第14話:友だちはいいぞ
河川敷での決闘ならぬ運動公園での癒されパンチ会、もしくは人間パンジャンドラムの翌日。
此花さんは体育の授業を休んだ。
もとより此花さんは体育をサボりがちだ。「運動って苦手なんですよっ」とは彼女の弁だけれど、本音は多分違うところにあるのだろう。
学校とは教養を身に付ける場であると同時に、社会性を憶える場でもある。
人間はひとりでは生きてはいけない、協調性が大事、みんなの力をひとつに合わせて、ひとりはみんなの為にみんなはひとりの為に、俺とお前と大五郎……きっと教育基本要綱にはそんなキャッチコピーが並んでいるに違いないと事情を察せられるほど、先生たちは何かと僕らを組ませたがる。
とりわけ体育教師はその最たるものだ。
毎回毎回授業のたびに二人一組で準備体操をしろーと仰るが、それはぼっちにとって配慮があまりにもなさすぎませんかと言いたい。
一応、二人一組が成立するようクラスは男女ともに偶数で構成されてはいるけれども、普段全く交流のない者同士で手を握り合ったり、腕を組んだり、背中を押しあったりする気まずさをどうして彼らは理解しないのだろう。
そんなのだから此花さんみたいにサボりたがる人が多いんだよ。
猛省するように。
ちなみに僕はこの手の気まずさには慣れっ子なので、体育の授業も普通に参加している。
余り者同士で組まされることも、見学者が出て組む級友がおらず先生と組むのも気にならない。
消極的ぼっちを極めると、こういう時は結構無敵なのだった。わはは。
まぁ、それはともかく。
そんなわけで此花さんは体育の授業をよく休む。
ほとんどはズル休みだと思われる。
でもこの日は正当な理由があった。
『全身筋肉痛で無理ィィィィィ』
グラウンドの片隅に座る此花さんがそんなゼスチャーを送ってくるのを、周りが二人一組の準備体操に勤しむ中、僕はひとりぽつねんと佇みながら眺めていた。
『大丈夫?』
眺めているだけなのもアレなので、こちらもそんなゼスチャーをしてみる。
『ダメェェ。昨日の今日で腕が動けませんッッッッ』
『その割にはゼスチャーで手を動かしておりますが?』
『頑張ってるゥゥゥ、私ィィィ』
『その頑張りを授業で発揮しようよ』
『無理ィィィィィ』
おお、拙いボディランゲージでも案外通じるものだ。もしかしたら昨日のあの活動が、僕たちの間に見えない意思疎通回線を繋げたのかもしれない。
だとしたらやった甲斐があったのかもなぁ。
『此花さんの筋肉痛、無駄じゃなかったよ!』
感極まってそんなメッセージを全身の可動域を最大限に利用して発信してみる。
『???????』
此花さんが可愛らしく小首を傾げてみせた。
ダメだ、やっぱりその筋肉痛、無駄だったよ此花さん!!
「おい、高尾! ひとりで何をしている!?」
大きな声は人の意識をそちらに向けさせる。さらにその大きな声で自分の名前を呼ばれると心身ともに硬直して、僕はアンバランスな格好のまま振り返ってバランスを失い、グラウンドにどぅと倒れこんだ。
「あ、先生……」
「組む相手がいないからひとりで柔軟をしていたのか? その心意気は買うが、ひとりでは限界があるし、怪我をする場合もある。大丈夫か?」
先生が力強く僕の手を引っ張って起き上がらせてくれた。幸いにも怪我はない。
「よし、問題ないな。では今日も先生が組んでやるぞ、高尾!」
この体育教師の名前を、僕は例によって憶えていない。
ただ先生の方は僕の名前を憶えていた。
まぁ、これまで四回行われた体育の授業で、三回も先生と組んで準備体操をしていたら名前も憶えられるのかもしれないが。
「高尾、高校生活は楽しいか?」
「え? あ、まぁ、そこそこに」
「そこそこかぁ。友だちが出来たらもっと楽しくなるぞぉ!」
「…………」
「先生は高校の時、勉強は出来なかったけど、友だちだけはいっぱい出来てなァ。色々とみんなでバカやったもんだァ」
先生が背中越しに僕を持ち上げてはそんな話をしてくる。
バカ、か。
昨日のアレもバカと言えばバカだなぁ。というかバカそのものだよなぁ。
まぁ楽しかったけれども。
「そんなもんだから今でも親交は続いていてなァ。大学、就職と進む道は違っていても、今でもみんなでバーベキューしたり、キャンプに行ったりしてるぞ!」
今度は僕が先生を背中で持ち上げながら拝聴し続ける。
バーベキューとかキャンプとか、いかにも大人のそれだなと思った。
しかし、同時に子供の頃、地元の児童会か何かでそんな催しに付き合わされたことも思い出す。
子供に自然体験をとか言うけれど、実際のところは大人がやりたいからやっているだけなのかもなと考えるのは捻くれすぎだろうか。
「ホント、高校の友だちというのはいい」
「そうですか」
「ああ。みんなが結婚していった時は『爆発して死ね!』と本気で思ったものだが、それでも奥さんのお友だちとかを紹介してくれるからな。ホントいい奴らだよ」
「…………」
ちなみにこの先生は女子に人気がないことで有名だ。
ゴリラみたいな身体つきをしているうえに、顔は身体以上にゴリラそっくりなのがその理由だと思われる。
もっとも中身はと言えば、ぼっちである僕にも救いの手を差し伸べてくれる心優しい先生なのだが、やはりゴリラはゴリラ。人間社会の中で異性から好意を向けられるのは、ぼっちが友だちを作るのと同じレベルで難しいのだろう。
そう思うと、ちょっとは親しみを感じなくはない、かな?
「先生、実は僕、友だちになろうとしている人がいるんです」
地面に両足を伸ばして座り、先生に背中を押されて前屈をしながらふとそんなことを話してみる。
「おおっ!」と先生が大きな声をあげて、背中を押す力を強めた。
「そいつぁいいことだぞォ、高尾。で、どんな奴と友だちになろうと思ってるんだ?」
「僕と同じ『ぼっち』で、僕と同じように友だちってのがよく分からない人です」
「ほぉ。似た者同士って奴だなッ!」
何も知らない人からしたらそう聞こえるかもしれない。
だけどもし僕たちが本当に先生の言う似た者同士だったら、ふたりの人生はきっと交わうことはなかった。
お互いがお互いに孤立して、相手に興味や関心なんて持たずに教室をただぼんやり漂ったり沈んだりしていたはずだ。
振り返ってみれば、僕のこれまでの人生の中で僕みたいなのは結構いた。
此花さんみたいな人もいた。まぁ、あの見た目の良さでとなると記憶にないけど。
それでも今回みたいなことにならなかったのは、どうしてだろう?
分からない。
けど、まぁそれでいいんだろう。
奇跡の発生条件が判明したら世の中は奇跡だらけになってしまうように、分かってしまったらきっと『ぼっち』なんて撲滅されるに違いない。世間ってのは何かと僕たちみたいなのに厳しいから。
だから分からなくていい。『ぼっち』であることが自然で、心地よい人だって世界には少なからずいるはずだ。
「で、高尾が友だちになりたい奴は何組の奴だ? 1組の小林か? それとも3組の佐藤?」
先生が1年生の『ぼっち』たちの名前を挙げてくる。
多分彼らも授業で先生と組むことが多いのだろう。願わくば彼らが自らの境遇に嘆くことなく、『ぼっち』であることを楽しめているようにと祈る。
「えっと、同じクラスの人で」
「そうなのか? しかし、2組に高尾みたいな奴がいたかな?」
「先生は知らないと思います」
「んー、先生が体育教師だからって馬鹿にするなよぅ? これでも授業で受け持つ生徒のことはよく見てるんだぞぉ」
「でも相手は女の子ですし」
ぴたっと。
再び立ち上がってお互いの両手を握り、わき腹を伸ばしてくれていた先生が不意に動きを止めた。
「あれ? 先生、どうし……え? ええっ!?」
それどころか僕の手を振り切って、スタスタと歩いてどこかへ行ってしまう。
「急にどうしたんですか!?」
「高尾、これからはひとりで柔軟をやれ」
「え? でもひとりだと限界があるし、危険もあるからってさっき先生が」
「うむ。限界もあるし、危険もある。柔軟が不十分で運動中にケガをするかもしれん」
「だったら」
「だが女の子と友だちになろうとしているリア充なぞケガしてしまえばいいッ!」
ええー!?
「そしてその女の子に思い切り嫌われてしまえッ!」
教師なのになんてことを!?
僕はただ此花さんと友だちになりたいだけなのに。
困惑してつい視線を此花さんへと向ける。
ぼんやりと女の子たちが柔軟体操をしているのを見つめている彼女の横顔は、何故だか僕にウサギを連想させた。
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