復讐者:フェルグス



■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:ロッカ


「ろ、ロッカ……。本気で交国と戦うつもり、なのか?」


「本気だよ。つーか……それしかないじゃん」


 駆け寄ってきたバレットに言葉を返す。


 交国はウソつきだ。……前から「良い国」とは思ってなかったけど、それでも戦い続けていればいつか……何とかなると思っていた。


 いつかオレ達全員、地獄バッカスに落ちるとしても……全てのタルタリカを弔ったら、ネウロンは救われると思っていた。


 その後は交国で勉強して……いつか、バレットみたいになれたら……と思っていた。勉強は無理でも、交国軍に入るのも良いと思っていた。


 ただの夢だったんだ。


 夢はいつか終わる。……それが、思っていたよりずっと早く来ただけだ。


 交国はウソつきだ。それも……とんでもないウソつきだ。そんなやつの言いなりになって戦い続けても……何にもならない。


 それが直ぐにわかっただけ、まだ……マシだったのかもな。


「オレは……グローニャとフェルグスだけ、戦わせたくない」


「でもっ……!」


「もう決めたんだ」


 オレはグローニャみたいに家族の死亡記録を見せられたわけじゃない。


 アニキの手紙は偽物だったけど、アニキはまだ生きているかもしれない・・・・・・。バフォメットも、オレのアニキの生死はわからなかったらしい。


 解放軍の人は……「亡くなっている可能性が高い」なんて言ってた。それはオレを上手く戦わせるための言葉だったと思う。オレ達を利用したいんだと思う。


 けど、まあ……解放軍の方が交国よりマシだ。


 けど、オレはまだ……マシな方だ。皆よりマシな方だ。


「家族のためにも戦うよ」


 アニキはまだ生きている……かもしれない。


 誰も死体を見ていないんだ。……いま、解放軍の人もアニキを探してくれている。ネウロンにいるなら、直ぐに見つかるはずだって言っている。


 アニキが生きているとしたら、守らないと。


 父さんと母さんがオレの所為で死んで……アニキのために出来る事って、もう、アニキとネウロンを守る事しかないんだ。


 だからオレは家族と仲間のために戦う。


 グローニャみたいなチビでさえ戦うんだ。オレだけ逃げられない。


 フェルグスも心配だ。……アルが死んで、フェルグスは壊れちまった。自分の手足を切り落とすほど思い詰めている。


 オレはフェルグスみたいに手足をどうこうする覚悟はない。けど……それでも、星屑隊で教わった戦い方とか、活かせると思うし……。


「もう解放軍に参加したから。止めても――」


「お、お前の家族も、ぜったい、そんなこと望んでない」


「…………」


「家族が生きていたら、ぜったいに反対するぞ!?」


 そんなの、他人バレットにはわからないだろ。


 そう思ったけど、言わない。言えるかよ、バレットにそんな事。


 バレットはオレのこと、心配してくれているだけだ。……そういうヤツなんだ。


「お前はまだ子供なんだ。こ、こんなの……ぜったいダメだ!」


「……ありがとな、バレット」


 オレの肩に添えられたバレットの手を、ゆっくり押しのける。


 震えている。解放軍の兵士が銃を構えようとしているのに気づいて震えている。


「バレットを撃つなら、アンタらのことも許さねえから」


 解放軍の兵士を睨んでおく。そこまでやったら、アンタらも敵だ。


 敵は倒す。倒さなきゃいけないんだ。


 倒さなきゃ……バレットのことも守れない。


 バレットもかわいそうだ。オレは……オレの所為で親を失って、アニキに嫌われた。けど……バレットは何もやらかしてない。


 それなのに家族を失った。……最初から存在しなかった。


 オレ以上に苦しんでいるのに、まだオレ達の心配する余裕がある。バレットはホント……良いヤツだよ。


 良いヤツだけど、戦うのが怖い。


 戦えない。


 だからこそ、オレが守る。


 オレが交国を何とかして……バレットも救ってやらなきゃ。


「アンタはもう戦わなくていい。オレ達が戦う」


「な、なに……言って……」


 オレが守るよ。アンタのことも。


 アンタがもう、戦わずに済むように。……怖がらずに済むように。


 そのためには……交国を潰すしかない。


 それ以外、オレ達が生き残る道はない。




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:狙撃手のレンズ


「お前ら……バカか!? ガキが戦争とか、復讐とか、考えなくていいんだよ!」


 グローニャ達の言っていることが無茶苦茶で、頭がおかしくなりそうだった。


 けど、止めないと。


 呆けている場合じゃない。


「よりにもよって解放軍に入るとか……バカなこと言うな! そいつらは……お前らのことを利用しようとしてるだけ――」


 銃口がオレに向けられる。


 解放軍の兵士達が動き、ジャキジャキと銃口が向けてきたが――。


『殺す気なら殺すぞ』


「…………!?」


 フェルグスが動いた。


 流体甲冑の一部を針のように伸ばし、解放軍兵士の顔に突きつけていた。


『銃を下げろよ』


 この場の誰より速かった。


 見開かれた眼球に流体の針を突きつけられた兵士達も、さすがに狼狽えながら銃を下ろした。その光景を見つつ、グローニャも無言で怒っている。


 両手両足を切り落としたフェルグスと違い、グローニャとロッカは無事に見える。……少なくとも身体は無事に見える。


 けど、解放軍に入るなんて……心が無事じゃない証拠だ。


 繊一号の騒動中、羊飼いに見せられたものがショックなのはわかる。わかるが……解放軍なんて泥船に乗り込むなんて……!


「お前ら、頼むから考え直してくれ! お前らが戦う必要なんてないんだ!」


「「『…………』」」


「お前ら、まだガキだろ!? 解放軍のためとか、ネウロンのためとか……考えなくていいんだ! 自分の命を大事に――」


「ぐ、グローニャ……家族のために戦うんだもんっ……!」


 グローニャが全身を強ばらせたまま、オレを見上げてくる。


 オレの作ったぬいぐるみを、ギュッと抱きしめたまま――。


「お前っ……! でもっ、それは……」


「家族、みんな……交国に殺されたから……! ふくしゅーするのっ!」


「本当に殺されているなら、もう、戦う意味なんて――」


「意味あるもんっ!!」


 グローニャが大声を出してきた。


 手に一層力を込めつつ、涙声で叫んできた。


「殺されたから、いないから……! 戦うのっ! パパと、ママと、じいじとばーばのために……ふくしゅーするのっ!」


「お前、意味わかって言ってんのか!? 復讐って――」


「わかるもんっ! グローニャ、そこまでバカじゃないもんっ!!」


「っ…………」


「グローニャ、できること……もう、それだけしか無いでしょ?」


 グローニャが少しだけ笑顔を見せた。


 けど、瞳が潤んでいるし、唇も震えている。


 復讐以外にも出来ることはある。絶対、そうだ。


 そう思っても、具体的に言葉は出てこなかった。


「もう、帰るおウチも……ギュッてしてくれる家族も……だれも……誰も、いないもんっ……。だから、ふくしゅー……するの」


「ば…………バカなこと、言ってんじゃ……」


 バカじゃない。


 グローニャは、グローニャなりに考えたんだ。


 筋道は通っている。納得したくないが、理解はできる。


 けど、それでも……コイツが戦うのは、ダメだ!


 そう思いながらグローニャに手を伸ばしたが、ロッカが割り込んできた。……流体甲冑を着込んだフェルグスも、オレの方を見ている。


「グローニャもオレ達も、自分なりに考えて決めたんだ」


「お前らは……間違ってる」


「けど、他に道は無いだろ」


「…………」


「オレ達には、この道しかないんだ。交国は確かに強い。強いけど、悪いやつだ」


「交国やっつけなきゃ、みんな、幸せになれないのっ!」


「…………」


 なんて言えばいい。


 こんなガキ共が、復讐目的で戦っていいはずがない。


 ないけど……でも……こうなったのは、交国おれたちの所為だ。


 オレは……どうしたら……。




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:復讐者・フェルグス


『オレ達は復讐のために戦う。解放軍の兵士として戦って、交国を滅ぼす』


 そのために、オレは手足を捨てた。


 ガキのままじゃ勝てない。大人相手でも勝てる武器が必要なんだ。


 リハビリしたら脚が動く? そんなことやる暇、あるわけねえだろ。


 動くようになったところで、所詮はネウロン人のショボい手足なんだ。


 オレはいらねえ。戦闘の役に立たない身体なんていらねえ。


 グローニャとロッカは、今のままでいい。……コイツらの分もオレが戦う。


『オレがアルのために出来ることは、もう、復讐しかないんだ』


 アルは死んだ。もういない。


 オレの影から出て行って、1人で戦えるようになった。


 1人じゃダメなオレを支えてくれていた。背中を任せる事ができた。


 そんなアルは、もういない。……もう二度と、アイツの笑顔は見られない。


 解放軍の幹部ドライバも言ってた。オレ達には他の選択肢がないんだ。選べる道が復讐これしか無い以上、覚悟を決める必要がある。


 半端じゃダメだ。


 半端な強さじゃ、交国に勝てない。


 勝つために捨てられるモノがあるなら、捨てるべきなんだ。


『けど、これはオレ達ネウロンの復讐だ』


 ラート達はずっと、オレ達を守ってくれていた。


 オレ達がまだガキだから、気遣ってくれていた。……バカなオレはそれを理解せず、散々恩知らずなことやってたけど……今は違う。


 今なら、コイツらのためにも戦える。


 解放軍の幹部も約束してくれた。オレが全身改造ぜんりょくで戦えば星屑隊は戦う必要ないって。星屑隊の分も、オレが戦えるって。


 とりあえず両手両足。そのうち、他も機械化する。


 ああ、いっそのこと、機兵に身体を埋め込むのもいいよなぁ!


 そしたら1秒も休まず戦えるかも! そのうち、魂だけで生きていけるかも! そしたらオレはもう最強だ! 機兵から機兵に乗り移って無限に戦える!


 交国には機兵がたくさんあるから、身体には困らねえぞ!


『ラート達は休んでてくれ。星屑隊は、足手まといだ』


 機兵とヤドリギさえあれば、オレ達の方が強い。


 ……一緒に戦ってくれた方が心強い。


 でも、もう、戦わせたくないよ……。


 コイツら、生まれた時からずっと騙されてきたんだ。


 オレ達より、ずっと長い間、苦しんでいたんだ。苦しんでいる自覚すらなく……ずっと、機械の部品みたいにこき使われてきたんだ。


 もう休んでいいよ、お前らは。


 ヴィオラ姉と一緒に休んでてくれ。


 その分、オレが戦う。


『アンタらのこと、今度はオレが守る。……だから信じてくれ』


「ダメだ」


『……ラート』


「そ…………そんなの……ぜったい、ダメだっ」


 ラートがヨタヨタと近づいてきた。


 けど、転んだ。


 すかさず流体の手を伸ばして支える。


 ラートの身体……ボロボロになってる。オレと一緒にアルを庇った時の傷が、まだ治ってない。……こいつ、ずっと怪我しっぱなしだ。


 痛みがなくても、このままじゃ死んじまう。


 ……ラートに死んでほしくない。


「フェルグス、ロッカ、グローニャ! 別れは済んだかな?」


『ドライバ少将』


 解放軍の幹部が――ドライバ少将が建物の中に入ってきた。


 オレ達をここに連れてきて、「別れを済ませてきなさい」と言って車で待っていたはずだが……様子を見に来たらしい。


「フェルグス、キミは両手両足を切り落として、薬で無理矢理動いている状態なんだ。再調整のためにも早く病室に戻ってくれ。身体を大事にしなさい」


『了解』


 流体で花を作る。


 武器みたいで、トゲトゲしい花しか作れなかった。


 アルなら、もっと上手く作るんだろうな。……オレはアルみたいに出来ないや。


 ダメな兄ちゃんで……ごめんな。


『アル。オレ、頑張るから。…………見守っててくれ』


 別れは済んだ。


 星屑隊と、アルとの別れは済んだ。


 3人で花を捧げて、皆と別れる事にした。


「ま、待ってくれ……」


 ラートが追いかけてきたが、解放軍の兵士に止められた。


「フェルグスっ……! ロッカ! グローニャっ……!」


『…………』


 ラートの言葉を無視し、外に向かう。


 笑顔のドライバ少将がすれ違いざまに「これから忙しくなるぞ」と言ってきた。その通りだ。……オレ達はまだ、立ち上がったばっかりだ。


 本格的な「戦争」が始まる前に、この身体に慣れないと。


 たくさん殺そう。交国軍人だろうと、もう容赦はしない。


 交国軍の中にはきっと、ラート達みたいな「良いヤツ」がいるんだろう。


 けど殺す。


 邪魔するなら殺す。


 オレが……躊躇ったから……アルは死んだんだ。


 もう、間違えない。


『オレ、流体甲冑これに慣れるために<曙>まで走って帰るから』


 ロッカとグローニャだけ車に乗せ、告別式の会場から去る。


 後ろからラート以外の声も聞こえた。星屑隊の奴らが「待て」「本気か!?」と言って追いかけてきたが、それも無視して走り出す。


『――――』


 ショボいガキの身体と違って、流体甲冑は良い。


 建物より高く飛べる。狼よりずっと速く走れる。


 これでいい。オレの身体はもうずっと、これでいい。


 これがオレの新しい棺桶からだだ。


 これなら、今度こそ、皆を――。


「みぃん」


『――マーリン』


 着地した建物の屋上に、フワフワマンジュウネコのマーリンがいた。


 流体甲冑を着込んでいるのに、怯えず近づいてくる。


 スリスリと頭をすり寄せてきた。……オレがわかるんだな、ちゃんと。


 でも――。


『もう、オレに着いてくるな』


「みぃん……!」


『ラート達の傍にいろ。アイツらなら……お前の面倒も見てくれる』


 オレと一緒にいちゃダメだ。


 オレと一緒にいたら……お前のことも、不幸にしちまう。


 再び走り出す。マーリンが「みぃん、みぃん」と寂しげな鳴き声を出している。聞こえないフリをして走り出す。……アイツともお別れだ。


 けど、出来れば……いてほしいヤツもいる。


『エレイン』


 名前を呼ぶ。


 多分、偽名なんだろうけど……アイツはそう名乗ったんだ。


 その名で呼んだけど、返事はなかった。


『……いないのか?』


 名前を呼んだら、いつも嬉しそうに出てきてた。


 けど、もう、返事すらしてくれない。


『オレには力が必要なんだ。アンタの力、貸してくれよ』


 返事はない。


 あれからずっと、返事がない。


 アルが死んでからずっと……エレインの声が聞こえない。


 オレだけじゃダメなのか、それとも――。


『……今更、都合の良い話だよな』


 オレはエレインを突き放してきた。


 胡散臭いヤツ、とずっと警戒してきた。


 親みたいなツラして見てくるアイツが、ずっと苦手だった。


『お前相手に怒鳴っていたオレが……どのツラ下げてって話だよな』


 多分、エレインがいてくれたのは……アルが良い子だからだ。


 オレは悪い子だ。嫉妬深くて、性格も悪い。


 エレインもいなくなっても……そりゃあ、当たり前の事だろう。


 これからは……1人だ。


 1人で戦う。グローニャとロッカにも、あんまり危ないことはさせたくない。


 流体甲冑着込んで1人で突撃して……そんで、敵の機兵を奪いまくれば良い。


 バフォメットを見習えばいいんだ。アイツと同じ戦い方でいいんだ。


 戦って、戦って……いっぱい殺して、復讐しよう。


 オレが出来ること、もうそれしかないんだ。


 オレにはもう、それしかないんだ。




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