06話 二度目の人生

 は?・・・なんでスカフさんが・・・間に合わなかった? 嘘だろ・・・

 飲み込みたくないその状況は、あまりに残酷で悲惨だった。


「彼女、骨があって手こずったので、君に逃げられたかと思ったのですが。まさか戻ってくるとは、今日は賭けをしてみるのもいいかもしれませんねえ。ンフフフ」


 スカフさんから爪が引き抜かれ、体がぼとりと落ちる。

 人形のように動かないそれは、よっぽど現実的で、屈折した光から目が逃げようとする。


「はあっ・・・はっ・・・は?」


 泣きたいのか怒りたいのか。はっきり分からない感情が胸の内を埋め尽くす。

 どうして? 何が? 誰が? どうなった?

 何を言いたいのか、意味のない単語ばかり浮かんでくる。これも一種の現実逃避なのだろうか。

 瓦礫と炎の中にマウロスの影がくっきり見える。


「その人から・・・離れろ!」


 咆哮とともにマウロスに突撃する。

 神授の槍を召喚し斬りかかる。

 後方に飛びマウロスはその突撃を回避する。


「おお! 神授武器ですか! もうちょっとかかるかと思ってたのですが。早かったですね。ンフフフ」


 人を小ばかにしたような笑いに心底腹が立つ。

 俺の希望が、俺の英雄が、目の前で切り捨てられた。

 何にもない俺に手を差し伸べてくれたあの人が。

 スカフさんのもとに走り必死に肩をゆする。


「スカフさん! 起きてください! 動いて・・・」


 力の入らないソレはまさにただの器のようだった。

 この世界に来てから一瞬の出来事だった。

 一瞬ではあったが、そのほんの一瞬が俺の人生を変えるきっかけになりえた。

 あの人の手が、視線が、何よりも暖かかった。


「彼女の何にそんな感銘を受けたのか知りませんけど。彼女は赤い魔人ですよ? 殺されても仕方ないのでは?」


奴のふざけた言動に、涙線が急ブレーキをかける。


「どういうことだそれ!」


「ご存じないのでしたら、教えて差し上げましょう。・・・この大陸の中央では、領土の取り合いで、たくさんの戦争が起こってきました。しかしある大戦争を境に、そこでの争いはなくなりました。その戦争には彼女の姿もあり、幾数千の兵士の命を奪ったことで浴びた返り血、それと半分人間・半分魔物の魔人と呼ばれる特殊体質から、赤い魔人と呼ばれるようになったのです」


「魔物だからってなんだ! それに人を殺したって、そんなのただ戦争の兵器にされてただけじゃないか! ほかの人間だって命の奪い合いをしてたんだろ!」


「ンフフフ。それが、そうでもないかもしれないんです。彼女には戦争終結後も自主的に人殺しを繰り返していたという噂があります」


「噂? そんなただの噂程度で殺したって言うのか!? お前は!」


「たかが噂、されど噂。恨みを持つものは大勢います。怖いですねえ人間というのは。ンフフフ」


「ふざけんなよ!!!」


 激高した感情を抑えられなくなり、槍を召喚し一歩踏み出す。

 しかしその一歩は予想外のものに阻まれる。


「スカフさんの・・・マント?」


 彼女と初めて会った時、着用していたマントだ。

 マントの効果だろうか、何故か心が落ち着いていく。

 それと同時に、ばてきった体力も回復するのを感じる。


「そうだ、落ち着け相手のペースに乗るな!」


 深呼吸をし、乱れた感覚を集中させる。

 俺は決めたんだ。スカフさんが示してくれたこの道を進むことを。

 やりたいことをやれ! そうと決めたら答えはひとつ!


「来ないんですか? あんなに怒っていたのに」


 スカフさん。俺に力を貸してください。

 マントを拾い上げ羽織る。

 もう心は乱さない。ただ、アイツへの怒りも忘れはしない。

 

「俺は魔人の弟子だ! お前の顔面! へこましてやるよ!」


 構えて走る。さっきと同じ! リーチを生かせ!


「威勢がいいですねえ。正直者は嫌いじゃないですよ」


 一発、二発、確実に斬りこんでいく。

 手を緩めるな! 腕がへし折れても隙をさらすな!


「彼女の気持ちは考えたんですか? 君は高らかに弟子を名乗ってましたが、彼女はそれを容認していたんですか?」


「確かにokもらってねえよ! でも生憎俺は自分勝手な自己中野郎なんでな! 好きに名乗らせてもらう!」


「彼女が本当に冷徹な人殺しだったとしても。それでも本当に弟子なんか名乗るんですか?」


「当たり前だ馬鹿野郎! それと人を攻撃するときは、ブーメラン投げねえほうがいいぞ!」


 今更こんな程度の低い煽りには乗らない! ネットサーフィン直伝の煽り耐性なめんなよ!


「そのカスみたいな煽りやめて、一生屈伸でもしてろ! 脳無し野郎!」


 ブースターを乗せた一撃をかます。

 その拍子にマウロスは後方へ下がる。


「少し勘違いしているようですね。私は君を傷つけたくないのですが。致し方ありませんね。」


 突如周囲に広がる圧。

 冷や汗が流れる。オーラから伝わる格の違い。

 本能的に防御態勢をとってしまう。

 重い衝撃が槍全体に広がる。その衝撃に体ごと投げ飛ばされる。


「グッ!! ゲホッ! ゴホッ!」

 

 全く見えなかった。

 首がつながっているのが不思議なほどの力!

 また来る!? もう一発・・・来る!


「ゴヴェ!!」


 わざと殺していないのがはっきりとわかる。

 どうにかしないと。でもどうにかするって具体的には?

 とにかくガードを・・・ガード?

 殺されないなら・・・やってみるか? 

 どちらにせよジリ貧。なら! 

 賭けてやるよ! お前に! 人生をかけたギャンブルだ!

 相手の攻撃に合わせ武器を捨てる。


「なっ!? 武器を!?」


 奴の爪が右肩に深く突き刺さる。


「いってええ!!!! があ! ハァ、捕まえた!」


 突き刺された右腕で、がっちりとマウロスの左腕を掴む。


「信じてたぞお前のこと! 絶対致命傷は避けるってなあ!」


「右腕を犠牲に!? なぜそこまで!」


「人生変えるのに命一個で事足りるんだよ! 右腕くらい土産にやるよ!」


 地中から体に何かが流れ込む。

 体内でそれが何かと混ざり合う。

 混ざり合ったのは


「炎魔法!? いつの間にそんな事を!!!」


「ご都合主義てやつだよ、お面野郎!!」


 炎を纏った左腕を顔面目掛けて殴りぬける!

 左腕が地面に到達し火柱が立つ。


「は!? どうなって」


 そこにマウロスの姿はない。


「まさかこの土壇場で、炎魔法を使うとは。さすがの私も神力を使わざる負えませんでしたよ。ンフフフ」


「当たってねえなら、もういっぱ・・・つ」


 足に力が入らない。それどころか体が全く動かない。


「無理をしすぎましたねえ。ンフフフ」


「あ・・・ああっ くそっ うご・・・けえ」


 全力で力を籠めるがピクリともしない。


「君をレアものとしか見ていませんでしたが。戦力としても少しは期待できそうですね」


「ふざけ・・・ん、な」


「今回はここらでお開きとしましょう。君にはやってもらいたいことが山ほどあるんです。頑張ってくださいね。ンフフフ」


 そう言うとマウロスは消滅するかのごとく消えていった。


「まて・・・くそ、やろう」


 逃げられた。一撃も食らわせられずに。

 俺は、間に合わないだけじゃなく。一矢報いることも出来ないのか。

 すみません。スカフさん。やりたいこと、できなかったよ。

 枯れ果てた体からは涙の一滴も出やしない。


「ごめん・・・なさい」


「無理しすぎはよくないよ」


「へ?・・・」


 体を壁に沿うように起こされる。

 そこにいたのは紛れもない、スカフさんだった。


「なん、で・・・いきて」


「あいつらには、死んでいると思わせたくてね。本当にすまなかった」


 治癒魔法をかけている。幻覚じゃない。

 よかった・・・本当に良かった・・・。


「君の勇姿は見させてもらった。何回介入しようと思ったことか」


「スカフ、さんが、無事でよかった。俺はそれで、いっぱいですよ」


 治療を終えたのかスカフさんが立ち上がる。


「さて、話は聞いたと思うが。私は魔人だ。それもかなり忌み嫌われているほうのね。それでも君は私の弟子になりたいのか?」


 愚問だ。とっくのとうに腹は決まっている。


「そんなことで弟子一号は降りませんよ」


「・・・そうか」


 スカフさんは安心したような表情をしている。


「もしかして今までにも弟子っていたりしました?」


「いや、君が初の弟子だね」


「てことは!」


「ああ、君は今日から私の、


 スカフさんの伸ばした手を取る。


「はい! よろしくお願いします! 師匠!」


 長いようで短かったな。こんなに目を煌めかせたのは、小学生以来だろうか。

 今日が俺の、二度目の人生の原点だ!


「いてててて・・・腰が~」


 こうして俺は、とあるいわくつきの魔人の弟子となった。


















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