02話 幻覚の英雄

全身黒装束で顔には布を着けている。それこそ協会にいた人の衣装を黒くした感じだ。

 片方は弓を持ち、片方はナイフ程の丈の武器を持っている。敵意むき出しで今にも襲い掛からんばかりだ。

 そいつらに気づきこちらも臨戦態勢をとる。素人なりにそれっぽい構えをしつつ、最大限の抵抗の意思を見せる。


「お前さっき協会にいただろ? 随分とカミサマとやらに気に入られてるみたいじゃねえか」


 どうやら神のことを嫌っているらしい、さしずめカミサマガチアンチといったところだろうか。向けられた切っ先にちびりながらも、難を逃れるため平静を装う。


「たs、確かにいたけど、俺にな、何の用だ」


 強気に話しかけるがどれもが虚勢、武器持ち相手に素人が勝てるはずもない。

 声は上ずり震え、まともに喋れてすらいない。手足も震えバイブレーション人間状態、心臓も必死に血液を送り出す。


「俺たちその神様が嫌いでよ、それに気に入られてるお前みたいなやつも嫌いなんだわ」


 完全に臨戦態勢だ。なんとか話し合いで解決できないものか。

 相手の殺意のこもった目は、一刻の猶予もないことを示している。


「なんで俺がその神様に気に入られてると思ったんだ?」


 脳内コンピューターのCPUを、120%引き出してひねり出した切り口だ。これで何とか逃げ道を模索できるといいが。


「会話聞いてたんだよ、レアものなんだろ? お前」


 退路を断たれる音がした。勘違いでもなければ憶測でもない。

 こいつらが会話を聞いていたということは、できる言い訳もないし和解の道もない。少なくとも今は思いつかない。

 となると、とれる選択は限られてくる。

 やり方は分からないが成功する可能性に賭けて、やられる前にやる作戦だ。


「お前らは完全に敵ってことだな?じゃあ見せてやるよ俺の神授武器」


 啖呵を切り・足を広げ・手を前に構え・心の中で強く念じる。

 神様今だけ強い力をください、じゃないと俺死んじゃうんです! 今回だけでいいですから! 一生のお願いです。


「!?」


 ・・・・



 青々と広がる空には静寂がこだまする。う~ん今日もいい天気だ。

 願いもむなしく手の内には何もない、すっからかんだ。相手二人も大いに警戒していたが、その警戒も徒労に終わったということだ。

 ここまで来たらやれることはあと一つ。


「逃げろー!」


「あ! おい待てこら!」


 踵を返し全力疾走。ある意味予想外だったのか、相手の反応もワンテンポ遅れたようだ。

 こういう時に神は役に立たない、武器を授ける絶好の機会だったというのに、この怠慢っぷりだ。


「ハァ、ハァ・・・ふざけんなよマジで! こういう時の初戦闘は、ゴブリンかスライムあたりだろうが!」


 いきなりの難易度の高さに思わず文句が出る。

 学校を占拠したテロリストを自分一人で倒す妄想は、あまりに現実的じゃなかった。武器を持った相手に向かっていくなど、命知らずもいいところだ。

 こんな小言を言っている余裕すら、なくなりそうになってくる。

 普段から体力づくりをしていなかった弊害が、こんなところで出てくるとは。

 後ろから迫る二人組には、速力とおそらく体力でも負けている。追いつかれるのも時間の問題だ。


「だれかー! ハァ、助けてくれー!!!」


 大した距離も走っていないのに息も絶え絶えで、助けを求めるのが精いっぱいだ。

 だが、ここは元々人通りの少ない小道という性質上、助けが来るのもすぐではないだろう。


 スカンッ!


「ひッ!?」


 進行方向の地面に矢が刺さる。

 まっすぐ逃げるのはまずい、とっさの判断で横道にそれる。

 更に大通りからは離れていき、救援の芽が絶たれていく。


「くそっ! ハァ、死にたくない!」


 生き物というのは不思議で、今までいつ死んでもいいと思っていたのに、いざ死に直面すると生存本能というものが働くのだ。

 生存の可能性が下がれば下がるほど、死にたくない欲求が反比例して上がっていく。


 ヒュン! 足が膝から沈むように落ちていく。


「あれ?・・・」


 ガンッ、と鈍い音を立てながら、頭が地面に振り子のように叩きつけられる。


「いって・・・え」


 ふと触れた頭からは血が流れ、足にはひざ下くらいに矢が貫通していた。


「は!? ・・・ッ!? ハァ」


 矢先からは鮮血が垂れ、軽い水面を作らんとする大粒の雫が零れている。それに頭がくらくらする。全力疾走でこけたのだから当たり前か。

 痛みはないがそれより先に恐怖が体を支配する。


「くんなよ! ・・・やめてくれ・・・」


 近寄る二人に威嚇するが、負け犬の遠吠えに効果はない。

 だがそいつらはとどめを刺さない。現実の煽り厨だろうか、まさかゲームキャラが日夜されてきたことを、我が身で体験する羽目になるとは。

 死の間際、しょうもないことを考える。


 ああ、幻覚だろうか、あいつらの後ろに人影が見える。灰色のぼろきれのようなフード付きのマントで顔を隠した幻覚。

 およそ幻覚のそれは上空から弓使いにとびかかり、後頭部に痛烈な蹴りを食らわせる。

 その一撃でおそらく気絶したのだろう、弓使いは地面に這いつくばり動かない。


「誰だお前!? ッくそ!」


 慌てた様子のもう一人は急いで武器を構えなおし、切りかかる。

 渾身の一撃と、追いの二撃は回避され武器を叩き落されている。


「なッ!? くそ! 英雄気取りか?」


 英雄か・・・。

 およそ幻覚ではなかったそれは、もう一人の頭も地面にたたきつけ気絶させる。

 座って、黙りこくって見ているだけであの二人は地に伏した。

 英雄にお礼でも言いたかったところだったが、妙なことに気が付いた。


「は? ・・・え?」


 矢が刺さっているあたりの足が凍っていたのだ。

 状況がつかめない。頭を強打したせいか意識も薄れてきている。

 薄れゆく意識の中英雄の姿を脳内フォルダに保管し、シズキの意識は深い深海へと落ちていった。

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