03話 やりたい選択

 はあ、異世界に来て真っ先に起こることがこれかよ。

 異世界ってやつも想像してたほどよくないらしい。

 怖えし、痛いし、チート能力もない、ないないずくしじゃねえか。

 これじゃあ日本でいた時と大して変わんねえじゃん。いや、むしろ悪化してる。

 無造作に放置された意識の中そんなことを考える。

 あの人かっこよかったなあ、俺もあんな風になれたらな。

 そんな一時の静寂も終わりを迎え、意識が体に釣り上げられる。


「今までのが嫌な夢だったらいいんだけど」


 やはり定番の見知らぬ天井。病院ではないみたいだが、自分の部屋でもない。

 対して期待はしていなかったが、現実を突きつけられると来るものがある。

 しょうもない夢を捨てしぶしぶ体を起こす。


「お、やっと起きたか」


 誰だこの人? アシンメトリーで長く緑色の髪。身長は160cmと少しといったところだろうか、女性だ。その表情からはクールなイメージが見て取れる。

 また誘拐か? 異世界に誘拐されて、また異世界でも誘拐されるって誘拐の2連コンボじゃねえか。どんだけ誘拐すれば気が済むんだよ。


「あの、ここどこですか? それとあなた誰ですか?」


「混乱する気持ちもわかるが、質問はひとつずつだ」


 包帯やらを整理しながらこちらに耳を傾けてくる。

 包帯と言えば、そう思い自分の頭を触る。予想通り頭には包帯が巻かれていた。

 元々痛くなかったから気付かなかったが、あの血の量で頭や足が痛くないはずない。

 もう完治したのか、それとも鎮痛剤か。


「これあなたがやってくれたんですか?」


「もちろん。君を助けたのは誰だと思っているんだ?」


 もしかして、この人があの時助けてくれたぼろきれの・・・俺の英雄か。

 だとしたら誘拐犯扱いしたのは本当に申し訳ない。心の中で平謝りだけはしておこう。


「そうだったんですね、ありがとうございます。あの、質問ばっかで申し訳ないんですけど、あの時俺の足が凍ったのって・・・」


「あれかい? あれはもちろん私だよ」


「なんでそんなことするんですか!」


 思わずツッコムが、こんなほぼボケみたいな返答されたら、誰だってツッコムだろう。


「出血を止めるための応急処置だ、きっちり治しておいたから何も問題はないはずだよ」


「治しておいたって、そんな魔法みたいな・・・」


 魔法? ここは異世界だから魔法ぐらいあっても不自然じゃない・・・のか?


「もしかしてほんとに魔法だったりします?」


「そうだよ、何か不都合でもあるの?」


 ほんとにあったー! 定番中の定番! それも治癒魔法ってやつか! てなると炎魔法だとか、水魔法だとかもあるって事か! ちょっとワクワクしてきた。


「? なんでもいいけどまだもう少し安静にしてた方がいいよ、傷は治ってるけどめ    まいくらいは、するかもしれない」


「分かりました。そういえば俺ってどれくらい寝てたんですか?」


「たしか・・・3日と数時間ってところだね」


「うえ!? そんなに寝てたんですか」


 3日って、体臭くないよな? くそ! 自分じゃわかんねえ。

 体中を嗅ぐ。人前だというのに、恥ずかしい。


「少なくとも、私はわからないから大丈夫だよ」


「ほ、ほんとですか?」


「ほんとだよ。それと次はこっちから質問するけど、君はどこの人だ? みない格好をしているが」


 う、答えずらい質問が来た。正直に話しても信じてもらえるわけないし、ここはよくあるアレで。


「ひ、東にある島国から来ました、はい・・・」


 難しい顔をし、こちらを疑っているようだ。嘘は言ってない、この世界じゃないけど。


「あ! 逆にあなたの・・・え~と、すいませんお名前なんですか」


「名乗るときはまず自分からだよ」


「そう、ですよね!すみません。えっと、俺は真霜静稀です」


「私は【スカフ】だ」


 苗字はなし? ここじゃそれが一般的なのかも。


「えっと、じゃあスカフさんのご出身は?」


「出身か・・・ここからそう遠くない村だよ」


 無難な返答だ。こちらを警戒してのことだろうか? いや、考えすぎはよそう。悪い癖だ。


「まあ、これだけ話せるなら問題無いだろう。紹介状は机に置いてあるから、好きな時に出るといい」


「ありがとうございます」


 紹介状。すっかり忘れていた。これを持っていけばニート暮らし再開だ。

 あの変な奴らからも多分国が守ってくれるだろ。

 

・・・・・・・・・


 はあ。自分の情けなさにため息が出る。 

 スカフさんは体を張って、俺の命を守ってくれた。一方俺はどうだ。異世界に来てまでやることは、元と変わらないニート生活。

 自分の身すら国に守ってもらって、生活金すら出してもらおうとしてる。

 でも、しょうがないじゃないか。働いたことも、生きるためのノウハウも、戦いのスキルだって、何もない。 

 

「どうしろって言うんだよ」


 小声で泣き言を放つ。

 そうだよ、怖いんだよ何もかも。怖くて何が悪い。

 痛いのも嫌だし、辛いのも嫌だ。何もかもほっぽってまた逃げ出したい。

 

「私は、楽しく生きられる道を選ぶべきだと思うよ」


 先ほどの小言が聞こえていたのか、それとも何かを感じ取ったのか彼女はそう語る。

 楽しく生きる道・・・ニート生活だって十分楽しい。やれることだってたくさんあるし、辛い思いもしなくていい。


「君の考えていることは、君のやりたいことなのか?」


「ニートなんてやりたくてやってるわけじゃない!あっ・・・すいません・・・」


 ベッドから立ち上がり少し感情が漏れる。

 誰だってそうだ。やりたくてニートやってる奴なんか、いてたまるか。

 彼女にはなんだか、心を見透かされている気分になる。 


「いいんだ。私もそれなりに長く生きている。だからこそ思うんだ、人生に妥協なんかしちゃいけないって」


 妥協。俺が嫌いな言葉だ。なのに今までずっと妥協し続けてる。

 やるなら狙うは100点。初志貫徹が俺のモットーなのに。


「私は君じゃない。だから今まで何があったか、何を考えてきたかわからないけど。私の人生経験から言うと君は、『頑張りすぎる人』じゃないのか?」


 頑張りすぎる? 俺はそんな立派な人間じゃない。なんなら、今まで頑張らずになまけ切った結果がこれじゃないか。

 ニート生活を送った結果。異世界に飛ばされ、今もなおニート生活に戻ろうとしてるクズだ。


「一度やると決めたら最後までやらないと満足しない。中途半端であきらめる自分を許してあげられない。将来のことを考えすぎてしまって、途中であきらめられない人生に疲れたんじゃないか?」


「そんなことない! 俺はあきらめたんだ! 人生もどうでもよくなって! 全部なかったことにして逃げてるだけなんだ!・・・」


「本当にどうでもいい人は、あんな全力で助けを呼んだりしないよ」


「っ!・・・」


「君は今足踏みしているだけだ。一歩踏み出すちょっとの勇気と覚悟が足りてないだけだろう」


「あなたが、俺の何を知ってるんですか・・・」


「じゃあ今まで言ったことは的外れだったのか?」


 それは・・・・・・・・・はあ、落ち着こう。スカフさんの言ってることは、実際そうなんだろう。

 俺には勇気と覚悟が足りない。付け加えるなら自信もだ。

 ただどうやったらそれが湧くのかも分からない。


「私は君の背中を押すよ。必要なら手も貸そう。人生の先輩として、当たり前のことだ」


「なんでそこまで・・・」


「私がただ、そうしたいからだ」


 ・・・そうか、そうなんだな。この人はただやりたいことをやってるだけだ。

 俺にはできない、やりたいこと。

 あふれる涙を拭き、こらえる。


「スカフさん、お願いがあります。俺には勇気も覚悟も自信も無い。だから手を貸してください」


 床に膝をつき正座する。


「もちろんいいよ」


 もう後戻りはできない。今までみたいなのは通じない。人生を変えられるかもしれないチャンスだ。後悔はしない。

 俺には足りてないものが多すぎる。生き抜く力も、知恵も、何もかも。だから。


「俺をあなたの弟子にしてください」


その瞬間、轟音とともに天井が崩落する。

 










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