第17話 賽

「明蓮丸。父上には私は今日は帰らないと伝えなさい。芍薬の花に会ったから、と言えば分かる」

「え……あの、叔父上」

「いいから。頼んだ」

「……はい」

 奏臥が多くは語らぬことを知っているのだろう。明蓮丸は何度も振り返りながら、二人から離れて行く。

「あれは或誼殿のお子か。もう幼名で呼ぶ年でもなかろう」

「元服して今は奏誼そうぎと言う」

「或誼殿とお前から一文字ずつ、か」

「うん。明蓮がどうしてもと」

「そういえば一度見かけた時もお前に懐いていたものな」

 どこで見かけたのか、と続くかと顔を上げると、凍てつく湖面に映った月が如く烈々とした美貌は目を伏している。そうだ。この男は元来無口な質だった。

「……」

 目の前で押し黙る男へ視線を向ける。目が合うと奏臥は唇を噛んで顔を逸らした。

「とにかくお前も己れも里じゃ目立つ。塒へ行くぞ。這蛇……は目立つな。木鹿で行こう。己れと同じものを出せるだろ。あれはそういう呪いだ」

 呪い、という言葉に奏臥は顔を上げた。花鈿かでんのように眉間に貼り付く小さな赤い種へと手を伸ばす。その手を掴まれて強く振り払う。それから慌てて袖越しに奏臥の手を掴んで手のひらを眺めた。

「阿呆! 爛れて腐り落ちると言っただろ! ……あれ……何ともない……」

「……君と同じになったから。さっき君がそう言ったじゃないか」

 そういうことか。禄花と同じに毒を餌にする植物で体が構成されているから、触れても毒に中らない。即座に分解されているのか。色々調べたいことはあるが、とりあえず木鹿を出して背に乗る。

「来い」

 振り返ると無言で奏臥が禄花の後ろへ跨るところだった。

「いやいやいやいや、お前も出せるだろ。木鹿がかわいそうじゃんお前みたいな筋肉達磨と己れを一緒に乗せるとか」

「……」

 奏臥が無表情無言で木鹿の背へ手を置く。すると骨格がみっしりと詰まって、強化された感覚があった。

「うそ、木鹿そんなことできるの?」

「行こう」

「えっ、ちょっ」

「行くぞ、木鹿」

「ちょっ、主は己れだぞ? 何故奏臥の言うことを聞くんだ木鹿! おい、奏臥!」

「黙って」

 落ちないようにか後ろから抱え込まれる。背中が温い。耳元に吐息がかかる。そのくせ奏臥は始終無言で、首を捻って顔を見れば目を閉じている。

 もう迷子にはならぬのか。

 禄花と同じになったということは、尋ねれば植物たちが行きたい先を教えてくれるからもう、迷子にはならぬということだ。もう、禄花が手を引いてやる必要はない。少しだけ寂しい気がした。

 居心地の悪い時間は半時ほど。すぐに見慣れた杉の木と切り立った崖が見えて来る。入口は禄花に反応してしか開かない目くらましがかけてある。はずだった。

「杉の君」

 奏臥が大木の幹へそっと触れ、挨拶をして岩へ触れる。当たり前のように目くらましが解けて岩屋への入口が開く。

「待て待てさっきの木鹿といい目くらましといい、つまり情報が並列化されているから己れの施した術が奏も『己れ』だと認識しているということか。色々おもしろいがおもしろくないな」

 何にせよ興味深いことではある。ぶつぶつと呟き思考を巡らせながら岩屋を抜ける。奏臥に手を取られて隠し室へ入る。隠し室の入口も何の抵抗もなく奏臥に反応して開く。

「……お前、まさかこの十年の間ここへ来ていたのか」

「うん」

「……己れのねぐらだぞ。主人の不在に荒らすな」

「……」

 無視かよ。この数十年で少しは図太くなったのか。ずかずかと先を歩き、部屋の中心で首を巡らせる。見慣れた閑散とした部屋は綺麗に整えられていた。

「……掃除なんぞ要らんのに」

「君はそう言うだろうと思った」

 罵られるか殴られるかその両方か。とりあえず奏臥の好きにさせよう。しばらく待ったが背後の気配は動かない。一つため息を吐いて振り返った。

「奏……」

 静かに雪の降る如くはらはらと。はらはらと涙を流している。バツの悪さに頭をかくと、手が伸びて来て強く抱き寄せられた。

「良かった……」

「おい、奏」

「生きていた」

「……うん」

「生きていた」

「うん」

「生きて……」

「悪かったって。もう離せ」

 脇の下から手を通して、奏臥の肩を叩く。しかし十分に加減はしているものの、抱きしめる腕を緩める素振りはない。

「己れが死んだことにするのが帝の追及を逃れるのに一番都合が良かったんだ。でもそれじゃ以斉の家が咎められる。だからお前に己れと同じ力を使えるようにした。だがもう必要ない。術を解いてやるから離せ」

「君はどこに行くつもりだ」

「吾毘か雅か。どちらにも渡りはつけてあるから気の向く方に。五十年も経てば己れを知っている奴なんて一人もいなくなるさ」

「私も行く」

「うん……はぁっ?!」

 奏臥の胸に手を突いて上半身を離す。相変わらずの剛力め。がっちり抱えられた腰はぴったりと奏臥へ押しつけられていてそれ以上身動きが取れない。

「行けるわけなかろう。或誼殿を置いて行く気か。お前に懐いている明蓮は。以斉の家はどうする」

「兄上には家族もある。明蓮には、夏氏弥家の家族もある。君にはいない」

「……阿呆め。お前にも家族がある。己れにはいない。だから置いて行くな。家族と居ろ。子を作れ。この十年は己れが少し拝借したが、お前はもうお前の人生を歩んでいいんだ」

「私の人生は私が選ぶ。君と行く。君と居たいんだ。呪いはこのままでいい。君と同じがいい」

「阿呆が! それは人の理から外れる道だ! 考えなしもいい加減にしろ! 愛しい人を見送るだけの人生の虚しさをお前は知らんのだ!」

「愛しい人なら一度喪った。だから二度と離さない。離れない。禄花。君と二人、千年寄り添う大樹になる」

「あ……、阿呆め!」

「うん」

「『うん』じゃない! ちゃんと考えろ! 死ねないんだぞ、どんなに一緒に居たくても! いつか後悔してもお前、己れに遠慮して『もう死にたい』と言えなくなるだろ!」

「後悔ならもうした。二度としない。君と一緒に居たいから、死なない体になってよかった」

 すり、と額を押しつけられて二の句が次げなくなる。三日と空けずに来ていたのだろう。埃一つない褥に踵が当たって体勢を崩す。そのまま尻餅をついて奏臥を仰げば烏帽子に手をかけているところだった。

「待て、どうして烏帽子を取る? 己れと違ってお前は人前でそんなことしないだろ。おい、奏」

「邪魔だから」

「なに、なんで邪魔になる。おい奏、それ以上近づくな」

「もう毒には中らない」

「うん」

「だから君に触れられる」

 ああどうして脱ぐのも脱がされるのも面倒な狩衣にしなかったのか。直垂じゃ簡単に脱がされる。脱がされる? 何故? どうして?

 混乱する禄花を組み敷いて袍を脱ぎ捨てた奏臥を見上げる。気が付けばすっかり逃げ場がない。そもそも真剣に逃げる気などないのだ。奏臥が禄花に対してどんな感情を抱いているかも、触れられないから触れなかっただけだということも、これからどうするつもりなのかも、とうに分かっている。

「禄花」

 耳殻へ甘い囁きを流し込まれて、顔を背ける。頬から首までが酷く熱い。

「……ダメだ」

「嫌、ではないのか?」

「嫌……じゃない。けど」

 だめだ。お前には幸せになって欲しい。己れの行く道は茨で出来ている。それが分かっていてお前を連れて行くことはできない。

「ならば私が君を抱えて進もう。君が二度と茨で傷つかぬように」

「阿呆め。それではお前が傷つくだけだ」

 どうせなら、茨の道でも二人踏みしめて行けばよいと言え。

「君と行くならどこでもいい。何も後悔しない」

 逃げぬなら、この花は私が手折ってしまおう。

 甘く耳朶を嬲られてただただ身を震わせる。生意気だぞ。奏臥のくせに。どこでそんな言葉を覚えて来た。誰にそんなことを教わった。ほんの十数年目を離した隙にそんなに。そんなに。誰かに少しでも心動かされたか。誰かに甘い囁きを聞かせたか。誰かに。禄花以外に。そんなの嫌だ。

「もう黙って」

 愛してる。慕わしい。君を喪ったこの十数年はまるで世界が色彩を失くしたようだった。それでも今は、こうして君が腕の中に在る。

 囁きながら唇へ、唇が降りて来る。じわりと温もりが伝わる。奏、と囁こうとして開いた口中へ甘い果肉のような舌が挿し込まれる。絡め取って夢中で熱と甘さを味わう。触れ合える。死なせずに済む。禄花は狡い。あの日、どこかで期待していた。

 奏臥なら、種を外せと言わぬのではないか、と。いつ果てるとも知れぬ生を、共に行くと言ってくれるのではないか、と。

「阿呆め。毒の花などに惑わされおって」

「君に心を奪われることが毒に侵されるということならば、そうなんだろう」

 薄氷の美貌がふうわりと解けて溶ける。この氷花を溶かしていいのは禄花だけだ。

「初めて会った時から既に君の虜なのだから、もう手遅れだ」

 その初めてはいつだったか覚えているだろうか。

 言葉にはせず、禄花の毒に侵された奏臥の心臓へ口づける。ことことと音を立てる温かな肌を確かめる。生きている。死なせずに済む。離れずに済む。この先いつまで死ねぬままなのかも分からない禄花と共に生きるという。

 それならばもう、誰に憚ることはない。飲み込み続けた唇から、初めて真を吐き出す。

「一人にしない、で」

 言葉にしたら涙が溢れた。本当は愛しい。本当は寂しい。本当は離れたくなどない。言い終わらないうちに強く抱きしめられた。

「君が嫌だと言っても、もう離れない」

 そんなこと言うわけがない。きっと嫌になるのはお前が先だ。それでももう、離してやれぬ。

 囁く禄花の唇を奏臥の唇が塞ぐ。下唇の横を舐められて首を傾げる。視線に気づいて笑った。

「お前はそのほくろが気になって仕方ないのだな」

「うん。とても好きだ」

 軽く歯を立てて奏臥の下唇を噛む。もっと熱を寄越せと衵へ手をかけ無理矢理肌蹴る。合わせた唇がふ、と笑みを刻むのが分かった。奏臥が袴の帯を解く間も唇を重ねる。もどかしく互いに衣を解いてようやく触れ合った素肌にほう、と吐息が漏れた。温い。人の肌とはこんなに仄かで、柔らかな温もりを宿すものなのか。

 二人分の熱で奏臥の肌から白檀が薫る。鼻先を押しつけて香りを吸い込む。指先へ、手の甲へ、手のひらへ、手首へと押しつけられる奏臥の朱い唇を眺める。上腕の内側、柔らかな部分へ推し当てられた唇が、軽く吸い付く。甘く噛まれ、舐められ、強く吸われてくすぐったいような甘酸っぱいような感覚に身を捩る。覚えず密かに声が漏れる。

「ふふ……」

 脇へ。鎖骨へ。胸へ。腹へ。腰へ。余すところなく吸われ噛まれて手の甲で奏臥の頬を撫でる。人の肌とはこんなにも滑らかで優しい感触なのか。あの時も、あの時も、本当はこうしてこの端然とした美貌に触れたかった。両手で頬を覆うと奏臥は湖面の月が揺れるように表情を甘く揺らす。普段はきっちりと冠に覆われた頭頂部へ唇を寄せる。

「君のここは」

「ん?」

 胸元へ吐息を吹きかけられてくすぐったさに身を捩る。小さく淡い膨らみを、舌先で弄られて甘ったるい声が零れる。

「あ」

「草苺の実の一粒のように小さくて紅くてかわいい」

「あ、あ、」

 阿呆め、と言いたかったのに、まさに果実を味わうように舌で転がされ押し潰すようにねっとりと舐められ、吸い付かれて腹の奥が切なく疼いて膝を閉じた。覆い被さられているので当然、膝を閉じても奏臥の腰を挟んで縋り抱きついた形になっただけで、逃れることはできずにあられもない声を吐き出すだけになる。

「ん、ふ……っ、あっ、あっ」

 淫らに湿った音を立てて胸へ吸い付かれ、軽く噛まれて体が跳ねる。死にたい一心で調べ、多少無茶なこともした。自分の体など知り尽くすほどに知っていると思っていたが、こんなのは知らない。奏臥は無言で禄花の胸を舐めたり吸ったりしている。舐められしゃぶられ濡れた乳首がぷっくり膨れているのを不思議な気持ちで眺める間も、反対側の乳首を執拗に弄られて腹の奥に沸き上がった懐かしい感覚に戸惑う。久しぶりのこれは、そう。排泄の欲求に似ている。

「待った、奏、おしっこ」

 ちら、と一瞥して涼しい美貌はそのまま禄花の胸に吸い付いている。ぶる、と体を震わせて奏臥の額を手で押し遣ろうとするが力で勝てるわけもない。

「奏、もれる、もれるってば、離せ」

 切羽詰まって上ずる声を無視して、奏臥はゆっくりと禄花の小さな核果へ歯を立てた。

「――っ!」

 無意識に体が撓る。腹の奥にあった感覚が解き放たれ、解放感と入れ替わりに重怠さが残る。水の中に居るように体が重い。気怠い仕草で己がまき散らしたものを目路へ入れる。小水ではない。もう少し粘り気のある液体が禄花の腹に少量、零れている。

「……?」

 それが何か分からずにいる禄花の腹へ、広げるみたいに指で擦りつける長くて形の良い指を見やる。青臭い匂いがした。

薫陸くんろくだ」

 ああ、薫陸に似ているかも知れない。あの青臭い樹脂の香りに似ている。

「君は私に雅な駆け引きを知らぬと言ったが、君は私が君にどんな欲望を抱いていたかを知らない」

 これから何をしようとしているかも知らないんだね。囁かれて唇を尖らせる。尖らせた唇を啄まれて素直に解く。

「知らん。教えろ」

 つう、と冷たい指が腹をなぞる。淡い下生えの脇、足の付け根を辿ってさらにその奥へ。蜜を貯め込んだ房を通り過ぎ、滑らかに継ぎ目のない会陰を撫で、硬く閉じた菊座をつつかれてふるりと身を震わせた。

「桃花の蕾のようだ」

「あ……!」

 阿呆め、と叫ぶ前に膝裏を掴まれて大きく秘所を開かれる。咄嗟に手で隠そうと頭を起こした禄花の目に、綺麗な歯並びを見せて内腿へ今まさに齧りつこうとしている奏臥が飛び込んで来た。

「な……っ、あっ」

 じゅう、と音を立てて柔らかな内腿を強く吸われる。反射的に上半身が反る。腰を突き出す形になって、肉の薄い内腿を噛まれ、舐められ、吸われてただひくひくと喉を鳴らす。毒を抜きたくて、それができぬと知ってからは植物になりたくて、散々弄り、知りつくして来たはずの己の体が今はどうなっているのか分からない。翻弄され、混乱したまま奏臥の頭を手で押さえる。きちんと撫でつけられた髪がはらりと一房、玲瓏な美貌へ落ちた。頬にかかる髪を指で払い、耳へかけてやる。しかし奏臥は気にする素振りを見せず、禄花の内腿へ舌を這わせる。ろくに日に当たらぬそこは、軽く吸われただけで赤く花弁が零れた。たったそれだけで啜り泣くようなか細い声が転び出る。脹脛へ、足首へ、踵を噛まれて足へぎゅっと力が入る。その縮めた指ごとしゃぶられて思わず自分の口を押さえた。

 汚いと言ったところで止める気などないだろう。まさか全身舐め回す気ではないだろうか。上目遣いに見やると奏臥は覆い被さりうっそり笑う。

「君はどこもかしこも綺麗でかわいい」

 そんなところがかわいいものか。口を開こうとした瞬間、蜜房に吸い付かれて情けない声が出た。

「ふぁ……っ」

 舌で転がされ、丸ごと口の中にすっぽりと収められ、唾液が会陰を伝い落ちる感覚に腰が跳ねる。足の付け根の薄い皮膚を舐めなぞられ、花蕊の根元を吸われる。

「んぅ……、っあ……!」

 花芯全体が湿った感覚に覆われる。身を捩れば捩るほど、腰を押しつける格好になって奥まで咥え込まれた蕊が熱で蕩けて形を保てなくなっているような錯覚に陥る。舐め上げられ、舌で先芽の割れ目を執拗になぞられ、吐息と喘ぎを壊れた楽器のように零し続ける。

「ぁあ、ぁは……ぁん」

 先ほどと同じに排泄に似た感覚がじわじわと腹の奥から上がって来る。けれど禄花はそれが排泄とは違うと、もう知っている。

「んっ、んっ、んっ、んぁ……っ」

 口に含まれたままの花芯は蜜を放ったのかどうかすら分からない。先芽を吸われて何かが抜けて行くような、陶然とした解放感と甘く重たい疲労に包まれる。

 びくびくと無意識に痙攣する内腿を強く噛まれた。舌先で硬く閉じた蕾を突かれ、舌をねじ込まれ、割り開かれてもただただ甘い陶酔が駆け巡るだけで何も考えられない。禄花の喉は呆けたように甘い音吐をかき鳴らす。

「は、あっ、……んぁふ」

 再び花芯を舐めしゃぶられ、僅かに解けた蕾を指で押し広げられる。小さく短く喉を鳴らしながら強く満ち引きする波に溺れるみたいに翻弄される。それを何と呼ぶのか、蕩けた頭の片隅で形になりそうなのに掴み損ねて甘ったるい鼻声が漏れる。

「んぅ、んぁふ、ぁあぁ」

 太腿に無数の花弁が散っている。奏臥の長い指が禄花の蕾を割り開く。痛みがないのは粘液か樹液を指から分泌しているからだろうか。植物由来なら自由自在、無限に生み出せる。十年もあったのだ。優秀な奏臥は禄花よりもその力の扱いを心得ている。禄花すら考えつかない使い方をしているかも知れない。後で聞いてみなくては。どうでもいいことが脳裏を巡る。ふわふわと思考が纏まらない。蕾に押し当てられた熱に体が強張る。

「奏……」

 体を起こそうとしたが、抱き竦められる。合わさった肌が二人分の熱で強く香る。無意識に目を閉じた。白檀がいつもより甘い。夢中で奏臥の首筋へ、鼻先を押しつけて匂いを吸い込む。押し当てられた雄蘂はそれ自体が滑っていて、蕾を簡単に割り開き狭小な場所を押し進む。

「ん、あ、あ、ぁ」

「ほら、君も私がしているように粘液で満たして。できるね?」

「粘液?」

「そう」

「糊空木みたいに?」

「うん? ふふ……君はこんな時も植物のことならすぐに思い付くんだな」

 いつもなら聞き逃さない、大好きな奏臥の控えめな笑い声にも気づかず熱に浮かされた頭で必死に繰り返す。なんだっけ。粘度があればいいのか。奏臥の、それを、ここに入れるために。

「あ、あ……、あふ……っ」

 腰を押し進められ、狭隘な内壁が開かれて行く。一番奥まで突き上げられ、熱と質量に満たされ思考が混濁する。唇から勝手に溢れた言葉に、腹の奥の甘ったるく重たい感覚が何と呼ぶかを自覚した。

「……ぃい、奏、気持ちいい……っ」

 そう、これは快楽だ。一度認識してしまえば、それは勝手に芽吹いて育って狂い咲く。解けた蕾は奏臥の雄蕊に絡み付いてもっともっととねだって蠢く。それがさらに逸楽を生んで覚えず腰を押しつけて縋る。

「……っ、禄花」

「あっ、あっ、ぁあ……っ!」

 強く腰を掴まれ、打ち付けられる深さと速さが増してあえかな声をまき散らしてねだる。

「奏、もっと」

 すっかり開かれ、解され、ほどけた蕾から薫陸が白檀を抱き込んで薫る。滑らかな肌の温もりを愛おしみながら奏臥の頬を両手で包んで囁く。

「ちょうだい? 口、吸って?」

 差し込まれた甘い果肉のような舌を吸って絡めて味わえば、上質の酒に酔うよりも陶然とした悦楽が体中を駆け巡る。暴かれる。孤独な体の芯にあった、望めぬと目を逸らして来た願いが解けて溢れる。

 愛したかった。ずっと。先に逝くと、居なくなると、諦めながらもずっと。

「奏、奏、ここも吸って?」

 小さな草苺の一粒のようにぷつんと粒立つ胸の突起を差し出し、ねだって自ら腰を揺らす。止めないで。ずっとここにいて。ずっと。淫楽を追い続けて。全てを愛して。全てを与えるから。全部全部、己れの全部持って行ってくれ。明け渡して空っぽになってもそこに愛した事実だけが残ればいい。

 愛していると想うことすら諦めて来た禄花から、全て持って行って欲しい。

「あ……、――っ」

 小刻みに奥を突かれ、拍動を感じる。

「……っ」

 胴震いした奏臥の蕊と、腹の奥にじわりと広がる薫陸に満たされる。膝で奏臥の腰を挟んで甘く耳殻へ流し込む。

「もっと」

「……っ、君は」

「ん?」

「本当に質が悪い」

「あはは……っ、んぅん……っ」

 笑って締まった動きで再び萌した奏臥の質量に体の中が全部、蜜になったような錯覚に陥る。蕩けて絡まる。解けて誘う。乱れて落ちた髪のかかる小さな頭を抱えて唇を重ねる。

「百年だ」

「うん」

「百年以上、人の肌がこんなにも温いだなどと知らなかった」

「……うん」

「もう離してやれぬ」

「うん」

 目を閉じて額を合わせる。今までの人生で一番、穏やかな気持ちだ。

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