第4話 三つ子×お仕事(弐)

はじめまして、わたしは光井双未、探偵です。

わたしはお姉ちゃんみたいに事務所を持ってるわけではないので、普段は留守番してます。かっこよく言えば在宅ワークです。

朝起きたら、助手の南都留みなみつる眞那まことなちゃんに依頼があるか確認します。

……探偵よりキラキラネームの助手も珍しいです。


ー依頼編

「まことなちゃん、おはよー」

「おはようございます、光井さん」

いつもの眞那ちゃんの声です。

「依頼来てるー?」

「一件あります。浮気調査ですね。時間指定はありません」

うちの主な依頼は浮気調査です。私は日本探偵協会に所属しているから、協会を経由して依頼をもらいます。逆に、一般から依頼をもらった時は上に渡して、向いてる人に流してもらうのです。

「ん、わかったよー。10時くらいに、パソコン繋ぐ感じでいい?」

「はい、問題ありません。それでは」

そう言って眞那ちゃんは電話を切りました。

私は布団を片付けて、空いたスペースにちっちゃい机を移動させました。一旦台所に出て、冷蔵庫から余ってたヨーグルト(1話目でお姉ちゃんが買ったものです)を出します。はちみつをかけて、5分くらいで食べ終わって、流しでみんなの分のお皿を洗います。朝のお皿洗いは私の担当です。洗い終わったら部屋に戻って、パソコンを立ち上げ、会議アプリを立ち上げます。現在、時刻は9時40分です。

少し時間があるので、台所に戻り、紅茶を淹れてまた部屋に戻りました。いい時間だったので、会議コードを入力して、ミーティングが始まるのを待ちます。

ミーティングが始まります。

「今回の依頼人は?」

中川なかがわあい、47歳。夫の中川なかがわ貞治さだはるへの浮気調査を依頼しています』

「浮気調査を依頼した理由わけは?」

『中川貞治のスーツに甘い匂いを確認したそう。目的の不明な、一時間以上の外出があったそうです』

それだけだと断定はできません。

「アポイントメントは取っている?」

『明後日の午前です』


  ー


明後日、午前9時。

「うわー、高層ビルだぁー!」

「何階建てですかね、これ」

依頼人は高層ビル、もとい高層マンションの上の方に住んでるらしいです。

「これ、地震とかあったときどうやって避難するんだろーね」

「停電とか、エレベーターの点検も嫌ですね」

コレを登り切る自信は全くありません。

「……なかに入りませんか?」

「そうだね、風邪ひいても嫌だし」

玄関の自動ドアを潜ると、インターホンのような機械がありました。中川さんの部屋番号を押して、しばらくすると繋がりました。

「中川さん?光井です」

「あぁ、探偵さんの…」

「はい、その光井です」

「どうぞ」

しばらくして、ウィーンと機械音を立てて自動ドアが開きました。

「行きましょうか」

「そうだね。…出陣だね」


  ー


わたし達が通されたのは、廊下の突き当りの、キッチンとダイニングとリビングが合体したような部屋でした。部屋の隅にある棚の上には中川夫妻の写真が飾られています。愛さんはちょっと神経質そうで、問題の貞治さんは、昔はスポーツマンだったようですが、今となっては見る影もありません。

もっとも、ダイニングテーブルは書類や白黒写真で溢れて、使えなさそうでしたが。部屋に入って、紅茶とお茶菓子を出してもらいました。わたしは紅茶を手に取りましたが、眞那ちゃんはそわそわしていました。

毒が入ってないのは確認済みなのに。

「愛さんの分は無いんですか?」

「ちょっ、光井さん、失礼ですよ」

眞那ちゃんは私をたしなめました。わかってるもん。

「ああ、いえ、食欲とか、ないので…」

「ああもう、なんで依頼人に肩身の狭い思いをさせるんですか!」

眞那ちゃん、それも失礼だよ。人の事言えないと思います。

ほら、愛さん別の部屋にいっちゃった。

「これ、見てください」

帰るわけもなく、居間で落ち着いていると、愛さんがいそいそと何かを持ってきました。

「スーツ、ですね」

それは、紺色の背広でした。ほんのりとお香のような匂いがします。どこか覚えのあるような、ないような。

「うちでも、夫の会社でも、こんな匂いがつくはずないんです…!」

「ちなみに、外出した時間帯と、帰ってくるまでの時間は覚えていますか?」

「はい…、大体2時間ほどでした」

なるほどなるほど、です。なんとなく、不倫以外の可能性が見えてきました。それを確認するために、わたしはとある番号に電話をかけました。



ー解決編

「まず、単刀直入に言いますが、貞治さんは不倫してないです」

「え?でも…」

愛さんが困惑したようにこちらを見ます。それに応じて、わたしは自信満々に答えます。

「愛さん、あなたは妊娠してますよね?」

「…はい、そうですけど」

今度は眞那ちゃんが戸惑ったように愛さんを見ます。

「多分、貞治さんは、子供の名付けの相談に行ったんだと思います。運勢などを視るプロに」

貞治さんが行ったのは、なんとびっくり、『心霊相談所すみれ』でした。お姉ちゃんが一番偉いので、これはちょっと悪いことですが、貞治さんの情報を横長してくれました。姓名背格好ともに似た特徴だったので、十中八九間違いないでしょう。

「スーツの匂いは、この近くの心霊相談所で使われているお香のものでした」

お姉ちゃん曰く、『それっぽい場所にそれっぽいお香があるとプラシーボ効果かなにかで効きが強くなるの。…あ、もちろん鎮静の意味もあるけどね!』とのことです。

「また、件の相談所はここから近いとはいえ、徒歩ではそれなりに時間がかかります。おそらく、運動不足の解消も兼ねて、通っていたのではないでしょうか。これはあくまで推測なので、今後数日は調査させていただきますが、ほぼ間違いないでしょう」

愛さんは、そうとうびっくりしたのでしょう、茫然自失といったかんじでしたが、

「でも…、それなら何故言ってくれなかったのでしょう」

「調査後にご自分でお聞きください。私にはわかりかねます」

あとはお二人で勝手にやっておいてほしいものです。


  ー


後日、調査結果を渡しに、再度高層マンションを訪れました。

「こちらが調査結果です」

眞那ちゃんが愛さんに資料を手渡します。

「そう…。やっぱり光井さんの言う通りだったのね」

やはり、貞治さんはお姉ちゃんのところに通っていました。

「今回は、浮気調査のご依頼でしたので、私どもが調査致しましたところ、調査期間内に該当行為は見られませんでした」

「ということなので、完全にシロとは言いませんが、あとはお二人でどうにかしてください」

「代金はピーーーー円になります」

こうして、中川夫妻の騒動は終わった。


  ー


「っていうか、前から思ってたんけどー」

マンションから帰ったあと、わたしはお姉ちゃんに詰め寄りました。

「男性客も来るのに、スタッフが女性だけってどうなの?」

「え? 双未のとこもそうじゃない」

「うちはいいの!」

お姉ちゃんは、何かを言おうか言うまいか迷っているような表情をして、ため息を吐きました。

「これは企業秘密なんだけどね」

そう前置きして、お姉ちゃんは話し始めました。

「ほら、この前電話で訊いてた例のお香、あれ、実は鎮静効果がかなり強いの」

「え?」

「だから、荒ぶっているお客も落ち着くほどの、超強力なものなの。ほんの少しでそれほどまでの効果があるほどの、ね。まあ私は耐性がついちゃったけど」

「…え、それって法的に大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないよ。だから双未も黙っててくれない?」

お姉ちゃんはそれから、お願い、と言いました。

「……ずるいよ、お姉ちゃん」

「えっ!? なんで!?」


…だって、お姉ちゃんにお願いされたら、わたし、断れないのに。

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