61話、御伽噺
「アビスの王……本では見たことあるが、詳しくは知らん。なんでも、全てを受け入れる女神だったり、全てを飲み込む邪神の類いだったりって話だが。まあ、御伽噺だな」
「おや、我が主もすでに御伽噺になられているのですね。大変な時間が過ぎているようだ」
アビスの迷宮から帰還し、ひとまずなにか知っている可能性の一番高いゼストの部屋にきた。
アビスの王というのは、とんでもなく昔の存在だったようだ。ということはこのベルゼも、それだけ昔の人なんだな。
「我が主は、とても偉大な方でした。敵方から見ても偉大だったのでしょう。見る角度を変えれば、善神も悪神になりえましょう」
「ま、そうだな」
たしかに。ゼストもいい人だけど、当時の人間からしたら悪の象徴みたいなものだっただろうし。
見る角度を変えるのは、大事かもなあ。
「御伽噺といえば……全ての種族を従え、誰もが幸せに暮らせる天国のような国をつくった人間の話が好きだったな。現実にそんなことは不可能だろうが、俺が目指した理想はそこだった」
「……そういうところ、私もつくりたいんですよね」
「お前もそのうち御伽噺になるかもな、タキナ」
「新たな王は、我が主の遺志を継ぐもの。御伽噺くらいにはなってもらわないと」
プレッシャーがデカい。長生きしてる魔族に期待されるのはホントに。
ま、私の街は……皆が幸せになってもらわないと困るからね。どんな種族でも、全員が。
ベルゼは、ひとまずゼストと共に暮らす事になった。
ベルゼの能力があれば、全ての部屋の掃除なども軽く済ませられるそうだ。
仕事としては、調理班側の、食材管理に配属。調理班の面々にはとてつもなく好意的に受け入れられていた。そうね、イケオジはいいよね、わかるよ。
さて、夜はパーティだ。新しい住民を歓迎するためのパーティには、住民の殆どが参加する。
うちで採れた食材を食べている住民は、皆健康で、精力的に活動できている。毎日きっちり働いているが、夜でもみんな元気そうだ。
どうやらうちでとれた食材には、魔力的なバフがついているそうだ。体力増強、筋力増加、自然治癒力増強、その他いろいろ。ひとつひとつはとても小さなバフだが、毎日積み重ねているとそれなりに凄い効果になるようで。これは、ドワーフの研究員が発見した。食べすぎても特に害はなく、ただメリットの上乗せになるので、住民にはとくに気にしないように通達している。
デメリットとしては、子供たちが元気すぎてお母さん方が大変な思いをしてるくらいか。お母さん方も元気になってるので我慢して欲しい。遊び相手としての魔物も貸し出しているので。一家に一体、スケルトンだ。
「賑やかになったのう」
ドーグが、酒を飲みながら私の前に歩いてきた。
確かに。最初は私だけだったんだよな。
いまや150人を超える大所帯だ。600人までは増えるのが確定している。
「みんなのお陰ですね」
「タキナの人徳じゃよ。この土地に、人が住めるとは思わなんだが……こうやって、平和に暮らしておる」
人類未踏の魔の森、その手前。
私はここに捨てられた。ほぼ死刑のようなものだと、最初は思った。実際そうだろうし。
だが、生き残った。ジョブとユニークスキルのおかげだけど。
そして、家が建ち、人が来て、集落ができた。ドワーフが押しかけてきただけだけどね。
それからいろいろあり、街も大きくなった。
「まだまだ、大きくしたい」
「そうじゃな、アグニの街はまだまだ大きくなる」
この街は。私の街は、まだまだ大きくする。
魔物も、魔族も、ドワーフもエルフも獣人も人間も、みんな一緒に幸せにする、最高の街にする。
「私の街だ」
誰にも、私の街を奪わせない。
魔王だろうが、仮に人間の国が攻めてこようが、私は私の街を守る。
そのために、頑張ってるんだから。
「私が、この地の……王になるんだ」
私が、みんなをまもる。
私の大切な…………
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