第16話:知りたいこと
宇宙に行きたいと言う此花さんの希望を叶える手段は、今のところ見つかっていない。
今後見つかる保証も残念ながらまるでない。とりあえずX(旧ツイッター)でイーロン・マスクのアカウントをフォローしたぐらいだ。
でも、だからと言って友だちになれないと悲嘆することもないだろう。
宇宙には行けなくても、そこに行くことで友だちに近づけるところはあるものだ。
そう、例えば此花さんの家とか。
ゴールデンウィークももうすぐというある日、此花さんは学校を休んだ。
担任の先生が言うには体調不良らしい。
昨日の放課後、キャッチボールをしていた時にはそんな兆候は見られなかったけれど、お腹でも出して寝ちゃったのだろうか。
想像しようとして……此花さんに悪いなと思い直した。
入学式以来の初めてひとりで過ごす学校生活は、とても落ち着いたものだった。
先生に質問攻めされる此花さんから答えを秘密裡に催促されることもなく、お昼ご飯でおかずを強奪される心配もない。
久々に心穏やかに過ごせたと言える。やはり人間、たまにはこうして穏やかな時間が必要だ。心に余裕が出来る。
だから此花さんの家にお見舞いに行こうかなと五限目の終りぐらいに思いついた。
決して彼女がいなくて寂しいわけではない。心に生まれた余裕によるものだ。
と、いうことにしておいてもらいたい。
「……あんた、誰?」
放課後。呼び出しをお願いして待つこと十数秒、1年5組のプレートの下で待っていた僕の前に現れた女の子は、綺麗に整えられた眉を顰めてそう言った。
「えっと……君が笹本さん?」
「そうだけど。てか、あんた、ホント誰?」
「僕は1年2組の高尾って言うんだけど」
「2組の高尾……んー、なんか聞いた覚えがあるようなないような」
笹本さんがうーんとこめかみに人差し指を押し当てながら考え込む。
一方で僕はどうにも彼女が話に聞いていた笹本さんとは思えなくて困惑していた。
明るい茶色に染めた髪の毛といい、長い睫毛といい、足元のルーズソックスといい、どうにも情報と違う。
おかしいな、話に聞いた限りでは笹本さんはもっと僕たち寄りの人のはずだ。それなのにこれではまるで……
「で、その高尾があーしに何の用?」
うん、やっぱりギャルだ、この人。
「ごめん、どうやら人違いだったみたい」
「は? なにそれ?」
「僕が探していたのは秋吉二中出身の笹本さんだったんだけど」
「だったら、やっぱりあーしじゃん!」
「え? でも此花さんに聞いた話とぜ――」
全然違うと言おうとした僕の口を、笹本さんがいきなり両手で塞いできた。
「此花!? 此花咲良があーしのことを言ってたって!?」
「むがむぐむご……」
「ってか、思い出した! 高尾ってあんた、確か此花咲良の!」
その時、教室の中から笹本さんを呼ぶ声がしたけれど、彼女は「ごめん! ちょっと用事出来たし!」と返事をすると、僕の口を片手で押さえたまま、ずんずんと僕を連れて近くの階段を登り始めた。
「そ、それで此花はあーしのことをなんて!?」
連れてこられたのは屋上だった。
お昼休みはそこそこ人が多いと聞いていたけれど、さすがに放課後は誰もいない。
そのことを確認してから笹本さんは僕の口を解放すると、少し居心地が悪そうに問い質してきた。
「別に。此花さんと同じ中学だって」
「ホ、ホントにそれだけ!?」
「うん」
頷く僕に笹本さんが安心したようにほぅと息を吐き出す。
「あ、あと高校デビュー成功おめでとう」
「やっぱりあーしが中学の時は陰キャな『ぼっち』だったって聞いてたんじゃんか!!」
「ああああっっっっ!!」と大声をあげて、その場にしゃがみ込んでしまう笹本さん。
その姿を見て僕はようやく人違いではなかったことを確信してホッとしていた。
だって以前に此花さんから聞いていた笹本さんは僕たちと同じ「ぼっち」で、だからこそ彼女と話をしてみようと思ったんだ。
なのにいきなりギャルが出てきてびっくりした。ギャルとは上手く会話出来る自信がない。
いや、見栄を張った。ギャル以外でも上手くコミュケーションを取れる自信なんて皆無である。
「くそう、地元から離れた
「此花さんも驚いてたよ。なんで笹本さんが春高を受けたんだろうって」
ちなみに此花さんはお母さんの出身校だったかららしい。
「ああ、もうおしまいだぁ。高校生になったら変わろうって今日まで頑張ってきたのに、その努力も全て水の泡……」
「え、なんで?」
「なんでってあんた、言いふらすつもりじゃん? あーしが中学まで陰キャだったって」
「そんなことしないよ? そもそも言いふらす友だちもいないしね」
「はい?」
「だって僕、『ぼっち』だから」
仮に友だちがたくさんいたとして、笹本さんの過去を言い回して一体どうなるというのだろう? 全然分からない。
「『ぼっち』ってあんた、此花咲良と……」
「あ、うん。此花さんは例外」
友だちになろうとして頑張っているところとは、同世代の女の子に伝えるのはなんか妙に気恥ずかしくて言えなかった。
「……信じて、いいし?」
「うん。それより笹本さんに訊きたいことがあるんだ。此花さんの住所なんだけど」
「此花咲良の住所? なんでまたそんなことをあーしに? 此花本人に訊けばいいじゃん」
「それがそうも出来ない事情があって」
「だったら担任に聞けばよくね?」
「まぁ、それもそうなんだけどね」
なんとなくそれは躊躇われた。
1年2
そんなのに彼女の住所なんて訊いたら、それこそどれだけ冷やかされるか。
考えただけで頭が痛くなる。
「ってか、あーしも知らんし。此花咲良の住所」
「え、そうなの?」
「同中だったからってどこに住んでるかまで知ってるとは限らないじゃん」
「そうか、まいったなぁ」
「此花咲良がどうかしたん?」
「体調を崩して学校を休んだんだ。だから」
「ああ、いつものことだし」
お見舞いに行こうと思ってと続けようとした僕に、笹本さんが思ってもいなかった話をしはじめた。
「あいつ、身体が悪いんだよ。中学の時もよく休んでたし、学校に来ても放課後はほとんど毎日病院に行ってたんじゃないかな」
「……え?」
「だから体育の授業もサボりがちでさー。おかげであーしは何度も先生と組まされることになって大変だったし」
「…………」
「てか、なんであんたが知らんの?」
笹本さんが不思議そうな顔をして僕を覗き込んでくる。
僕は果たしてどんな表情をしているのだろう。分からない。
それぐらい僕は笹本さんの話を聞いて混乱していた。
此花さんの身体が悪いだって?
そんな馬鹿な。今まで彼女はそんな素振りをこれっぽっちも見せなかった。
キャッチボールもカラオケも喧嘩ごっこだって元気そのものだったじゃないか。
でも、思い返してみれば、キャッチボールは最初こそ大胆なフォームで力いっぱい投げていたけれど、今では3メートルほどの距離とあってほとんど軽く投げる程度になっている。
喧嘩ごっこでは随分と早く体力切れを起こしていた。
体育の授業も親しくない者同士組まされるのが嫌で休んでいるものだとばかり思っていたけれど、本当は違ったのかもしれない。
僕の自転車に乗せてもらいたがるのも、本当は駅まで歩くのが辛いのかもしれない。
いやいや考え過ぎだろうと思うけれど、でももしかしたらという思いがどうしても拭いきれない。
こうなったらやるべきことはひとつだ。
「笹本さん、もっと中学時代の此花さんのことを教えてくれないかな?」
此花さんのことをもっと知りたい。
だって僕たちは友だちになるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます