第21話

 岩屋の前で白蓮に労いの意味を込めて二人で首筋を撫でる。一声鳴いてぱしゃん、と水と共に睡蓮は地面へ消えて行く。岩屋の目くらましを解いて隠し室へ入る。薄暗い場所など奏臥には似合わない。だからせめて、隠し室を花で飾る。思い付くままに花を出し、莉蝶を遊ばせる。

「君が居るだけで幸せなのに、花までたくさんで綺麗だ」

 そう言って禄花の頬へ手を伸ばす。奏臥のかんばせが、蕾が解けるように心底幸せそうに微笑む。堪らなくなって袖を掴んで手繰り寄せ、抱きしめる。目を閉じて頬を撫で、耳朶を摘み、耳下から顎まで下りて行く指を感覚で追う。

「己れでいいのか」

「君がいいんだ」

 母は気にかけてくれはしたが、きっと禄花でなければならない理由などなかった。父は言うまでもなく禄花に興味などなかった。禄花は百年以上も生きて、今まで一度も「禄花でなければならない」と誰かに乞われたことなどなかった。

「己れはとうにお前でなければならぬし、他の誰も要らぬ」

「……そうか」

「うん」

「嬉しい」

「うん」

 袿を丁寧に几帳へ被せるようにかけた。僅かに首を傾け、両手を広げて奏臥へ甘えて見せる。

「早く抱きしめて」

「うん」

 覆い被さられ、首筋から燻る清雅な白檀を吸い込む。やはり黒子が気になるのか、唇の左下へ口づけしながら慣れた手つきで簪を抜いて冠を取る所作を見つめる。奏臥が袍を脱ぎ捨て指貫も解く間に、禄花は小袖のみにされてしまった。こんなところまで覚えが早い。感心しながら足を絡ませると単がはだける。少々性急に日に当たることのない白い内腿を奏臥の膝が割り開く。余裕のなさを隠せない白睡蓮の頬を撫でる。

「帯は解かぬのか」

「あとで」

「そうだよなぁ。昨夜からお預けだもんな。四日目には花も蝶も消えるし土鼠が呼びに来るようにしたから、それまではゆっくりしよう」

 ふふふ、と笑う声ごと唇を塞がれた。煩わし気に脱ぎ捨てられた単、帯を解かれて打ち捨てられた小袖。露わになった肌へ手を伸ばす。温もりで燻る白檀を吸い込んで肩口へ口づける。お返しとばかりに耳朶を甘噛みされてくすぐったさに身を捩る。傾けて空いた首筋をねっとりと舐め下されて覚えず甘ったるい声が転び出る。

「ん……」

 鎖骨を噛まれ、吸われ、脇へ鼻を埋められてくすくすと笑う。そんなところはくすぐったいばかりだと言おうとした瞬間、二の腕の柔らかな部分を噛まれてびくりと体が跳ねる。甘さと刺激を繰り返されると体の制御を失う。制御を失った体は簡単に弄ばれる。胸に小さく粒立つ実を舌で押し潰すように舐められ吸われ、指で摘まれじわりと腰の奥が焦れる。

「んぅ……っ」

 臍へ舌先を入れられ、足の付け根を舐められ、膝裏を掴まれて足を押し広げられる。柔らかな内腿を舐められ吸われ、噛まれてひらひら舞う木の葉みたいに翻弄される。ただ、その先に何をされるか知っている体は甘く疼いて強請れと禄花を急かす。

「奏……っ」

 声が上ずる。高雅な美貌が萌した禄花の花柱を貪る。口の中にすっかり収まったそれを、果実でも食すようにしゃぶられて腰が蕩ける。

「あっ、あっ、んぁ……っ」

 前回は何をされているのか分からないまま三日が経った。今回は何をされるのか、そうされると自分の体がどうなるのかが分かっているから期待と微かな怯えに体中が過敏になる。花柱を舐められ、伝い落ちる唾液で蕾が濡れる。濡れた蕾を指で割り開かれてひくん、と喉が鳴った。もはや腰に帯一本で纏わりつくだけの小袖が肌の上を落ちる感覚さえ快楽を拾い集めて這い上がる。

「ひ、ぁふ……」

 悲鳴のような嬌声はしかし、確実に媚びと甘さを含んで耳殻を打つ。未だ硬い蕾はそれでもその指が与える逸楽を予感して歓喜に震える。淫らな音を立てるほどに蕾の奥を濡らして無意識に腰を押しつける。

「あっ、あっ、奏……、はやく……っ」

 指では足らない。もっと奥をもっと全体を満たしてくれるものを禄花は知っている。

「私ももう、待てない」

 体を起こしてつま先へ口づけた清白なかんばせを仰ぐ。清廉な美貌とは裏腹に滾る雄蘂が、己の身をどこまで満たすかを禄花はもう、知っている。押し当てられた先芽を咥えて蕾が淫らな水音を立てる。奏臥の腰に足を絡ませ、引き寄せた。

「は、あぁん……っ」

 蕾を割り開き、臓腑を押し上げ隘路を進む質感に重怠さを覚える。けれどそれはすぐに襞を擦り奥を突き上げられる快楽へと取って代わる。

「あっ、あっ、あっ……っ」

 みっちりと奥まで満たされたまま、腰を掴まれて動けない。焦れて腰を動かそうとすると額や瞼へ唇を押し当てられる。

「じっとして。先日は余裕がなくて手荒にしてしまって、君はつらそうだった」

「や、やだ……ぁ、これ、じわじわするぅ……! はやくこすってぇ……」

「だめ」

 歯列を辿るように舌を差し込まれ、下顎を舐められ、舌を絡め取られて酸素が足りなくなって小さく息を継ぐ。顔を上げて大きく胸を上下させるとより一層、内側を満たす質量の熱と形を敏感に体が伝えて来る。

「奏、こすって」

 愛しい頑固者が静かに目を閉じて小さな頭を横へ振る。確かに前回は無理に広げられ擦られて蕾は腫れたし、内側も熱を持って半日ほど記憶がなかった。今もまだ、内側は熱を持って痛みを伝えて来る。しかしそれは痛痒いような疼きに包まれた悦楽の種だと、禄花の体はもう知っている。欲しい、欲しい、早く欲しい。

 痛みの殻を破った先に、蕩けるように甘美な快楽が息を潜めていることを知っている。逆らい難い強い快楽を知っているのに、それが得られないじれったさは拷問に近い。

「やぁ、だぁ……っ」

 身を捩っても好いところに当たらない。禄花の懇願に困った表情で奏臥は耳朶を甘噛みしたり、口づけをして上顎を舐めたりするが余計に熱を煽るだけだ。

「禄花」

 辛そうな禄花を気遣ってだろうが、筋肉の薄い胸にぷっつりと膨らんだ小さな突起を摘まれて悲鳴のような懇願が唾液と共に零れ落ちる。

「ひぃん……っ、奏、奥にちょうだい、ちょうだいってばぁ……!」

「……っ、そんなに締め付けないで……っ」

「――しらんっ! はやくしろぉっ」

「……っ!」

 泣きながら憎らしい清雅な美貌の肩へ噛みつく。痛みのためにびくりと強張った奏臥の体の動きが禄花の中にも伝わる。

「ふふ……、お前の逸物も己れの中で跳ねたぞ?」

 笑ってつま先で奏臥の太腿から腰まで撫で上げる。抱え起こされ、膝の上に跨らされて端然としたかんばせを両手で包む。

「君は、本当に意地が悪い……っ!」

「あっ、はぁ、あぁんっ」

 望み通りに突き上げられ、腰を掴まれ遠慮なく内側を擦り上げられて開放された逸楽が芽吹く。蔦のように禄花を絡め取り、あっという間に全身を覆い尽くし、淫らな大輪の花を咲かせる。だらしなく開き切った淫猥な花は心地よい疲労と共に花弁を散らして何度も何度もあちこちで花を咲かせては崩れて解けて快楽の実を結ぶ。一番奥まで突き上げながら何度もねっとりと舐めしゃぶられ、舌先で転がされた胸の実は熟れて膨らみ今にも果汁を零しそうだ。

「奏、奏、たべて? 噛んで? んぁあ……っ」

 望み通りに軽く歯を立てられて覚えず内腿を震わせる。一際大きな悦楽の花が体の中心で開いて解けるのが分かった。

「あ……、あ……っ」

 さざ波に攫われるように何度も小刻みに快楽が押し寄せる。堪えることもできず、ただただ仰け反って必死に奏臥の肩へ掴まる。身の内に拍動を感じてうっそりと微笑む。

「……っ」

 奏臥の体が僅かに力を抜き、は、と一つ息を吐くと禄花の鼻腔を薫陸がくすぐる。自分の中に薫陸の香りが広がっているのかと平たい腹部を撫でた。まだ萎えずに禄花の襞を押し広げる雄蘂へ、ゆるゆると腰を押しつけながら花弁のように白い瞼へ唇を当てる。

「足りない。もっと。な?」

「うん」

 もっともっと、奏臥の蜜が放つ薫陸の香りで禄花を満たして欲しい。それは奏臥が禄花に欲情し、満たされた証だ。

 奏臥の手に収まってしまう双丘を掴まれ、引きずり下ろすように激しく突き上げられ打ち付けられて膝の上で淫らに踊らされる。

「あ、あ、いい……っ、きもち、い……っ、んぁんっ」

 帯でかろうじてまとわりついていた小袖も既に頼りなく腕が通っているのみだ。覆い被さるように褥へ横たわらされて袖を抜く。奏臥は一糸まとわぬ姿の禄花を眺め、右足首を掴んで踵を噛む。

「んっ……」

 脹脛を噛まれ、舐められ足を広げた状態で秘所を晒され、体を起こすこともできずに清白な美貌を睨む。大きく開かされた秘所へ容赦なく腰を進められて転び出た嬌声には安堵すら滲んだ。

「は、ぁあん……っ」

 担ぐように肩へかけられた足のせいで腰が浮く。腰を掴まれ引き寄せられ突き上げられて禄花はただ、肘をついて喘ぐことしかできない。

「ひ、あ、あ、ぁひぃ……ぃん」

 肩へ担ぐように抱えていた右足首を掴まれ、左へ引っ張られて簡単にうつ伏せにひっくり返される。腰を抱え込んで引き寄せられながら、項を噛まれて唾液と共にめちゃくちゃな音吐を零す。

「いぁん……っ、あぁは、ひ、あぁ……っ」

 肩を、肩甲骨を、脇を噛まれながら揺さぶられ、褥へ淫らな吐息をばら撒いて倒れ込む。じりじりと腰を引かれ、先芽の段差で蕾の縁が捲り上がるまで抜き出された。

「あ、あ、あ、あ、……っ、――っ!」

 そこから一気に突き上げられて、喉が鳴る。何度も何度も突き上げられ、隘路を擦られ襞を広げられて蕩けてぐずぐずと体の形が崩れ出したのではないかと錯覚する。腰を抱えられ、首筋を吸われて襞を擦りながら拍動する熱に震える。悦楽の波に弛緩した体を放り出して余韻を味わっていると、腰を噛まれた。足を揃えてうつ伏せになったままの禄花へ覆い被さり、再び蕾を割り開いて味わいながら奏臥は囁いた。

「決めた」

「ん……っ、な、にを?」

「私だけがよく見ることができて、他人にも見える場所に君が私のものだと印をつけた」

「ぅん……っ、どこに?」

「秘密」

 押さえ込むように覆い被さられ、項を噛まれて好いところばかりを突き上げ擦られ記憶が飛ぶ。噎せ返るような薫陸の香りの中、まどろんでは媾い、温もりを確かめてはまどろむ。四日間もあっという間だった。

 寝乱れる、とはいえ規則正しい吐息を繰り返す奏臥の頬を撫でる。肌を重ねればふわりと上品な白檀が薫る。それでも身じろぎするとあちこちから濃い薫陸が漂ってどれほと蜜を注がれたかを思い知らされる。額と瞼、それから唇へ唇を押しつけると、健やかな吐息が途切れた。

「……禄花?」

「うん?」

「……」

「お前も髭が伸びるのだなぁ。ちくちくしてくすぐったい」

「あまり見ないで」

「どうして」

「恥ずかしい」

「ふふっ。いいぞぉ、そういうところがお前の愛いところだ」

 無言で抱きしめられる。こっくりと艶やかな蝋色の髪を撫で梳きながら額を合わせた。

「己れはちゃんと、お前の傍にいる」

「……うん」

 抱き寄せられて片手を背中へ回し、もう片方の手のひらを奏臥の胸へ当てる。

「温い」

「うん。君は寒がりだ」

「だからお前はこれからずっと、こうして己れを温めなくちゃならんぞ」

「うん」

 胸へ当てた手を握り締められ、指先へ口づけをされる。

「くすぐったい」

 ふふ、と笑うと唇の左下へも唇を押し当てられた。

「つくづくお前はそこが好きだな」

「うん。だって動いている」

「……」

 安心した表情で目を閉じた奏臥の背中へ回した手へ力を込める。しばらくそうして互いの熱を分かち合い、顔を見合わせる。

「……今度こそ、或誼殿をあまり待たせては可哀想だ」

「うん」

「だがこのままでは或誼殿に会えぬぞ。体を拭かねば。こんなあからさまな匂いをさせて会いに行けぬ」

「だって君が全部中に出せと言った」

「当たり前だろ。この先一滴残らず己れの中に出さねば許さん。全部己れのものだろ?」

「……うん」

 忍び笑いを漏らしながら、目と言わず鼻と言わず頬と言わず愛しい白睡蓮に口づけをする。考えていたことは同じだったらしい。しばらくして土鼠が湯に浸した絹布を小さな桶に持って来た。

「拭いて?」

「うん」

 体を拭かれながら、奏臥の髪を梳り頬へ口づけをして邪魔をし、交代で奏臥の体を拭いてやる。小袖を着せられ、振り向くと奏臥も既に小袖の帯を結び終わる所だった。正面から抱きつき、背中の辺りまであるまだ結い上げていない髪を手で梳く。内側から光沢を放つような呂色はまるで夜を含んで静かに流れる液体のようだ。可愛がりたかったのに、髭を剃るから、と岩屋へ逃げてしまった奏臥を追いかけたかったがそこまでしてはさすがに可哀想かと茵で待つ。戻って来た奏臥へ抱きつき、髪を撫でては摘み、摘んでは口づけて甘える。

「禄花。袴が穿けない」

「もう少しだけ」

「君も袴を穿いて」

 うっすらと笑みを刻む花弁に似た唇を啄みながら、奏臥が広げた下袴へ足を入れる。大口袴を穿いた奏臥が髪を結うのを眺めながらいつも通りの玄色の直垂を着て括袴を穿く。奏臥が烏帽子を付け、単衣を着込み指貫袴を穿いたところで気づく。

「狩衣をここへ置いておいたのか」

 一体いつから。何を思って。ここに一人で泊まったこともあるのだろうか。考えを巡らせる。

「うん」

「ここでいつか着替えると思って?」

「……っ、別に、深い意味は……っ」

「ふふふ。何だ、ここでまた己れと好いことをすると思ったからじゃないのか」

「君はっ」

「うん?」

「花のように美しいのに意地が悪い」

「あっはっは」

 狩衣の蜻蛉を止めながら、すっかり身支度の整った奏臥の首へ手を回して清廉な美貌を仰ぐ。

「意地の悪い己れは嫌いか」

 問いかけると若苗色の虹彩をまん丸にし、それから表情を解いて緩める。

「どんな君でも好きだ」

「そうか」

「うん」

 手を引かれ、茵へ座らされ、いつも通りに髪を高く結い上げられる。項に口づけされていつだか、吐息を吹きかけられたことを思い出した。

「さて、行こうか。或誼殿の胃が痛まぬうちに」

「うん」

 香鵬を呼び出そうと上げた手を緩く握り締められ、そのまま禄花の手ごと腰を抱えられ背中を奏臥の胸へ預ける。奏臥が無言で呼び出した香鵬は、二人を背へ乗せた状態で形を取る。やはりこういう繊細な扱いは奏臥の方が得意なのだろう。

 以斉の屋敷へ降り立ち、庭の睡蓮を眺めていた或誼の元へ歩み寄る。

「待たせたな、或誼殿。しかしお主のことだ、大体の顛末は知っておろう?」

「本当に花仙殿はお人が悪い。何度も帝から文を頂いてわたくしは何やらこの辺りがしくしく痛み始めております」

 胸の下辺りを押さえた或誼はいつも通りの笑みをうっすらと浮かべている。ふと足元を見ると折れた笏がいくつか落ちていた。

「んんっ、うん、すまぬな或誼殿」

 ちらりと禄花の腰へ手を回したままの奏臥へ視線をやるが、気にした様子もなく或誼へ顔を向けている。帝の文などどうせ形ばかりの謝罪だろう。或誼も内容を話す素振りはないから、さして重要なことなど書かれていなかったということだ。

「奏臥」

「はい」

 真っ直ぐに、自分より少し背の高い弟を見つめて或誼が呼ばう。身長と、身に纏う雰囲気以外は合わせ鏡のようにそっくりな二人が向き合う。春風に揺れる湖面。厳しい冬の寒さに凍てつく湖。よく似ているが異なる美貌の兄弟。

「わたくしは寂しい。何もできぬ兄であったが、誰よりもお前を慈しんで来たつもりだよ。だからね、旅立つその日まではどうか、今しばらくわたくしの元に居てほしい。吾毘は遠いよ、奏臥。わたくしは……」

 ぽろり、と春凪の美貌は大粒の涙を零した。癖のように張り付いた笑みは消えている。

「わたくしはお前という弟がいて幸せだった。けれどわたくしではお前を幸せにしてやれなかったことが、とても悲しい」

「兄上……」

 奏臥は或誼の手を取り、懐から手拭いを出して兄の涙を拭う。

「兄上、私は十分幸せでした。大切にしていただいたのに何も返せず心苦しいのは私の方です」

「睡天」

「兄上が吾毘へは来られずとも、私が兄上に会いに参ります」

「ああ……睡天。約束だよ?」

 首を僅かに傾け、奏臥は或誼の涙を拭う。その仕草はきっと、幼い頃に或誼が奏臥の涙を拭った様にそっくりなのだろう。禄花はそっと庭を出て以斉家の門をくぐり通りへ出た。

「花仙殿!」

「おう、奏誼。お使いか」

「はい。花仙殿は何ゆえ外に?」

「うん? 兄弟水入らずを邪魔するのは無粋だろ」

「父上と叔父上ですか?」

「ああ。ちょっとその辺をぶらついて来る」

 頭の後ろで両手を組んで奏誼へ背を向ける。後ろから小さく「あっ」と声がした。

「何だ?」

「いえ……あの……」

「気になるではないか。言ってみろ」

 ひとしきりもじもじと指やら手を組み替え、禄花より背が高いというのに上目遣いで何度も禄花の首の辺りへ視線を寄越す。

「己れの項に何かあるのか」

「はい……あの……噛まれた後と……うっすら光る白睡蓮が……」

「……」

 自分だけがよく見ることができて、他人にも見える場所に印をつけた、と言っていたがなるほど項か。背中から抱きしめるたびに一番よく見える。髪を高く結えば他人にも見える。

「奏の奴、なかなか意味深な場所に……ふふっ」

「やはり叔父上が……」

「どちらも、な。お返しに己れも奏の項に己れの印を刻んでやらねばなぁ」

 にやりと笑うと、奏誼は自分の顔を両手で覆って真っ赤になった。初心なのは家系か遺伝か。

「あ、か、花仙殿、どちらへ行かれるのですか」

「半時ほどで戻って来る」

 赤くなって両手で顔を覆った奏誼を残して通りを歩く。

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