160話、鞍替え


「私を見るのです」


マリアが、魔王カオスに話しかける。

魔王カオスはぴくりと動き、顔を上げる。

マリアと目が合った。


「マリア……貴様が……我を屠るのか……?」


「その前に、私の言うことを復唱するのです」


なにをするつもりだろう。


「『我は弱い』、さんはい」


「な、なにを……」


ドゴン。魔王カオスの無防備な腹に、マリアのパンチが突き刺さる。


「ぐ、ぐへぁ……な、なに、」


「復唱しろと言ったのですよ」


「わ! 我は、弱い……!」


「よろしいなのです。次、『我はタキナより弱い』」


「我は……タキナより弱い……」


「『我はレギオンより弱い』」


「我はレギオンより弱い……」


「『我は、マリアより弱い』」


「我は、マリアより、弱い」


あー、なるほど。そういう事か。


「よくできたのです。最後に、私の目をよく見るのです」


魔王カオスが、再度顔をあげ、マリアの目をみる。

紅い、綺麗な、目。


「支配。……上手くいったのです?」


マリアの言葉のすぐ後、魔王カオスから黒く輝く何かが飛び出し、どこかへ飛んでいった。アレの観測はゼストに任せてあるので、放置でいい。


「上手くいったっぽいね。……マリアはそれでよかったの?」


「美味しいお菓子の研究をしてもらうのです」


マリアの部下に魔王が加わった、という事だ。こんな事もできるんだな。

能力的には、マリアより魔王カオスのほうが総合力は高い感じだった。

だが、精神の隙をついて、自らをマリアの格下と思い込ませることで支配を成功させた。

一度支配されたものは、支配から抜け出せない。それこそ、神にでもならない限りは。

しかしマリアがもう少しで神になってしまうので……実質、抜け出す術はない。

死んだ方がマシ、という事にはならないだろうから、これで互いによかったのだろう。


「アデクにも貸しができるのです」


あらやだ、恐ろしい子!




ひとまず帰ることにした。

二十層はまた明日でいい。どうせ魔物が居るだろうし、明日の分のテイムで片をつける。


街につく。

街の前に、誰かがまっていた。


「アデクか……」


カオスが呟く。

エリスの呪縛から解き放たれた彼女は、次はマリアに支配され、菓子研究員として生きる事になった。今は少しメンタルが弱っているが、じきに元に戻るだろう。


「カオス様…… タキナ様、カオス様を救っていただき、ありがとうございます……この御恩は、生涯をかけてお返し致します」


「す、救ったのはマリアだから、マリアに言ってね」


おおう、救ってくださいって言葉を、ぶっ殺してエリスの下から解放するって意味かと思ってた私、気まずい。

一応、魔王って死んでも百年くらいで生まれ変わるらしいので、私の考えも間違いではなかったみたいだけど。


「マリア様、一生ついていきます!」


「カオスと一緒に、研究がんばってほしいのです!」


まあ、マリアの配下が増えたし、いいか。

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