくー私の名前は
「そしたら私も愛果でいいよ! それと隣にいるのは汐里ちゃんね! 私の幼馴染だよ!」
「彩月汐里です、よろしくね岸川さん」
「汐里ちゃんも陽菜って呼んでいいからねー。そうそう汐里ちゃんも同じクラスだから」
「え! そうなの! 中学でも同じクラスだね愛果ちゃん!」
違うクラスだったらどうしようかと思っていたが、どうやら同じクラスになれたので一安心だ。
「この学校はクラス替えないらしいし、三年間よろしくねー」
「うん、よろしくね陽菜ちゃん!」
「それじゃ私は、クラス表渡すついでに他の人たちとも連絡先交換してくるから先教室に向かっといて―」
中学校で初めてできた友達をおいて、日崎と彩月は一足先に教室へ向かうことにした。
自分たちの教室である『1-A』と書かれた表札の扉を開けると、ぽつぽつと、間隔を開けて生徒たちが座っていた。
初めての中学校で緊張しているのか、肩が上がっている生徒もいれば、退屈そうに頬杖をついている生徒や知り合いなのか話し合っている生徒もいる。
その中で一際存在感を放っているのは、
「「……」」
先ほど、場の空気を凍らせたツインテールの少女だった。
ツインテールの少女は相変わらず機嫌が悪そうにしている。
「汐里ちゃん入学式まで時間あるし話しかけたら仲良くなれるかな?」
「今だけは話しかけない方がいいと思う、あそこまで機嫌悪い人私見たことないよ」
彩月の話を聞いてそれも一理あるなと思い、話しかけるのは入学式が終わった後にすることにした。
しばらくすると入学式の案内が始まり、体育館に集合するよう指示が放送でされる。
それから入学式が始まったのだが、はっきり言って何の話をしていたかは覚えていない。
校長先生らしき偉い人が壇上に立った数分後には、意識は空を飛びまわっていた。
隣で彩月が揺らしていたり、何か言っているように見えたが今の日崎に届くはずもなかった。
入学式が始まってからどれくらいの時間が経っただろうか。
流れてくる脳内の非現実的な内容、言葉では言い表せないふわふわした感覚。
しかしそんな寝ぼけた状態は、体育館を包んだ衝撃によって現実へと引き戻される。
「んっ……何? 地震?」
「寝ぼけてる場合じゃないよ! あそこを見て!」
慌てた様子の汐里の言葉通り、指差した方向に目を向けると、
体育館の前の扉が破壊されており、そこから日差しが差していた。
……そんなことはどうでもいい。それよりも日差しに当てられて伸びている影の持ち主を見て言葉を失う。
四足歩行で、不定形の身体。そして触手のようなものをうねうねと宙に泳がせている怪物がそこにはいた。
その怪物を知らない者はいない。世界が変わった現況であり、未だ世界の三分の一を支配している人類の敵。
「……アグレだ」
人類の敵を目の当たりにして、緊張が走った。
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