過去:ケジメ



■title:ミケリア・南シンドリア海にて

■from:<ロレンス>首領・伯鯨ロロ


「き……貴様、我々に……交国に喧嘩を売るということが、どういう事かわかっているのか……? 絶対に、後悔させてや――」


「え? なに? 聞こえなーーーーいッ!!」


 交国の神器使いに馬乗りになり、顔面に連続パンチをキメてやる。


 やっと気絶した。コイツ、無駄に丈夫だったな。


「まったく……不勉強な阿呆がよぅ。喧嘩なら、交国てめえらが人連に加盟した時からずっとやってるだろうが」


 今更、交国軍人の100人、200人程度を殺したとこで関係変わんねえよ。


 これ言ったところで、コイツらは理解できねえだろうな。どういう意味か――。


『さすがです、首領! 方舟10隻だけじゃなくて、神器使い2人も殺しちまうなんて……! しかも相手は交国ですよ!?』


「いや、殺してねえよ。神器使いは捕虜にする。死なねえよう手当しろ」


 子分からの通信に応えつつ、艦内に瀕死の神器使い2名を放り込む。


 コイツらは殺さない。殺すと、ちと困る。こっちにも色々事情がある。


「ムツキの方は、まだかかりそうか?」


『あと2隻――いえ、たったいま掌握したようです』


「さすがだな」


 雑な鏖殺しごとしか出来ないオレと違って、ムツキは優秀なガキだ。


 敵の方舟を積み荷ごと奪いきったらしい。方舟から追い出したマレニア軍人共は島嶼部に押し流し、殺さない慈悲深い対応もしている。


 マレニアに戦闘員かぞくを殺されたタンブルウィードの奴らは殺気だっているが、それもムツキが止めてくれている。


「テメエら、撤収するぞ! ムツキ、タンブルウィードの護衛を頼む。先にオレらが界外に出て様子を伺ってくるから、後で追いついて来い!」


『はいっ! おやっさん!』


 元気よく返事をしてきたムツキの声を聞いていると、笑みをこぼれちまう。子供らしい素直さと、大人顔負けの強さを発揮するアイツはオレの誇りだ。


「さて――」


 頭上に現れた海門ゲートを見上げる。


 生身で界外に――混沌の海に飛び出ていき、交国やマレニアの部隊がまだ残っていないか確かめておく。伏兵はいない様子なので、子分共にもついてくるよう伝え、タンブルウィードも界外に逃がす。


 暗い海の中をよく警戒しながら進み、十分安全な海域に辿り着いた後、先にロレンスウチの船に戻って被害状況を確認しておく。


「ウチとタンブルウィードの被害は?」


「ゼロです。首領が船上で暴れた所為で、船の流体装甲が焦げたぐらいですね」


「オマケにマレニアの兵器もゴッソリいただけました。裏ルートで売って良し! ウチで使って良しと大もうけですよ!」


「悪くねえ戦果だ。発信器とか無いか調べておいてくれよ」


「それに関してはエンジニア連中が調査してくれてます」


「今のところ、怪しいもんは特にありません」


「そうか……」


 曳航しているマレニアの方舟は――ムツキが海水でマレニア軍人を押し流した影響で――びしょ濡れだが、整備すりゃ十分に使える兵器が手に入った。


「ムツキのおかげですね。さすが、オヤジの弟子です」


「今回、マジでアイツが頑張ってましたから、お叱り・・・の方も――」


「駄目だ。キッチリ叱る。アイツはオレの命令を聞かず、1人で勝手にタンブルウィード残党を助けに行ったんだ」


 腕組みしつつそう宣言すると、子分共が困り顔を見せた。


 まだ幼いガキのムツキが可愛いもんだから、庇いたいんだろう。ムツキの戦果を口にしつつ、皆で弁護してくるが「駄目だ駄目だ」と退ける。


 オレだって庇いたいよ! オレの言いつけ聞かなかったぐらい……!


 けど、命令違反に対するケジメは必要だ。


 ロレンスの首領として、そこは……ちゃんとやらねえと……。


「今回の作戦、ムツキは不参加の予定だったんだ。なのにアイツ、1人で突っ走りやがって……! キチンと躾けてやる」


「おやっさんの言いてえ事もわかりますけどね……」


「相手はまだガキっすよ? 手加減してやってください」


「首領にいいとこ見せたかったんですよ。アイツは……」


「俺らと同じで、首領への大恩がありますからね」


「うるせぇ~~~~! 首領の決定は絶対だ!」


 叫び、子分共の弁護をやめさせる。


 コソコソと「おやっさん、ムツキが飛び出ていった時に慌てふためいてたからなぁ」「過保護」「可愛くてたまらんのだろ」と言ってやがったので、腹いせに格納庫にあったバケツを蹴る。


 まったく! どいつもこいつも……!


「首領! 物に当たらないでくださいっ!」


「オレは首領だぞ!?」


「首領がオレ達をそう躾けたんでしょ!?」


「俺もガキの頃、そう躾けられました! 発言に責任持ってください!!」


「チッ!! ゴメンネ!! 反省してます!!」


 叱られたのでイライラしつつ、バケツを元の場所に戻す。


「で、ムツキはどこ行きやがった!? まだ戻ってこねえのか!?」


「タンブルウィードの船にいます。向こうも死人は出ていませんが、マレニアの砲撃に驚いて避難中にケガした奴らは大勢いるので……」


「手当とか、方舟の面倒を手伝ってましたよ」


 ちょうどいい。タンブルウィードの奴らとも話をしなきゃならねえんだ。


 主立った子分共を連れ、タンブルウィード残党のところに行く。


 大戦果で湧いているロレンス側と違い、避難生活で疲れきっているタンブルウィードの連中の方舟フネは陰気な空気が漂っている。


 オレが乗り込んで来ると、怯えた様子で固まる流民の姿が多く見えた。同じ<カヴン>の下部組織なかまなのに、そんな反応されるのは悲しいねぇ!


「まあ、あんな反応にもなるか」


「ロレンスと会うの、気まずいでしょうからね~」


 子分と話をしつつ待っていると……来た来た、タンブルウィード側の代表がやってきた。首領はマレニア軍に殺されたと聞いたが、前首領の息子がやって来た。


 他と同じように強ばった表情だな。


 まあ、そうだよなぁ。後ろめたい・・・・・ことあるもんなぁ?


「おう! ヘラスのガキか! 覚えてるか? オレはロレンス首領のロロだ! テメエが10歳の時に会ったきりだったか?」


「……何故、我々を助けた」


「ハァ?」


「我々は、アンタ達を! 人類連盟に売ったんだぞ……!」


 前首領の息子が、胸に手を当てつつ叫ぶ。


「ウチの親父は、金欲しさに仲間ロレンスを売ったんだぞ!? アンタらのところに人連側の軍隊がやってきただろ?」


「アァ、来た来た。ブッ潰してやったけどな!!」


 タンブルウィードの首領は、ロレンスの情報を人連に流しやがった。


 情報を得た人連は、加盟国の軍隊を派遣。奴らはオレが率いていた船団の進路上で待ち伏せをし、ブッ殺そうとしてきた。返り討ちにしてやったけどな。


「俺達は裏切り者なのに、何で助けに――」


「ヘラスのガキ。テメエは2つ間違ってる」


「えっ……?」


「1つ。テメエの親父が欲しかったのは金じゃなくて、居住権だ」


 流民おれたちはどこかに定住しようにも、拒まれがちだ。


 訪れた世界の住人はオレ達が「余所者」だから滞在を拒む。


 そいつらをブッ殺して土地を手に入れようとしても、人連が「力による現状変更は許しませええええええん!!」と軍隊を派遣してくるから定住できねえ。


 混沌の海や、闇社会でコソコソ生きるしかねえのが流民だ。


「テメエの親父は、人連と取引したんだ。タンブルウィードの人間がおかで生きていけるよう、人連加盟国の居住権を欲したんだ」


 金目当ての裏切りじゃねえ。


 自分の家族を守るために裏切ったんだ。


 アイツはアイツなりに考えたんだ。


 組織カヴンからの報復覚悟で、賭けに出たんだ。


 ただまあ、人連は約束を破ったけどな。


 人連はロレンス首領を――オレを殺し損なったのは「タンブルウィードの情報が不正確だったから」とか言い訳しつつ、タンブルウィードを殺しにかかった。


 結果、タンブルウィードは壊滅的な打撃を受けた。


 裏切りの首謀者であるヘラスも死んだ。……さぞ無念だっただろうな。何とか女子供や爺婆は逃がせたとはいえ、大事な仲間を大勢死なせちまって……組織を裏切ったことで、もう頼れる相手もいなくなっちまったんだから。


「テメエの親父は、欲で動いたんじゃねえ。愛で動いたんだ・・・・・・・


 そこを間違えるんじゃねえぞ、と言い、ヘラスのガキの頭を突く。


「2つ目。……オレ達がいつ、お前らを『助けに来た』と言った?」


「――――」


「テメエらは同胞ロレンスを裏切った! 人連のクソ共に、オレ様を殺させようとした裏切り者だァ!! そんな奴ら助けるわけねえだろうがッ!!」


 叫び、威圧する。


 ヘラスのガキが「ひっ」と鳴き、尻餅つこうとしてるのを止める。


 胸ぐらを掴んで止める。


 タンブルウィードの新代表の体面を、尻餅で損なおうとしてんじゃねえ。


「オレはよぉ! ケジメ・・・をつけにきただけだ! 裏切りのケジメをなぁ!!」


「ぅ……! ぁぁ……」


「タンブルウィードの生き残りは全員、オレの奴隷・・だ!!」


 顔に恐怖を張り付かせつつ、オレ達を見ている全員に告げる。


「オレ様の――ロミオ・ロレンスの奴隷だ!!」


 愛称の「ロロ」ではなく、ロレンス首領としての名を叫ぶ。


 オレ達は大海賊組織ロレンスの看板を背負って立ってんだ。


 同じカヴンの下部組織とはいえ、裏切り者に容赦するつもりはねえ。


「いいか!? テメエらは助けたんじゃねえ! オレ様の奴隷としてこき使うために生かしてやったんだ!」


「…………」


「奴隷はオレの所有物だ! 所有物をマレニアのクズ共に殺されたら、オレのメンツが潰れる! 財産どれいも奪われる事になる!」


 オレ達は海賊だ。


 犯罪組織だ。


 人道がどうとか、倫理がどうとか言ってる国家と違って、平気で奴隷を使う。


 奴隷で商売する事もある!


 こいつらは、ほとぼり冷めるまでオレの奴隷としてこき使ってやる!!


「これはカヴン幹部会議で――夜会で正式に承認が下りた『取り立て』だ! タンブルウィード残党は全員、ロミオ・ロレンスの奴隷となった! オレから逃げようとするなら殺すッ!! 裏切りの対価、しっかり取り立てさせてもらうぜッ!!」


「ぅ……売り飛ばすつもりなんですか……?」


「売らねえよ! こき使うんだよ! ロレンスの下っ端としてなぁッ!!」


「は……? えっ……?」


「テメエらに手を出そうとした奴には、今後からこう言え! 『私達はロミオ・ロレンスの奴隷です』ってな! テメエらはオレに奉仕しろ! その代わり――」


 全員を見渡し、告げる。


「主として、テメエらを守ってやる」


 人類連盟だろうがプレーローマだろうが、守ってやる。


 カヴン内にもタンブルウィードの裏切りをよく思っていない奴は大勢いる。


 ロレンス首領のオレが「許す」って言っても、聞かねえ奴らがいる。組織の体面がどーのこーのと言って、横槍を入れてくる馬鹿共がいる。


 裏切りの代償として根切りにすべきだ、という意見すらあった。


 けど、オレの所有物にすれば守れる。


 オレの子分達も、タンブルウィードの裏切りを「許せねえ!」と思ったところで「首領の奴隷」には手を出せねえ。出したらブン殴ってやる。


 オレの決定を「面白くねえ」と思う奴は、組織の内外に大勢いるだろう。特に内部の奴ほど面白くねえはずだ。……そういう奴らの暴走を止める必要がある。


 そのための奴隷化。そのための奴隷宣言。


 オレの所有物にしておけば……大半の奴らは黙らせる事ができる。


 裏切ったとはいえ、コイツらもオレの同類。


 流民で、家族だ。


 オレは犯罪者クズだから、こんな守り方しか出来ねえけどな……。


 許せとは言わん。好きに恨みな。


 オレも好きにさせてもらう。




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