第12話:スマホvs人類

 唐突なのは此花さんの専売特許なんだけど、たまには僕も真似してみようかと思う。

 

 子供の頃からあまり物欲がなかった僕が、一度だけ親にねだった物がある。

 スマホだ。

 中学に入って間もない頃だったと思う。


 小学校の時は一応学校にスマホを持ってくるのは禁止だったから、教室で誰かがそれを弄っている姿は見かけなかった。

 なのに中学に入るやいなや誰もが教室で、廊下で、登下校で弄りまくっている。

 それを見て僕も欲しくなった。

 

 みんなが持っているから、じゃない。

 スマホがあればひとりでいる口実が出来ると思ったからだ。

 

 特に朝の教室。

 次々とクラスメイトが登校してくる教室で、誰からも挨拶をされず、誰からも相手にされなくても、スマホを弄っていればそこに僕の居場所が出来る。

 小学生の時はスマホじゃなくて本を読んでいたけれど、ギャーギャー騒がしい中で小説を読んでもなかなか頭に入ってこなかった。


 その点でスマホはいい。

 ネットの海に漂う情報のほとんどはどうでもいいことばかりで、小説みたいに集中する必要なんてなく、ただぼんやりと画面を見つめているだけで教室の一部になれた。

 

 やはり文明の利器は素晴らしい。使い方を間違ってる自覚はあるけれども、素晴らしいものは素晴らしい。

 

 なので今日も僕は朝の教室でスマホを弄っていた。


 僕は基本的に朝早くに登校する。

 朝の賑やかな教室に入っていくのが苦手で、だったら誰もいないうちに登校してしまったらいいじゃないかと子供の頃に得た知見によるものだった。


 誰もいない教室は、当然ながら僕しかいないわけだから何もかもが澄み切っている。綺麗な水槽みたいだなと思う。

 その中で僕は教室の片隅でじっとしながら、スマホを弄っている。

 せっかくなのだから大声で叫んでみたり、踊ってみたりしてもいいのだけれど、そんなことはしない。沈没船は沈没船らしく、海底でじっとしているのが似合っているのだ。

 

 朝の陽ざしが差す教室で今日も今日とて沈没船していると、やがて同じクラスの人たちが登校してくる。

 最初はみんな僕と同じように自分の席に座ってスマホを弄っていた。

 でも仲の良い友だちが教室に入ってくると、スマホを机に置いておしゃべりに興じ始める。

 現代科学の結晶といえども、人間同士の他愛のないおしゃべりにはいまだ勝てないらしい。


 いいことだと思う。

 友だちよりスマホを選ぶようなことになったらそれこそ人類の終りは近いだろう。

 

 おしゃべりの花が教室のあちらこちらで咲き始めても、僕は変わらずスマホを弄っている。

 普段はよくニュースを流し見している。世界情勢やら経済やら事件やらスポーツやら。僕にとってどうでもいい情報ならなんでもいい。


 それが今日はちょっと違った。

 自分でもよく分からないけれど、何故か僕はチャットアプリを見ていた。


 クラスの連絡用にスマホを手にした時からアカウントを持っているけれど、普段はほとんど見る機会はない。

 そんなクラスメイト全員のグループに何か書きこまれることなんてほとんどないからだ。

 それが高校に入学してからまだ1ヵ月も経っていないのに、すでに中学での3年間以上に最近はアプリを立ち上げている。


 原因は此花さんだった。

 此花さんが学校だけでは飽き足らず、チャットアプリでも交流を求めてきたのだ。

 

 とは言っても此花さんがメッセージやスタンプを送ってきて、僕は「うん」って返すことが多いのだけれど。


 でも、たまには僕の方から「おはよう」って送ってもいいか。

 

 それは何でもない、ただの気まぐれだった。

 まぁ昨日はカラオケとかふたり乗りとか買い食いとかでなんだかんだで楽しかったし、ちょっと友だちに近づいたような気がするのも背中を押したのだと思う。

 それでも本当になんてことはない、たった4文字しかない朝の挨拶を唐突に送ってみた。

 

 此花さんの返事はすぐに来た。

『なんで!?』とあった。


「おはよう」の返しにする言葉ではないなと画面を見つめながら首を捻る。

 しばらく考えたけれど、答えは出なかった。まぁ、此花さんが登校して来たら改めて訊けばいいだろう。


 ちなみに此花さんは遅刻ギリギリに登校するのが常だった。

 本人曰く「あの、朝は眠くてなかなか調子が出なくてですねっ」とのことで、実際1、2時限目はぼーっとしていることが多い。

 低血圧、なんだろうか。


「なんでっ!?」

 

 そんな低血圧疑惑が浮上している此花さんが、珍しくまだ余裕がある時間に何故か息せき切って教室に入ってきたかと思うと、チャットのメッセージと同じ言葉を勢いよく繰り返してきた。 


「おはよう、此花さん」

「だから、なんでですかっ、高尾君っ!?」

「えっと、ごめん。ちょっと此花さんの反応の意味がよく分からない」

 

 あ、もしかして「NANDE!?」っていうどこか異国の挨拶だろうか? でも挨拶の語尾に「?」なんて付く?

 

「だって、だって、今まで高尾君からメッセージなんて送ってこなかったじゃないですかっ!?」

「え、それで驚いたの?」

「驚きますよっ!」


 普段のこの時間は眠そうにしている目を、これまでとばかりに見開かれて驚かれてしまった。

 何と言うか、僕の方から朝の挨拶メッセージを送っただけでここまでリアクションされると、普段の僕はどれだけ自分から行動しないダメ人間と思われているんだろうってちょっと傷つく。


 ……いや、実際その通りか。


 僕が『ぼっち』なのはその愛想の無さもあるけれど、同時に僕から何もアクションを起こさずにきたのも理由のひとつなんだろう。

 もし僕が誰かに「おはよう」と挨拶したら、そこから友情が生まれたこともあったのかもしれない。

 

 それに気づいただけでも得るものがあったなと小さな収穫に喜びつつ、さて。


 返す返すもスマホは便利だ。

 これさえあれば僕は『ぼっち』でいながら集団の風景に馴染むことが出来る。

 だけどもっと相応しい行動が、とりわけ学校の教室にはあって。

 そして今の僕にはその行動を取る相手が目の前にいたりする。

 

「まぁ、別に何かあったわけじゃないんだけど……」


 僕はみんながそうするように、それまで見ていたスマホを机に置く。

 

「せっかくだから朝のおしゃべりでもしてみようよ、此花さん」


 たまには僕もスマホに依存するんじゃなく抗ってみるとしよう。

 人類の輝かしい勝利に貢献してみようじゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る