逃げた先に待つもの



■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:死にたがりのラート


「待ってくれ……! 待ってくれぇっ……!」


 フェルグスは流体甲冑で走り去った。


 ロッカとグローニャも、車に乗せられて基地の方に行ってしまった。


 星屑隊の皆で追いすがったが、解放軍の兵士達に止められた。


 銃は突きつけられなかったものの、解放軍の兵士に止められた。力尽くで止められているうちに、子供達の姿は見えなくなった。


「ドライバ大尉、アンタ正気なのか!? アイツらは、まだ子供なんだぞ!?」


 レンズがドライバに駆け寄っていく。


 その歩みも解放軍の兵士に止められる。レンズは怒り顔で突き進もうとしたが、兵士3人がかりで無理矢理止められた。


「子供を戦わせるなんて……解放軍がやっている事は、交国と何が違うんだよ!」


「そんな事もわからないなんて、キミはバカだなぁ~」


「なんだとッ……!!」


「彼らは志願兵だよ? 未だに決心できずにいるキミ達と違って、あの子達はとても勇敢だ。彼らは家族のために、ネウロンのために解放軍に入ったんだ」


 ドライバは涼しい顔で笑っている。


 兵士達に守られながら、上機嫌で喋っている。


「志願兵のわけねえだろッ! テメエ……オレ達からガキ共を引き離して、適当なことを吹き込んで扇動しただけだろ!?」


「ふふっ……」


「弱っているアイツらに『復讐しなさい』とか囁いて、無理矢理その気にさせただけだろ!? テメエは最低のクズだっ……!!」


「あのさぁ……。さすがにねぇ、酷いよねぇ?」


 ドライバが片手をスッとあげると、再びレンズに銃口が向けられた。


 今度はフェルグスはいない。俺達は素手で反抗するしかない。


 銃口に囲まれ、悔しげな顔をしているレンズに対し、星屑隊隊員みんなが叫んでいる。レンズや解放軍兵士に向け、「やめろ」と叫んでいる。


「撃つな撃つな! 殺すな!!」


繊一号このまちには、巫術師もいるんだぞ!?」


 いま、誰かが死んだらアイツらが傷つく。


 鎮痛剤も無しに死を感じ取ったら、マズい。


「いいよ。撃てよ」


「レンズ! 挑発するのはやめなっ!」


 整備長がレンズの前に飛び出し、兵士の銃口を遮ったが――レンズは整備長を押しのけ、銃口に全身を晒した。


「オレを殺したきゃ殺せ。……それでガキ共の目も覚めるだろうよ」


「キミ如きで、彼らは止まらないよ」


「……アイツらは、お前らが思ってるより賢い。オレ1人の命で学んでくれるさ」


 レンズがそう言うと、ドライバはやっと表情を変えた。


 面白くなさそうにしつつ、舌打ちをして手を下ろした。


「キミ如きで止まらないよ。けど、下手に波風を立てるのはよくないよねぇ」


「部下の背に隠れるしか能のねえ臆病者が。こんなのが少将――」


 レンズの身体がよろけた。


 解放軍の兵士に殴られ、よろけ、さらに追撃の蹴りが入った。


「レンズ……!」


「でも、これぐらいはしないとね! 鉄拳制裁というヤツだ」


 ドライバが軽くアゴを動かしただけで、解放軍の兵士達が動いた。


 レンズは瞬く間にタコ殴りにされ、地面に倒れたまま動かなくなった。軽く呻いている。生きているが……オークでもあそこまで殴られたら……。


「彼らは勇敢な戦士だ。年齢なんて関係無い。巫術という才能もある」


 ドライバは再び笑顔を取り戻し、俺達を見ながら言葉を続けた。


 倒れたレンズがキャスター先生に介抱される中、演説するように喋りだした。


「それに比べて、キミ達はどうだ! アラシアの好意に甘えて、捕虜としてウダウダと時間を潰すだけ。キミ達が縮こまっているうちに、子供達はドンドン先に行くぞ! どんどん戦場に向かっていくぞ!!」


「っ…………」


「あの子達も、我々も、戦う以外の道は無いんだよ」


 ドライバは俺達1人1人の顔を見てきた。


 ゆったりと歩きつつ、距離を詰めながら見てきた。


「キミ達も真実を知った。交国はキミ達の存在も許さないだろう。キミ達も……解放軍の兵士として見做みなされるよ。キミ達がどう振る舞ってもね」


「…………」


「キミ達が交国軍人として受け入れられることは、もう二度とない。解放軍に参加してなかろうと、反逆者一味と決めつけられ、殺される」


「…………」


「それが嫌なら解放軍に参加したまえ! 戦うしかないんだよ~?」


「ふざっ…………けんなッ……!」


 レンズはまだ動く。


 血の混じったツバを吐き、地面からドライバを見上げた。


 ……縮こまっている俺と違って、まだ……折れずにいる。


「テメエらの都合を、オレらに押しつけるな……!」


「スアルタウ少年の死から、目をそらす気かい? オークの現状だけではなく、あの子の死からも目をそらすつもりかい!?」


「そんなことは――」


「彼が死んだのは、キミ達の所為だよ!?」


「――――」


「スアルタウ少年が死んだのは、キミ達が逃げ出したからだ! 戦わずに逃げた臆病者のキミ達の判断によって、彼は殺されたんだ!」


 解放軍の幹部は笑みを消し、言葉を続けた。


「せめて、バフォメット殿に任せておけば良かったんだ!」


 バフォメットは巫術師を扇動していた。


 解放軍と同じく、巫術師を扇動していた。


 けど……ヤツに子供達を預けておけば……あんな事にはならなかったかもしれない。子供達を守ってくれたかもしれない。……戦力として確保するために。


 奴に預ければ……繊一号脱出後、交国軍に襲われずに済んだかもしれない。


 俺が……何の力もないのに、助け出さなきゃ……。


 アルは死なず、フェルグスも……あんな身体に――。


「キミ達が余計なことをしたから、あの子は死んだんだ!」


「そんな、わけ――――」


 立ち上がろうとしたレンズが、再び蹴られた。


 キャスター先生が覆い被さって庇ったが、先生も耐えきれずに倒れた。


「ラート君! キミはその悲劇を間近で見ただろう!? キミは、彼らより大人のくせに悲劇を止められなかった! 無責任に助け出すことしか出来なかった!」


「ぅ…………」


「キミが、一番悪い」


「ぉ……おれは…………」


 助けたかったんだ。


 守りたかったんだ。


 あの時は、あれが……最善の判断だって、思って……。


 皆で、乗り越えられるって――。


「キミ達は罪を犯した。その贖罪がしたいなら、解放軍に入れ」


「…………」


「逃走しても……逃げても、全て失うだけだ。交国と戦いなさい」


「…………」


「我々には、闘争しかないんだ」




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:整備長のスパナ


「では、僕はこれで失礼するよ」


 ドライバ大尉は好き勝手言って去っていった。


 去り際、含みのある視線であたしを見てきた。


「…………」


 ドライバ大尉が去ると、解放軍の兵士も続いて去って行った。


 あたし達と、あたし達を見張る兵士だけが残された。


 その見張りに含まれている副長チェーンに視線を送る。


 送ったものの、チェーンは気まずそうに視線を逸らすだけだった。




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:解放軍幹部・ドライバ少将


「やあ! キミの部下達と会って来たよ!」


 告別式をテキトーに終え、基地の牢屋に寄り道する。


 檻の中には座禅を組んでいるオークがいる。


 泰然としたフリをしている。……強情なことだ。


「巫術師はもう完全に解放軍の仲間だ。キミの部下達も全員……そろそろ折れるだろうね。いや、現実を見据え始める……と言うべきかな?」


「…………」


「部下達を見習って、キミも現実と戦うべきだ。サイラス・ネジ中尉」


 檻の中のオークが目を開いた。


 開いたが、僕のことは見ていない。不遜だねぇ。気に入らないなぁ……。


 自分の立場をわかっていない馬鹿は、これだから……。


「あのねぇ、僕は親切心で助言しているんだよ? キミだって僕らと同じオークじゃないか。痛みも味もわからずとも、脳は動いているだろう?」


「…………」


「主に義理立てせず、解放軍に加入しなよ」


「あなたの求めには、既に応じた。断ったのはそちらだ」


 ようやく口を開いた。


 そうそう、そうやって素直に応じればいいんだよ。


 けど、口だけじゃあダメだ。


「断りもするさ。キミは……カッコだけ解放軍について、後で裏切るつもりだろう? キチンと裏切ってくれないと困るんだよなぁ」


「…………」


「僕もね、こんなことはしたくないよ! けど、キミの立場上、仕方ないだろ?」


 サイラス・ネジと名乗るオーク。


 僕は、コイツの「正体」を知っている。


 解放軍には独自の情報網があるからね。コイツの正体を聞いた時は……さすがに驚いた。けど、まあ、確かに「それっぽい」けどさ。


「キミだって自覚しているはずだ。キミの立場を……正体を知れば、星屑隊の部下達も良い顔はしないだろう。軽蔑される立場にいる自覚、あるのかい?」


「…………」


「試しに、アラシア以外にもバラしてあげよっか?」


「好きにしてくれ、ドライバ大尉・・


 檻の中のオークが、冷ややかな目つきで僕を見つめてきた。


 そして、「あなたは何もわかっていない」と呟いた。


「わかっているさ。キミの本来の役目は、『星屑隊の隊長』じゃない」


「…………」


「キミの本来の役目は、王女の監視・・・・・だ」


 星屑隊の隊長。その立場は偽り。


 実際、隊長を務めているけど……それはあくまで偽装用。


 コイツは、犬のように嗅ぎ回るのが本業だ。


「交国軍事委員会・二課の憲兵・・。それがキミの正体だ!」


「…………」


「普通の交国軍人のフリをして、王女の傍で監視業務を行う……。必要に応じて仲間の交国軍人も売る。……そんな輩、簡単には信用できないよぉ」


 サイラス・ネジは何も言わない。


 黙ったまま、再び目を閉じた。


 相変わらず、自分の立場がわかっていないようだね。


 憲兵の立場なんて、この状況になったら……何の役にも立たない。


 それを、身体に教えてあげなきゃいけないようだ。


 まあ……キミがどれだけ本心で寝返ろうとしたとこで、助けてあげないけどね。


 憲兵を仲間にするのは、さすがにリスクが高すぎる。


 僕らと同じオークとはいえ、寝返ったフリを解放軍の内部情報を集め、古巣に戻る可能性がある。疑わしきは罰しないと。


 アラシアには悪いが……脅して情報を引き出したら、適当なところで楽にしてあげるよ。これもオークみんなのためだ。仕方ないよねぇ?




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