第18話:ソフトクリームとアップルパイ

 いつからケーキが大好物じゃなくなったのだろう。

 子供の頃は好きだった。誕生日に母さんが買ってきてくれるケーキに心を弾ませた。

 それがいつの間にか興味を失い、そんな僕の様子を見た母さんはやがてバースデーケーキを買わなくなり、気が付けばもう何年もケーキなんて食べてない。


 つまり僕にとってケーキとはサンタクロースみたいなものだった。

 

 なので長年住み慣れた町と言ってもケーキ屋さんを見た覚えがまるでないのに、スマホで調べてみたら駅前に五軒もあって驚いた。

 そのうちの一軒は駅ビルのお店で、さすがにこれは「ああ、そういえば」と思い出したものの、おつかい少女のちーちゃんに尋ねたところ、ここではないらしい。


 あとの四軒はネットに上がっていたお店の外見を見せたところ、よく分からないとの事だった。

 ちなみに僕も画像からは「こんなお店、あったっけ?」と頭を捻るばかりで、ちーちゃんの記憶力を笑うことはできない。

 

 とりあえずひとつずつ見に行ってみるか。

 出来れば早く見つかるといいな。

 そうじゃないとちーちゃんがまたべそをかきだす……よりも先に此花さんの理性が崩壊するような気がする。

「ショートケーキ! ショートケーキを今すぐ私に食べさせてくださいっ!」とか言って。


 ……あながち冗談で済まなそうでちょっと怖い。

 でも、それぐらい元気な方が安心できるというものだ。



 GW最終日のお昼とあって、さすがに駅前はいつもより人が多かった。

 もっともほとんどは駅の中へと吸い込まれていく。みんな都会へと遊びに行くのだろう。まさか電車賃までゴールデンウィークの特別料金ではあるまいなとどうでもいいことを考えながら、ちーちゃんと手を繋いだ此花さんの後ろを歩く。

 

 残念なことにネットで検索したケーキ屋は残りひとつとなっていた。

 つまり三軒空ぶったわけだ。

 が、ありがたいことにちーちゃんは泣き出すこともなく、また此花さんが駄々をこねることもなかった。

 むしろ一緒にいる時間が長くなった分ふたりの仲は深まって、今ではもう本当の姉妹のように見える。

 僕なんてもう一か月近く此花さんと付き合っているのに、いまだ友だちになれていないのになぁ。ちーちゃんの才能に少し嫉妬。

 

「高尾君、人が少なくなってきたから今なら高尾君も手を繋げますよ?」


 残った最後のひとつは駅の向こう側で、少し離れたところにあった。

 こちら側はどちらかと言えば民家が多いので、駅から離れると途端に人通りがぐっと減る。確かに今なら三人手を繋いで歩くことも出来るだろう。

 

「ううん、遠慮しとくよ」

「恥ずかしがらなくてもいいのに」


「ねー?」と此花さんがちーちゃんに笑いかけると、ちーちゃんも「ねー」と頷いて僕においでおいでと手招きした。

 なんという圧倒的なコミュ力! これが友だちを作るパワーの源か!?


 お招きなんてされた日には、流され体質な僕が断れるわけもない。仕方なく僕も此花さんとは反対側に移動して、ちーちゃんと手を繋いだ。

 小さいけれど、僕よりもずっと温かい手だった。

 ちーちゃんの手を握り返しながら、此花さんの手はどうだったかなとふとそんなことを考えた。

 

「あ、あのお店!」


 三人で手を繋いでほとんど真っすぐを十分ぐらい歩いただろうか。

 角を曲がると小さな商店街があって、その一軒を見てちーちゃんが嬉しそうな声をあげた。

 小さなお店だった。これまで見てきた三店舗の中でも一番小さくて古めかしい、昔ながらのケーキ屋さんって感じだった。

 外にあるベンチも実に年季が入っている。

 

「よかったですね、ちーちゃん。これでちゃんとおつかい出来ますよ!」

「うん! 咲良おねーちゃん、それにおにーちゃん、ありがとー!」

 

 僕たちにお礼を言うと、我慢できないって感じでお店へ一目散に駆け込んでいくちーちゃん。

 その姿を見送っていると、不意に誰かのお腹がぐぅと鳴った。

 

「お、お腹が空いたのかなっ、高尾君?」

「え? ええっと今のは……」

「お腹が空いたんですよねっ、高尾君?」


 ……空腹は健康な証拠でいいことだと思うんだけど、どうしてそんなに恥じらう必要があるのだろう。

 というか、此花さんの目が怖い。乙女に恥をかかせるようならお前を殺して私も死ぬと、その瞳が語っている。

 

「……はい」 

「それなら仕方ないですねっ。じゃあ、ちーちゃんのおつかい成功を祝ってどこかで……」


 不意に言葉を止めた此花さんの視線を辿ると、ちーちゃんがケーキ屋さんから出てくるところだった。

 ニコニコ顔で、軽やかな足取りに右手にはソフトクリーム。てっぺんのへにょっと曲がったところをペロリ舐めとると、これまた満面の笑顔を浮かべてベンチへ座り、足をゴキゲンにぶらぶらさせる。

 

「あー、ちーちゃん、ソフトクリーム食べてますっ! いいなー!」

「いいでしょー! 美味しいよ!」

「……ソフトクリーム、か。なんだかんだで結構歩いたし、今日は五月にしては結構暑いから、いいかもしれないね」


 僕の提案に此花さんが嬉しそうに頷く。

 問題はそれで此花さんのお腹の虫が満足できるかどうかだけど、敢えて何も言うまい。

 

「あ、いい匂いですっ!」


 お店に入ると店員さんの「いらっしゃいませ」の声と一緒に、香ばしくて甘酸っぱい匂いが僕たちを迎えて入れてくれた。


「当店名物のアップルパイが丁度焼き上がったところですよー」


 そう宣伝してくる店員さんが抱えたバケットには、揚げ餃子みたいな形をしたアップルパイが綺麗に並べられていた。

 アップルパイと言ったらホール状のケーキみたいなのを想像するけど、なるほどこういうのもあるのか。これなら外のベンチでも食べられそうだ。


「ちなみにソフトクリームも当店の自家製で大人気商品です」


 む、名物というならアップルパイにしておこうかと思った矢先にその情報は悩む。

 どうしようか?

 

「あ、あの、両方ください!」


 が、此花さんは即断した。


「なるほど。それぞれがひとつずつ買って交換しながら食べるわけだね?」

「え? あ、あの、私ひとりで両方食べるつもり、なんですけど……」

「ア、ソウデシタカ」


 さすがは此花さんのお腹の虫。強欲だ。

 

 結局悩んだ末に僕はソフトクリームだけにした。普通のと比べて味が濃くて美味しかった。

 アップルパイも此花さんが僕とちーちゃんにそれぞれ一口分けてくれた。じゅくじゅくの林檎とサクサクで焼き立てのパイ生地のコンビネーションが堪らない、名物に相応しい一品だった。

 

 と、それはともかく。

 

「あの、ちーちゃん、おつかいってソフトクリーム、じゃないですよね?」


 実は僕もそれが気になっていた。

 ケーキ屋さんから出てきたちーちゃんは、ソフトクリームしか手に持っていなかったからだ。

 おつかいならケーキの入った箱もないとおかしいだろう。ケーキ屋さんに行ってソフトクリームを食べるだけのおつかいなんて聞いたことがない。


「そだよ!」

「でも、他にケーキとか買ってないみたいですけど?」

「うん! だってちーちゃんが頼まれたのは絆創膏だもん」


 ……はい?

 

「え? じゃあケーキ屋さんってのは?」

「あのね、ママがね、余ったお金でここのソフトクリームを食べていいって言ったの!」

「うん……」

「だからちーちゃん、先にソフトクリームを食べに来たのっ!」


 そ、そう来たかぁ……。

 

「絆創膏は駅前のマツキヨで買えばいいの。駅までの道はもう分かるから大丈夫!!」


 ちーちゃんがぴょんとベンチから飛び降りると、そのままパタパタと走っていく。

 

「おねーちゃん、おにーちゃん、ちーちゃんと遊んでくれてありがとー!」


 一度振り返ってそう言うと、今度こそちーちゃんは行ってしまった。

 

「遊んでくれてありがとう、だそうですよ、高尾君」

「というか、遊ばれたのは僕たちの方のような気がするんだけど、此花さん?」

「あれは将来、男を手玉にとって弄ぶタイプかもしれませんね」


「遊ぶ」を越えて「弄ぶ」と来たか。ちーちゃん、つくづく恐ろしい子。


「ロリコンな高尾君は気を付けてくださいね?」

「そうだね……って、ちょっと待って、何で僕がロリコン!?」


 僕のどこにそんな要素が!?


「だって私が誘っても断ったのに、ちーちゃんが誘ったら喜んで手を繋いでいたじゃないですか?」

「それはだって、あんな小さな子に『おいで』されたら誰だって」

「あーあ。私だって高尾君と手を繋いで歩いてみたかったのに」


……はい?


「でもロリコンな高尾君は私じゃなくてちーちゃんを選んじゃったわけで。これは私的にちょっとショックだったりします」

「いやいやいや、ちょっと待って、此花さん」


 もしかしたら僕は勘違いしていたのか?

 此花さんが「人通りが減ったから高尾君も手を繋げるよ」と言ってきた時、僕はてっきり「僕もちーちゃんと手を繋げば?」って意味だと思った。

 だってそれが普通、というものだろう?

 あの場面で僕がどっちと手を繋げばいいかなんて、普通に考えたら決まっていると思う。

 でも、まさか、それが……。


「あ、あの此花さん? もしかして僕と手を繋ぎたかったの?」

「……ん」

「ちーちゃんじゃなくて?」

「ん!」


 えっと、それってつまり……。


「此花さん、ちーちゃんに嫉妬」

「じゃないです!」

「え?」

「嫉妬とかじゃなくて――友だちになりたくて高尾君とこうして手を繋ぎたかったんですよ」


 不意に此花さんがベンチに置いていた僕の手を握り締めて立ち上がった。

 自然と僕も立ち上がる。

 運動公園で逆に此花さんを引き倒してしまったことのようにはならなかった。


「そうだ! せっかくのゴールデンウィーク、友だちへのポイントを稼ぐために今日はこれから手を繋いで行動しましょう、高尾君」

「……え?」

「繰り返しますけど、嫉妬じゃないからねっ!」


 そう言って僕を引っ張るようにして歩き出す此花さん。

 その手はなんだかちーちゃんよりも温かく感じた。

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