第10話:友だちさんぽ
普段なら自転車で3分弱の道のりを、此花さんを乗せて7分ぐらいかけて走り切った。
ほとんど歩いているのと変わらない速度だ。
つまりはそれぐらい道中は事故らないことだけを気に掛けていたわけだけれど、今から思えば他にも注意しなきゃいけないことがあったように思う。
例えば同じクラスの人たちに見られないように、とか。
まぁ、そちらは幸いにも授業が終わってからしばらく経ち、部活が終わるには早すぎるという時間帯も良かったらしい。駅前に着くまでクラスメイトどころか、学生の姿をほとんど見かけなかった。
ただ、たまたますれ違ったミニパトから「こらー、ふたり乗りはダメですよー」とマイク越しに怒られてしまった。
その時はてっきりヘルメットをしてないのがマズいんだなと思っていたけれど、本当は自転車のふたり乗りそのものが法律で禁止されているらしい。
知らなかった。漫画やアニメとかでは普通に見かけるので大丈夫だとばかり思っていたよ。
どうやらこれから青春モノでふたり乗りをしているキャラたちはみんな不良という設定で見る必要が出てきたようだ。
ちなみに僕たちもバリバリのヤンキーだ。ウソだけど。
「さて駅前に着いたわけだけど、どうするの?」
2時間まで無料で停められる自転車置き場で前輪をロックさせると、僕は駅前商店街の入り口に立っている此花さんへと声を掛けた。
夕暮れの商店街、ほどほどに多くの人が行き交う道のど真ん中に仁王立ちしていた小柄な此花さんが、首元で結んだ二つのおさげを揺らして振り返る。
「よし、お店を探しましょう!」
その返事は不良少女というより商談を済ます度に腹ペコな輸入雑貨商のおじさんみたいだなと思いつつ、素直に付き従った。
駅までおよそ200メートルほど続く商店街は、八百屋と魚屋のおじさんによる威勢のいい掛け声バトルが繰り広げられ、焼き鳥屋の鶏肉を炙ったいい匂いが鼻孔を擽るという昔ながらの商店街だった。
シャッター商店街が取り沙汰される昨今、大変喜ばしいことだ。
ただ、その中にあって僕たちが楽しめそうな店は少ない。
子供の頃はゲームセンターもあったんだけど、とっくの昔に潰れて今は小学生向けの学習塾になっている……というのは仮の姿で、実はまだ建物の中では密かにゲームセンターが稼働してたりしてないだろうか?
うん、してないだろうな。
そんな商店街の中ほどで此花さんが立ち止まった。
「高尾君、お肉屋さんがありますよっ!」
「あるね」
「時に高尾君、お肉屋さんの売っているコロッケは美味しいらしいのですが、知ってますか?」
「うん、ここのコロッケは美味しいよ」
お母さんが仕事帰りに時々買ってきてくれる。
本人は晩御飯を作る手間を省く為なんだろうけれど、僕とお父さんに大変好評なのが癪に障るのか、その頻度はさほど多くない。
「本当ですか!? だったら私も確かめないとっ!」
何故確かめる必要があるのかは不明だけど、此花さんはゴクリとその小さな喉を鳴らして肉屋の前に立つ。
中で作業していたおじさんが「へい、らっしゃい!」と大きな声で挨拶してきた。
一瞬、此花さんの身体がビクッと震えたのがなんか可愛かった。
「へい、何にしましょうか、お嬢ちゃん」
「あ、えっと、コロッケを……」
「へい、コロッケ! うちのは美味しいよ! 肉も油も鮮度がいいからねぇ! で、何個いたしましょうか?」
「えっと、ふたつ……あ、やっぱり六個くださいっ!」
「へい、六個! 毎度あり!」
「あ、ふたつは今食べますっ!」
「へいへーい!」
おじさんが四つを大きな袋に、ふたつをそれぞれコンビニのフライドチキンが入っているような小袋に入れて此花さんに手渡す。
代金をきっちりと払い終えた此花さんがどこかホッとした表情で振り返ると、さぁどうだとばかりにひとつを僕に手渡してきた。
「くれるの?」
「はいっ! あの、一緒に食べながら見て回るのって、なんだか友だちっぽいなって!」
学校帰りに友だちと一緒に買い食い……なるほど、確かにそうだ。
ありがとうと受け取って再び商店街を歩きだすと、早速僕たちは揚げたてのコロッケを頬張った。
熱々ホクホクなじゃがいもとジューシーな肉汁と油の風味が口の中いっぱいに広がる。うん、放課後の小腹減りにはこんなのが丁度いいかもしれない。
「あ、見てください、高尾君! 下にキャベツの千切りが入ってますっ!」
隣で僕と同じく顔を綻ばせて食べていた此花さんが、袋の下を覗き込んで興奮気味に小躍りした。
「あ、ホントだ」
「素晴らしいですっ! さっきのおじさん、よく分かってますっ!」
「分かってるって?」
「だってコロッケにキャベツがないと『キャベツはどうした!?』って言いたくなるじゃないですかっ!」
……ちょっと何を言っているのかよく分からない。
「HEYHEYばっかり言ってるから外人さんかなって心配したんですけど、日本人の心を解する人で良かったです」
「いや、確かにヘイヘイ言ってたけど、どっからどう見ても日本人だからね、肉屋のおじさん」
少なくとも僕にはそう見えた。本当のところはどうかは知らない。
袋の中の千切りキャベツも食べ終えた此花さんが、紙を小さく折りたたんでポケットにしまった。
彼女はあまりゴミを捨てない。もちろんポケットに収まらないような嵩張る物はゴミ箱に捨てるけど、今回みたいな小さなものは出来るだけ自分の家に持ち帰るようにしているようだ。
いいことだと思うので、僕も真似してポケットへしまった。
世間にはゴミだったらなんでもいいだろとばかりに、自動販売機の横に設置されているゴミ箱になんでも突っ込む人がいる。あんな人にはなりたくないものだ。
ふたりして食べ終わってしばらく歩くと商店街を抜けた。
予想通りだけどこれと言って立ち止まり、中を覗き込みたくなるようなお店はなかった。
あとは左に曲がるとパチンコ屋や喫茶店、マックを越えたところに駅の北口階段がある。
喫茶店やマックでおしゃべりというパターンが一瞬頭をよぎったけれど、だったらコロッケを買う必要はない。今日のところは除外されるだろう。
と、なると駅に直結した商業ビルを覗いてみる、あたりだろうか。
あそこなら女の子が喜びそうな小物屋さんとか、僕でも時間を潰せる本屋さんがある。学校帰りのわずかな時間で遊ぶには手頃かもしれない。
あるいはこのまま今日のところはお開きでもいいのかも。
自転車のふたり乗りもしたし、買い食いもしたし、此花さんにいたっては家族へのお土産も買えた。
僕たちの初めての郊外活動としては十分すぎる成果と言えるだろう。
うん、そうだな、それがいい。
遊びに行こうと言われた時はどうなるかと思ったけれど、存外に僕たちは上手くやれたんじゃないか。
『はじめてのおつかい』という治安が良い日本ならではの番組があるけれど、今の僕はまさにそのおつかいをやり遂げた小さな子供のように、誇らしげな気持ちだった。
「あ、あれ?」
ところが達成感を得て満足している僕をよそに、何故か此花さんは駅とは逆の方向へ道を曲がった。
「どこへ行くの、此花さん?」
「え? どこへって……?」
「今日はもう帰るんじゃないの?」
「え、でもまだ何も遊んでない、ですよね?」
……どうやら僕はまたしても自分の小さすぎる器で物を考えてしまっていたらしい。
恥ずかしかった。此花さんにとってはまだ遊んでもいないのに、僕はもう満足していたなんて。穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。
僕は此花さんの問いかけに自分でも自覚出来るほど引き攣った笑顔を返すと、小首を傾げながらも歩き始めた彼女の後をとぼとぼと付いて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます