第2話 三つ子×お仕事(壱)

私達の仕事は結構珍しい。


  ・


私の仕事場は家から徒歩十分くらいの奥まった場所の雑居ビルの地下にある。片方にしかギザギザ部分がない鍵を階下のドアのドアノブに差し込み、ドアを開けると、更に引き戸が現れる。上から垂れ下がったカーテン状の飾り紐の手前にある看板には、「心霊相談所・すみれ」のひたすら怪しい文字がある。私はここで霊媒師をしているのだ。

もともと広くない部屋で、奥の半分は従業員用のスペースで、ロッカーや仮眠用のベッドがある。前半分が接客用というか、相談所になっている。相談所には占い道具や呪具で溢れかえっているから、どうしても狭い印象になってしまう。しかし、狭さがよりを演出している。従業員は私を含めて総勢3人で、金沢かなざわ六花りっかちゃんと菫だ。菫は私の守護霊で、喋れないけど、人形ヒトガタに入ることでかなり人っぽくなる。あくまで人っぽく、なので明らかに変な人に見える。でも、警戒対象の六花ちゃんは私の占い等をよく当たるなぁ、とか菫さん不思議ちゃんタイプなんだぁ、くらいにしか思っていない。ある意味安全。

店開きは朝の8時前に始める。色とりどりのタイルをはめ込んだ木製の机と、揃いの椅子に細々とした道具をセットして、卓上にあるアラベスク柄の置電話の留守電設定を切る。階段下のドアをドアストッパーで留めて、看板を表のイーゼルに立てかけたら準備完了だ。

お客さんは1日に数人来たら良いほうで、ほとんどの場合、六花ちゃんと菫とお茶を飲みながら怪談話をして終わる。でも、今日は開店直後に親子らしい男女一組のお客がやってきた。

「ご相談内容は何でしょうか?」

「最近、嫌なことが続いていて…」

男性のほうが前のめりに話しはじめたけと、何があったかは大体わかる。

「嫌なことが続いているのはお嬢さんのほうでしょう、あなたではなく。ずっと肩に重みを感じる、耳元で声が聞こえる、特に右側…ですよね?」

女の子が驚いたように後退る。

「なんで…、何でわかったんですか?」

何でかといったら答えは簡単だ。視えるからだ。フランス人形サイズの黄色い蛙みたいなもの。顔が人間で、まるで女の面を被ってるみたいだ。それは、「だいすき、だいすき、ずっといっしょだよぉぉ」と言っている。

「黄色い蛙に心当たりは?」

「…え?」

男性が答えた。

「…恐らく、爬虫類館のモウドクフキヤガエルではないでしょうか」

「お嬢さんはその蛙に何か思い入れが?」

「ガラス越しだったけど、フキちゃんといっぱいお話したんです…。」

なるほどなるほど、多分、蛙は死んでいるんだろう。それで、1番覚えていた女の子についていったのだろう。それにしても、この顔は一体何だろう。普通、動物の霊に人の顔があることはほぼない。と、菫が服の袖を引っ張った。

「菫、何かわかるの?」

菫は棚から筆ペンと紙を出して、さらさらと「蛙と女は別物」と書いた。更に、「女はよくないもの」とも書いた。

「ああ、なるほど…。」

つまり、もともと蛙しかくっついていなかったけど、そこに何らかの原因で女が加わったってことか。確かに、蛙が喋るとも重いとも思えない。こういう時は、まず引き剥がした方がいい。

「ゴム手袋ある?」

「ありますよー」

直接触るのは避けたほうがいいので、ゴム手袋をはめる。遮断されていると認識するのが大事なのだ。

まず蛙を掴んで、面のようになっている部分を、縁に指先を捩じ込むようにして、ピスタチオの殻を剥くときみたいに、ぐっと力を込める。意外としぶといので、更に面が外れるイメージをすると、するっと取れた。ちょっとピスタチオが食べたくなっていると、すかさず菫が壺を持ってきて、その中に面を入れる。蓋を閉めて除霊完了。

「これでどうですか?」

「…ホントだ!肩が軽くなってる!」

親子はその後ちゃんとお代を払って帰っていった。


  ・


「瞳見さん、菫先輩…は喋んないか。あの壺って何なんですか?」

「あれのこと?魔封じの壺って言ってね、骨董市で見つけた。まだ効力が残っていてね、使い捨てじゃないから便利。」

六花ちゃんは分かったような、分かってないような顔をした。

「つまり、あの女の子に何かしらが憑いていて、それが、いまこの中にある…ってことですか?」

「大体そういうこと」

途端に六花ちゃんがものすごく嫌そうな目で壺を見始めたので、

「大丈夫、蓋が閉まってる時は封印されてるから」

と言ってみた。

「使い捨てじゃないんですか?」

「そそ、今まで封じてきたのが全部この中にあるってわけ」

しかも逆さまにして振るくらいしないと中身は出ないから、うっかり壺を倒しても大丈夫だし、便利。


結局その後お客さんは来なかった。


ずっとだらだら喋ってたけど、さすがに19時に店じまいをして、帰りにピスタチオを買って帰った。


「お姉ちゃんっ!それピスタチオ?」

「…えっ、うん、そうだけど」

「テレビで何かやると思うから、おうち映画見ながら3人で食べようよ」

…その日はホラー映画で、ピスタチオの殻を割る音にいちいちびっくりした。

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