if:ずっと一緒に 後編



■title:ネウロンにて

■from:交国軍・破鳩隊軍曹のラート


 絶海間際にある辺境の世界・ネウロン。


 人類連盟による「保護対象世界」として登録された後進世界。


 交国と比べたら未熟な文明だが、未熟は悪じゃない。ネウロンは牧歌的な風景の広がっている平和な世界だった。人類連盟はそれをこっそり見守っていた。


 そんなネウロンで、誘拐事件が多発している。


 人類連盟の監視員が密かにネウロンに潜入し、ネウロン人にも気づかれないようにネウロンを見守っていたんだが……その監視員が「界外勢力による誘拐事件が多発している」と人類連盟に報告した。


 ネウロン人同士の犯罪なら、ネウロン人で解決するべきだ。だが、界外の人間が悪さをしているなら「保護対象世界」だろうと介入対象となる。


 人類連盟の要請を受けた交国軍は破鳩隊おれたちを含む部隊を派遣し、バカやっている犯罪者達の逮捕と排除に乗り出した。


 保護対象世界には、どこの武装勢力も介入が禁じられているんだが……今回のようなケースは仕方が無い。先進世界の軍隊がこっそりと派遣され、火消しと治安維持を行うことになった。


 普通は現地人に気づかれないよう、界外から来た犯罪者だけ排除していくルールなんだが……今回、ネウロンを「狩り場」にしていた犯罪組織は相当派手にやっていた。だから、交国軍も相応の戦力を派遣せざるを得なくなった。


 とりあえず、敵の方舟や機兵は交国軍でボコボコにしてやったんだが……犯罪者共はまだ界内に潜伏しているらしい。


 別の機兵を隠し持っている可能性もあるから、俺達も――破鳩隊もネウロンに残って、必要に応じて出撃する事になったんだが――。


「半年ぐらい駐留することになりそうね」


「長いっすねー」


 ネウロンの土地を借りて作った交国軍の野営地で、ウチの隊長様と――グラフェン中尉と言葉を交わす。今後の予定について教えてもらう。


 交国軍の介入により、ある程度は犯罪組織ばかどもの排除に成功したんだが……奴らはまだ潜伏している可能性がある。


 人類連盟はネウロンの保護水準レベル引き上げを決定した。


 今までは人連から派遣された監視員がコッソリ見守っているだけだったが、しばらく交国軍が駐留し、ネウロン人に俺達の存在も明かすらしい。


「技術指導も始める感じですか? ネウロンって文明遅れてますし」


「ラート君。無意識に差別発言しないの」


 背伸びしたグラフェン中尉に頭を「ぺちん」と叩かれる。


 いけねえ、界外派遣部隊なのに、こういう発言はダメだよな……。


 悪気はないんだが、上から目線の発言だった。さすがに反省する。


「技術指導は行わないみたい。ネウロンは現状でも、そこまで困っていないし」


「つっても、先進世界と比べたら医療技術が劣っているでしょ? 俺達にとっては簡単に治せる病気も、ネウロンじゃ不治の病になっているはずです」


「まあね。交国や他の人連加盟国が支援したら、一気に技術水準が上がるでしょう。けど、それは本来あるべき『文明の進化』じゃない」


 界外の犯罪者が暴れるのを許さないように、先進世界の介入も回避する。


 可能な限り回避し、自力で発展してもらう。


 異世界の勢力が、その世界に干渉するのは「良いこと」とは限らない。


 だから、技術指導も控える。


 それが人類連盟の「保護対象世界」への基本方針であり、加盟国である交国もその方針を支持しているのよ――と中尉が教えてくれた。


「非効率な気もしますけど……。要するに自然保護みたいなモンですね?」


「そういうこと。介入しないと滅んでしまうような危機に晒されている世界ならともかく、ネウロンみたいな平和な世界は適度な距離で見守らないと」


 ネウロンは後進世界だが、実はスゴいとこなのよ――と中尉が教えてくれた。


 曰く、ネウロンには軍隊が存在しない。戦争も長い間行われていない。


「そんな世界、先進世界でも存在しないから、人連もネウロンには注目しているのよ。学者の先生方がお忍びでやってきて、こっそり研究もしているんだって」


「へー……。ある意味、先進世界おれたちのずっと先を走ってる世界なんですね」


 後進世界だと侮っていいものじゃない。


 戦争してばっかりの俺達が見習うべき存在かもしれない。


 人類国家の中にも、人類国家相手に侵略戦争しているバカがいるしなぁ……。


 人類連盟はそういう侵略国家バカに対して経済制裁したり、戦争の仲裁をやっているんだが……未だに人類同士の戦争は終わっていない。


 人類以外に、人類の戦争を煽るクソ野郎共がいるからな――。


「おーい、軍曹。またいつものガキ共が来たぞ」


「えぇっ!? アイツら、来ちゃダメって言ったのに~……」


 部隊の先輩が「客」の訪問を教えてくれた。


 ウチの野営地まで、「あの子達」がやってきたらしい。


 俺達はネウロンの平和維持のために派遣されている軍隊で、現地人への過干渉は禁じられている。末端の兵士が交流するのは、あまり良くないんだが……。


「…………」


「はいはい、行ってらっしゃいな」


 チラリとグラフェン中尉を見ると、笑って許してくれた。


 やってきたのは、先日、犯罪者共に誘拐されかけた子供達。


 その子達の心のケアのために、多少の交流は許される――と許可してくれた。


「じゃ、じゃあ! 俺……アイツらのとこ行ってきますねっ!?」


「ラート君、もうちょっと体面を取り繕って……。あんまりウキウキしないの」


「すっ、スミマセン……」


「まあ、そこまで肩肘張らなくていいから。テキトーに遊んでらっしゃい。どうせ私達の存在はネウロン人に隠せないからね」


 手を軽く振ってくれた中尉に敬礼し、軍の天幕を出る。


 野営地の入り口に走っていくと、2人の子供が手をブンブン振ってきた。


「おーい! ラート~!」


「ラートさぁ~~~~んっ!」


「フェルグス、スアルタウ!」


 先日、犯罪者共から助けた子供達。


 最初に会った時は俺にビビっていたけど、今は笑顔を向けてくれている。


 中尉のお許しも出たし……これでおおっぴらに遊んでやれるぜ!


 皆の目を盗んで、コソコソ会うのも難しかったからな~……!




■title:ネウロンにて

■from:弟が大好きなフェルグス


 新しい友達ができた。


 異世界からやってきたオークのラート。


 ラートはオレ達の友達で、命の恩人でもある。


 交国軍っていう「正義の軍隊」が、ネウロンに来た「悪い奴ら」をやっつけに来た時、オレ達とラートは出会った。


 オークなんて初めて見たから、最初はビックリしたけど……ラートはなかなか面白い奴だし、顔に似合わず優しい。


 アルはラートが大好きになったみたいで、よく「ラートさんが――」って言ってる。にいちゃんのオレより、ラートが好きなのかよ~! とチョット嫉妬しちゃう事もあるけど……まあ、気持ちもわかる。


 オレ様も好きだもん。ラート。


 命の恩人で、大事な友達だからなっ!


「えっ!? ラートって、どっか行っちまうのか!?」


「まあ……な。俺達は平和維持のために一時派遣されただけだから」


 いつもの場所で遊んでいると、ラートが頬を掻きながら教えてくれた。


 ラートはいつか、ネウロンから出て行っちゃうって――。


 あの歌のうまい中尉ねーちゃんも、オレ達を弟みたいに可愛がってくれる軍人のにーちゃん達も、そのうちネウロンからいなくなるらしい。


「ずっとここにいろよ~! つまんねえよ~……!」


「色々と事情があるんだよ。交国軍はあくまで界外の軍隊だから、ネウロンに長期滞在して……ネウロンに変な影響与えるのもよくないんだよ」


「ラートさん達は、正義の味方でしょ? 変な影響なんてないもんっ」


 アルがラートにすがりつき、「帰らないで~……!」ってお願いしたけど、ラートは困り顔を浮かべながら「ごめんなぁ」と言うだけだった。


 なんだよー……。せっかく、友達になれたのに……。


「…………じゃあ、オレも交国軍人になるっ!」


「えっ?」


「オレも交国軍に入ったら、お前らが出て行っても会えるぞ! 同じ部隊に入ったら、いっしょに戦えるぞっ!」


「ぼ、ボクも交国軍に入るっ!」


「おっ! アルもやる気だなぁ~! さすがオレ様の弟だっ!」


 オレ達は強いぞっ! 頼りになるぞっ!


 さっそく歌の上手いねーちゃんに「交国軍に入れてくれ!」って言いに行こうとしたけど――ラートに「ダメだ」って言われた。


「軍隊って、そんないいもんじゃねえんだ。お前らは戦わなくていい」


「やだ! オレも、ラートみたいに人助けするんだっ!」


「ボクもラートさんみたいな……すごい機兵乗りになりたいっ!」


 オレ達は本気だ。やる気だ。


 けど、ラートはずっと困った様子だ。


「交国軍は……お前達みたいな子供は入れない。子供は戦っちゃダメだ」


「じゃ、じゃあ、大人になったら……!」


「その頃にはもう、戦争は終わってる」


 ラートが自分を指さし、笑って「俺達が戦争を終わらせる!」と言った。


「お前達が大人になった時にはもう、戦争も軍隊もなくなってる」


「そ、そんな簡単に終わるのかよ? 戦争とか……」


「プレーローマって悪い人達、すっごく強いんでしょ……?」


「強いけど、人類おれたちも負けてねえ! 俺も交国軍の一員としてスゲーがんばるから……お前達が戦わなくて済むよう、メチャクチャがんばるっ!」


 ラートはオレ達の交国軍入りを許してくれなかった。


 歌の上手いねーちゃんにも頼んだけど、ねーちゃんも許してくれなかった。


 ラートと同じような事を言って、やんわりと断ってきた。


 アルはスゴいガッカリしてた。


 オレも、スゴくガッカリした。


 ……一緒にいたいってお願いしても、ダメなのかよ~……。


 住む世界が違うだけなのに……。


 友達なのに、「もう一緒にいられない」なんて……。


「俺達はネウロンを出て行くけど……それまでいっぱい遊ぼう!」


「むー…………」


「ラートさんいないの、やだぁ~……」


「大丈夫。お前らがピンチの時は、また界外から駆けつけてやるからさっ!」


 ラートはそう言って笑い、オレ達といっぱい遊んでくれた。


 遊んでくれたけど、他の軍人達と一緒にネウロンから出て行った。


 ……出て行ったらもう、遊べねえじゃん。




■title:ネウロンにて

■from:兄が大好きなスアルタウ


 ラートさん達、行っちゃった。


 ネウロンから出て行っちゃった。


 ラートさん達がいた野営地キャンプ、もう誰もいない。


 にいちゃんと一緒に見に来ても、「がらーん」とした空き地しかなかった。


 まるで、最初から誰もいなかったみたいに……。


「……ちぇっ! つまんね~の~……」


 にいちゃんが、空き地に転がっていた小石を「こつん」と蹴った。


 小石はちょっとだけ飛んで、コロコロ転がった。


 ラートさん達がいたはずの場所を、コロコロ転がった。


「交国って、文明がみじゅく? な世界には干渉かんしょーしないようにしてるって言ってたから、ラート達はもう来ないかもな」


「で、でも……ピンチの時は助けてくれるって……」


「交国はまた助けてくれるかもだけど、その時に来るのがラートとは限らないだろ~……。軍人ってなんか色々ムズカしいみたいだし?」


 にいちゃんが唇を尖らせ、さみしそうにしている。


 ボクもさびしい。


 ラートさん……もう、会えないのかな。


 今もどこかで戦ってるのかな?


 きっと、ボクらみたいな子を助けてくれてるんだろうな。


 ……会いたいなぁ。


「…………にいちゃん」


「ん~?」


「ボクらで、会いに行こう」


 ラートさんはネウロンに来られない。


 色んな決まりがあって、簡単には来てくれない。


 それなら――。


「ボクらが会いに行けばいいんだ。方舟ふねを作って、自分達でネウロンから異世界に行くなら……ラートさん達にまた会えるかもっ!」


「アル、お前……」


 にいちゃんが駆け寄ってきた。


 ボクの手を取って、「お前……天才じゃねーか!」と叫んだ。


「さすがオレ様の弟だぜ! 頭はオレより上かもな……!」


「えへへ……」


「でも、方舟ってどうやって作るんだ?」


 交国の人達は、そういうことを教えてくれなかった。


 これはキミ達が自分で辿り着く必要があるんだよ――と言っていた。


 ネウロンの技術じゃ、いま直ぐ作るのは無理かもしれないけど――。


「方舟は、ボクらと同じ人間が作ったものだから……。がんばっていれば、いつか……いつかきっと、同じ物が作れると思うっ!」


「ムズカしそうだな……!」


「でも、がんばればいつかきっと……」


 ネウロンの空にも、方舟が飛ぶようになる。


 異世界の優しい人達に見守られたままじゃなくて、仲間入り出来るようになる。


 ラートさんとも、きっと再会できる……!


「ぼ、ボクじゃ……作れないかもだし……どうすればいいか、わかんないけど」


「大丈夫! オレもいるっ!」


 にいちゃんがニカッと笑った。


 元気いっぱい、自信いっぱいの笑みだ。


「オレ達2人が揃えば、何でもできる! オレ達はムテキの兄弟だっ!」


「うんっ……!」


「オレ達だけでもムテキだけど、色んな人に聞いてみようぜっ!」


 にいちゃんに手を引かれ、保護院に戻ることにした。


 ラートさん達のいた野営地を後にする。


 今は会えない。


 けど、きっといつか……また会えるよね?


「本とか読んだら、方舟の作り方わからないかなぁ~……?」


「よしっ! とりあえず本だなっ! ヴィオラ姉にも相談してみようぜっ!」


「うんっ!」


 きっと会える。


 ぜったい会える。


 にいちゃんと2人なら、どこへだって行ける。


 にいちゃんと2人なら、きっと大丈夫。


 ずっと一緒だから、きっと大丈夫。




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