第5話 就職おめでとう
「就職おめでとう。茂登子ならきっと 受かると思ってたよ。」
「合格祝いとかいらないからね。」
「じいちゃんもおばあちゃんも みんないっぱいくれるって言うから。」
「中学と違って高校はバイトできるから嬉しいな。もうだいたい決めてあるんだ。」
「品野にはあまりバイトの募集がないから高校の近くで探そうと思ってる。」
「そうか 時給のいいのがあるといいな。」
「アルバイト雑誌見て探すから大丈夫よ。もう時給の高いところは いくつか見つけてあるんだけど今度下見に行ってみるよ。」
「自分で使えるお金があると色々 便利だからな。」
「すごく楽しみ。」
「先生。高校に合格しちゃうと、何もやることがないんだねえ。」
「そんなにやることがないのか。」
「いいことじゃないか。今まで忙しくしてたぶん、今暇なんだよ。どこにも受かってない連中はまだ受けなきゃなんないんだから大変だよ。」
「これから楽しいことばっかりだぞ、まずバイト探して、新しい部活 選んで、進路の選択もあるしな。新しい友達もいっぱいできるだろうし 楽しいことばっかりだな。」
茂登子は品野を出ておばさん 家にお世話になろうかとも思ったらしいが、おばさんといっても他人に迷惑をかけるわけだし、それはやめにしたらしい。茂登子は張り切っていた。何と言っても自分でお金を稼いで、いろんなことができる それが嬉しかった。それと新しい出会い。クラスメイトや部活の仲間 それも嬉しかった。とにかく 期待に胸がいっぱいだった。
塾に来る最後の日茂登子はバイト先がラーメン屋に決まったから食べに来てねと言っていた。もう営業 かよ 熱心だなと。みんなで笑った。
バイト先で素敵な先輩と出会った茂登子は彼と恋に落ちて 付き合った。彼はとても優しかった。 仕事もよくできたし 仲間の受けも良かった。彼と一緒にいると茂登子はデレデレだった。あんなに綺麗な子が そんな風になるのかな と思ってしまうくらいデレデレでほとんど 酔っ払いのように正体がなかった。茂登子は 実際 初めての恋に酔っていたんだろう、彼女は全くの幸せで全く無防備だった。それは男の彼も同様だった。女性と初めて付き合ってこんなに綺麗な子とデートができるなんて自分は本当に幸せ者だと思っていた。彼もまた正体がないぐらいデレデレだった。そのデレデレな二人が幸せそうに 一緒にいる職場とはどんな感じなんだろう、あまり想像したくはない。アルバイト先のラーメン屋さんも なかなか大変だったんだろうなと思う。アルバイト先で一緒だったからとても幸せだった彼らは仕事先でもこの幸せを続けたいと思うようになっていた。受付嬢だった茂登子はそのまま 職場にいて、彼の方が会社を変わった。そうして2人は同じ職場で働くようになれて2年後には結婚した。なかなか 背が高くて今時のイケメンだった。茂登子は相変わらず デレデレだった。一体何が楽しいのか知らないけれど 2人とも いつもそんな感じだった。幸せというのは人間をあんな風にデレデレにしてしまうのかもしれない。
茂登子が勤めるようになってから 茂登子との関わりはほとんどなくなったが、僕たちは縁があったのだろうか 僕は茂登子に思いもよらない場所で再会した。全く気がつかなかったが振り向いたら横に茂登子がいた。彼女は僕の横でランニングマシンに乗っていた。2人とも驚いた。
「ここよく来るの?」
「時々ね。」
仕事のこと 会社のこと 彼氏の愚痴 などなど
茂登子は 品野の奥にいるとばかり思っていた。まさか 瀬戸のジムで横を走っているとは考えもしなかった。
「見たよ。」
「何を?」
「君たちをさ、水の駅のところの 喫茶店で」
「あーいたね。」
覚えていたらしい。
「かっこいい彼じゃないか。」
「まあね。」
「背も高いし、素敵な彼氏じゃないか」
「別に。」
「幸せな二人っていう感じに見えたけどな。」
「まあね。あの時はね。」
「最近は良くないの?」
「そんなことないよ、仲いいよ。」
「それはおめでとう。」
「先生結婚しないの?」
「そのうちね。」
「そんなこと言ってるとみんなどんどん結婚してっちゃうよ。」
「そうなのか。」
「みんな どんどん結婚して幸せになって」
「俺だけが、一人ぼっち ってか。」
「そうだよ 、本当にそうなっちゃうよ。」
「大丈夫だよ 2人ぐらい ストックしてあるから。」
「誰?ゆきえ。」
まさかゆきえの名前が出るとは思わなかった。
「ゆきえちゃん、どうしてる今。」
「知らないわよ最近会ってないもん。」
「昔はいつも一緒にいたじゃないか。」
「ゆきえもモテるから楽しくやってるんじゃない。」
「冷たいんだな あんなに仲良かったのに。」
「だってもう一緒じゃないもん。」
「ゆきえ付き合ってる人いるみたいだから、結婚するんじゃないの。」
「そっか。」
可愛い子たちから売れて行く美人は売れるのも早いんだろうな。
そうでなければ 次から次へ来る申し込み 迷っているうちにいい年になってしまうかのどっちかなんだろうな。確かに他の子たちを見ても美人は早く結婚するみたいだ。いつまでも残っているのは結局…。
「誘わないでね。」
「なんだよ。」
茂登子は左手に嵌められた指輪を見せた。
「誘いませんよ 人妻様は。」
あきちゃんには誘われたな。彼女は人妻のベテランだけど、まァ人によるか。みんながみんな 遊び慣れてるわけじゃないし、ほとんどの人は真面目に人妻やってるんだ。僕はどういうわけか 人妻には全く興味が持てなかった。もう人の物と決まっている相手には触手が動かないというかその気にはなれなかった。はっきりした相手がいるなら、その人のところに戻ればいいじゃないかと思ってしまう。こっちは一人なんだ。孤独と引き換えに1人でやってるんだ。ぬくぬくしたいやつは家に帰れ。覚悟があるか、引き換えるものがないやつがお楽しみなんか求めるんじゃない。お楽しみを求めるならそれなりの代償を払ってもらいたいものだと思ってしまう。
「先生結婚しようと思ったことないの?」
「あるよ。」
「じゃ何でしなかったの?」
「色々あるでしょ。」
「3人ぐらいに申し込まれてたんで。すぐには決められなかった。」
「嘘ばっかり、そんなにもてるわけないもん。」
「あたり。本当は、茂登子に夢中だったんで 他の人が目に入らなかった。」
「また嘘。本当はどうして結婚しないのよ?」
「1人が気楽だからかなァ。」
「ふーん。」
「ま、子供でもできたら結婚するだろうけど。」
「できなかったらずっと一人でいるって事。」
「そうかもな。」
「子供ってそんなに大事?」
「それは大事だよ。家族ができるんだから。子供ってまだなの?」
「まだョ。」
「催促されない?」
「されません。」
「おじいちゃんもおばあちゃんも楽しみにしてると思うよ。」
「おばあちゃんが言ってたっけなぁ。」
「言われてるじゃないか?旦那も楽しみにしてると思うよ。」
「みんな言わないようにしてるだけで 本当は心待ちにしてると思うよ。」
「そうなのかな。」
「そうだって。」
「親はみんなそうだ。」
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