魔人の弟子

ポポ三太郎

序章 【新たな人生】

01話 おやすみグンナイ

「俺誘拐された?」






 ーー俺は 真霜 静稀ましも しずき 18歳だ。


 これと言って普通の高校生、いや引きこもりだ。

 髪は短髪で黒髪、丁度平均くらいの身長、体重は軽くまさにがりがり、特徴を無理に上げるとするなら覇気のない目くらいだろう。

 小学生のころから友人や家族にたびたび、死んだ魚の目と評されるほどのものだ。


 中学3年のころ何故か唐突に行きたくない、と激しく思うようになり不登校化。

 辛うじて高校にだけは入学するものの、高校にもいかず行きたくない理由もわからないまま、自堕落な生活を続け3年がたち、とうとう成人してしまった。


 そして今日、何故かどこかもわからない街の中で、おやすみグンナイ決め込んでいたというわけだ。


 起きた場所は人通りの少ない小道。ちょっと歩けば人の多い大通りに出られる。

 ちらっと覗いてみたら見たことない服に、見たことない街。とにかく知らないものばかりで街ゆく人に話しかける勇気も出ず、今はとりあえず小道に戻ってきた次第だ。


「マジで意味わかんねえ、誘拐にしても拘束もされてないし人すらいなかった」


 小道で腰を掛け俯き考えるその耳には、一つの音が聞こえてくる。


「なんだこの音、馬車か?」


 顔を上げるとこちらに向かってくる馬車が見える。

 今の時代に馬車なんか通るんだな、と思いつつ少し身を小道からはける。

 しかし予想外にもその音は俺の目の前で途絶えた。


「君見たことない格好しているがこんなところでどうしたんだい?」


 急に聞こえた母国語に一瞬耳が受け入れを拒否するも、声の方に目をやる。

 すると馬車からは、長い黒髪で細身の商人風の男が下りてきた。

 それなりに儲かっているのだろう、馬車は新品のようにきれいで服も整っている。

 よれよれのTシャツにズボンの自分との経済格差を感じつつ、一度母国語が聞こえた驚きを振り払う。


「俺もわかんないんですよねここがどこで何してるのか」


 あはは~と後頭部に手を当てはっきりと事実を言う。


「わからない? ふむ、やっぱりこの国の人じゃないのか」


 商人も少し困惑気味だ、当たり前といえば当たり前。なにしろ見知らぬ格好をした異邦人が自分の状況すら把握していないのだ、無理もない。


「じゃあとりあえず教会に行ってみたらどうかな、誘拐にしろ遭難にしろ助けは必要だろう」


「教会?すいませんそれってどこにあるんですかね?」


 恐らく常識であろうことだから少し気は引けるがしかたない。なにせ、ほんとに何も知らないのだから。


「そうかうっかりしていた、あそこに見えるのがわかるかい?あれが教会だ」


 商人が指さす方向には、一見シンプルなつくりの教会が見える。


「あれか、なるほど・・・あっ、あとひとつだけ、ここってなんて名前の街ですか?」


 つくづく聞いてしまって申し訳ないが重要なことだ。人と会話するうえで街の名前すら知らないのは、いかがなものかと思う。


「この街かい? ここは王都ルドベキアだ」


 ふ~む、全く知らない。やっぱりここは日本じゃないのか? でも日本語は通じるし、何か気持ち悪い感じだな。


「質問はこのくらいでいいかい?ちょっと急ぎの用事があってね」


 じゃあこんな道端の変な奴に話しかけるなよ・・・こっちからしたらありがたいけど。


「あ、はいありがとうございます、大丈夫です」


「本当は送ってあげたいところなんだけどね、すまない僕は急ぐからこれで、後のことは教会でよろしく頼む」


 教会まで送って行ってくれないのかよ、と思いつつ馬車で走り去る商人を見送った。


「情報が多すぎる、教会に行く前にまずは情報整理だ」


 まず、ここの街並みは石造りが基本、中世ヨーロッパって感じだな。道も馬車が走れるくらいには舗装されている見知らぬ街並みだ。

 いや、ある意味ファンタジー物でよく見知った街並みかもしれない。

 しかも明らかに日本じゃないのに日本語が通じる。そして商人の風貌と時代に見合わない馬車、極めつけに王都とまで来た。

 ここまでの情報から求まる答えはひと~つ!


「異世界転移ってやつだ」


 自分で言ってても意味が分からないが、そう考えないと不自然なレベルだ。

 夢にまで見た異世界転移、テンションの一つでも上げたいところだがそうもいかない。

 正直生き残れる自信が全くない、技術が発達した現代で生ぬるい生活を送っていた引きこもりに、持ち物も知識もなく一人で生きていけというのは無理な話だ。


「もし俺をここに連れてきたやつがいるなら、とんでもないバカなんだろうな」


 いるかもわからないソイツに、責任を擦り付け現実逃避を図る。

 しかし現実は現実、時間は待ってはくれない。ここで頭を抱えていては明日食べるものすらないかもしれない。

 脳が否定する現実に、少しずつ冷静になっていく。膝を叩き体に活を入れる。


「とりあえず教会いくか、悩むのも命あってこそだ」


 幸いにも、今はまだわかりやすい目標がある。軽い覚悟を決め歩を進める。



 さて、突然だがここで問題だ。ほぼ外に出ない引きこもり、さらに言うとネッ友すらまともに作れない小心者が、異世界で一人で教会に行くとなるとどうなるだろうか。

 正解は、下を向きながら腕を組み教会前を往復する不審者ウォーキングが始まるのである。

 先ほどの覚悟はどこへやら、中々の情けなさだ。


 何分、何十分経っただろうか、流石に不審者を放置するわけにはいかないのか教会から一人の男が出てきた。


「先ほどからうろうろしていらっしゃいますが、何か御用でしょうか」


 全身白装束で顔にも白い布を着けている。怪しい俺が言うのもなんだが怪しい宗教団体風だ。


「べ、別に怪しいものではないんですよ、教会に用があるだけで」


 取り乱しながらも、真実を伝える。


「そうですか・・・とりあえず中へ」


 男は疑いの目を向けつつも中へ通してくれた。

 教会の外装はかなりシンプルだったが、内装もシンプルなつくりだ。椅子が立ち並び正面には大きなステンドグラスが鎮座している。

 適当な椅子に座るよう案内され、席に着く。


「それで用件というのは、やはり鑑定でしょうか」


 鑑定? お宝鑑定でもやってるのか、教会ですることじゃないけど。

 趣味でお宝鑑定をやってる可能性もあるか。


「えっと、違います、実は俺誘拐? されたみたいで、ここがどこだかわからないんですよ」


「誘拐・・・少々お待ちください、神父を呼んできますので」


 そういうと男は奥の部屋へ行き、神父を呼びに行った。

 神父が来るや否や取り押さえられたりしないといいが。

 怪しさだけで言えば、ここ最近で来た人の中で一番だろう。


「君が誘拐されたという子かな?」


 白髪に神父服を身にまとった優しそうな人、おそらく神父であろうその人が目の前には立っている。

 もう一人の方は、どうやら奥で何かしているようだ。


「そうなんです、自分自身誘拐されたのかも、ここがどこなのかもわかってない状況なんです」


「かなり複雑な状況のようだね、でも安心しなさい、今国に保護してもらえるように紹介状を書いているところだから」


 その言葉にひとまずは安心する。なんとか生きていくための最低限は、どうにかなりそうだ。 

 ただ、まだ落ち着ける状況にいないのも事実、それに軽い疑問が一つ。


「割とあっさりですけど、身元の確認とか必要じゃないんですか?」


「君はいま身元を証明できるものを、持っていなさそうだからね、それにその服がこの国のものではない確たる証拠だ」


 自分の服に目をやる、確かにこの世界ではTシャツなんて着ている人間はいなかった。あの商人もそうだったし場違い感が半端ない、自分でも浮いているのを感じる。


「本来であれば身分証明が必要なんだけどね、状況も状況だから今回は私の判断で紹介状を出すことにした」


 優しく微笑む神父に、やっと緊張が解けた気がした。

 人の温かみというのは中々に素晴らしいものだと、しみじみ痛感する。


「ありがとうございます。・・・あ、それともう一個聞きたいことがあるんですけど、鑑定って何ですか?」


「話すと長くなるんだけどいいかな?」


 お願いします。神父の言葉にそう返すと、とある昔話を話し始めた。


「人々が魔物の脅威に恐れおののき、ひそひそと暮らしていたころの話。大した武器を持たなかった人類は、魔物になすすべなく殺される生活をしていた。そんなある日、それを見かねた神が人間に武器を授けた。一人一本しか持てなかったそれは強大な力を有し、魔物を軽々と撃退した。という伝説があるんだ」


「この武器を人々は、神授武器しんじゅぶきとなずけたんだ。その神授武器は5種あり、その人の素質にあった武器が一本、授けられる。そして我々神父は、その人がどの武器の素質があるのか、見定めるのを生業の一つとしていて、それが鑑定というわけだ」


 この世界では神から武器をもらうのがデフォルトらしい、もし誰でももらえるなら俺にもチャンスがあったりするのか?

 かなり興味津々だが仕方ない、なにせこれはロマンの話、男として多少鼻息が荒れるくらいが正常なものだ。


「自分の武器が気になるって感じの顔をしているね、何なら今見てみようか」


「いいんですか!」


 もちろん。と神父がうなずくとなにやら虫眼鏡のような道具で、俺の鑑定を始めた。

 神から授かる武器! いったいどんなのだ? やっぱりこういうのの定番は、転移者ならではのチート武器とかか?

 ウキウキしながら終わるのを待っていると、神父が少し驚いた表情を見せる。


「君は何本か使えるみたいだね、本数まではわからないがレアものだ」


 レアものキター! 普通一本のところ何本かセットになってるって、ネットショッピングみたいな渡し方してる武器だな!

 内心テンション爆上がりしていると、神父がまごまごと話し始める。


「レアものではあるんだが、あまりいいものではないんだ」


「?どういうことですか」


 有頂天だった気分は疑念に代わり不安が立ち込める。


「使える本数が増える代わりに、一本一本の力が減少するんだ、それも使える数に比例して」


「てことはもし5本何か使えた日には、かなり弱体化するんじゃ」


 何本も使えるなら多少の火力差はいいとも思ったが、仮に同じ武器で戦ったとして、確実にパワー負けするということだ。

 確かに武器にも有利不利は存在するが、複数の武器を扱えるということは、複数の武器の練習をしないといけないということ、一種類を磨けばいいというほうが確実に楽だ。


「それだけじゃなくてね、神授武器には神力という特殊能力があるんだが、これが使えないかもしれない」


「ええ・・・」


 畳み掛けられる事実に、体がうなだれるほど気分が落ち込む。

 せっかくのチャンスだったが現実はそううまくいかない、まだレアものでよかったと自分を慰めることしかできない。


「お持ちいたしました、こちら紹介状になります、大通りに出てまっすぐ進んだところに、ひときわ大きな建物がありますので、そちらでお見せください」


 うなだれるシズキに紹介状が渡される、神父はかなり申し訳なさそうな顔をしていた、何も悪くないのにそんな顔をされては、むしろこちらの気が引ける。

 紹介状ももらったことだ、このいたたまれない空気からおさらばしよう、と席を立つ。


「そういえば君名前は?」


「あ、えっと、マシモシズキです」


「そうか、シズキ君か元気でね、武器に関しては、君が無理して戦わなくていいということだ、前向きに考えなさい」


 神父のやさしさに少し元気が戻る。


「はい! ありがとうございましたお元気で」


 お辞儀をし意気揚々と教会から出る。


「そうだよな、あそこには鑑定のために行ったんじゃないし、戦うとか怖いしな、それに今から国の保護もらって、またニート生活だしな」


 楽観的に考え子気味よく目的地を目指す、ここはまだ小道で人もいない、鼻歌でも歌おうかとすら思う。

 後頭部に両手を当て空を眺める、そんな俺に近寄る影が二つ、小道をふさぐように俺の進路方向に立っている。

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