薄氷



■title:繊三号にて

■from:星屑隊隊長


 禿頭太鼓で一曲披露した後、隊員と子供達の馬鹿騒ぎに拍車がかかったのを見守る。これぐらい騒いでも問題はあるまい。


 久常中佐は我々を「裏切り者」として糾弾出来なくなった。遠くないうちに今回の失態を糾弾される……はずだ。


 それは良い事だが、星屑隊と第8の奮戦が報われる事も無いだろう。現状維持出来るだけで十分かもしれんが――。


「隊長。来客が……」


 副長に耳打ちされ、宴会場の外に向かう。


 誰が来ているかを聞いた後、1人で向かう事にする。


 副長には隊員らが出てこないよう、馬鹿騒ぎのコントロールを頼む。


 せっかくの祝賀ムードを壊したくない。


「こんにちは。星屑隊の隊長様」


「……どうも」


 やってきたのは雪の眼の史書官だった。


 今日もまた、雪の眼が雇った護衛エノク以外は連れず、好き勝手に歩いている。政府がつけた監視役は何をしているのだ……。


「私も参加したかったですねぇ。名誉オーク勲章授与式」


 史書官・ラプラスは私の背後をチラリと見た。授与式後の馬鹿騒ぎに乱入したいと思っているのだろうが、さすがに遠慮してもらいたい。


「勲章授与式の事を、どこで?」


「私は天才で可愛くて情報通ですからね。小耳に挟んだのです」


 史書官はニンマリと笑いつつ、「しかし、『名誉オーク』ですか」と呟いた。


「名誉人種制度は、ネウロン人に対する侮蔑と取られかねませんよ。先進国の傲慢としてね。後生の人間がどう評価するか見物です」


「そこまで大仰なものではありません」


 言わんとする事はわかる。


 だが、考案者のラート軍曹には、彼らを侮辱する意図などない。


 純粋に「戦友」として祝福しているだけだ。


 子供の遊びと言ってもいい。


 それでもムキになって「真実」とやらを書き記したいのであれば、どうぞご自由に――と言っておく。


 史書官は苦笑し、「もちろん、私もお遊びだと理解していますよ」と言った。さすがに雪の眼の歴史書に書き残す予定も無いらしい。


「お祝いをしていると聞いて、差し入れを持ってきただけですよ」


「差し入れ、ですか」


「はい。これ、竜国のお茶です」


 そう言い、茶葉の入った容器を渡された。


 交国軍人に対し、現在交国が戦争中の国家の茶葉を渡すのはどうかと思ったが……とりあえず受け取っておく。念のため、後で中身も調べておこう。


「差し入れ、ありがとうございます。ところで政府があなた達につけた護衛は?」


「監視無しでしたい話なんですよ」


 金髪幼女の皮を被ったバケモノが、一歩踏み出してくる。


 笑みを浮かべ、上目遣いで私を見上げてくる。


「監視がいたら困るのは貴方ですよ。隊長様」


「…………」


「サイラス・ネジ中尉。あなたはネウロンの古文書を集めていますね?」


「古文書に限らず、ネウロンの文献は見つけ次第、焼き捨てています」


 交国政府はネウロンの文化を焼くつもりだ。


 雪の眼の歴史書に「ネウロン」の存在は残るだろうが、交国の歴史書には「ネウロン」という言葉すら残らなくなるだろう。このまま事が進めば――。


「貴方は焚書なんてしていないでしょう。必要なものに関しては」


「後進世界のネウロンに必要なものなどありません」


 ネウロンの文明は遅れている。


 一部歪な進化を遂げているが、それでも全てにおいて交国より下の文明だ。


 交国に――世界に見つかってしまった以上、文明化が必要だろう。


「貴方は『見つけ次第、焼き捨てています』と言いましたね? それ自体が嘘です。貴方は部下達に『文献を見つけたら持ち帰れ』と言ってますよね?」


 史書官がまた一歩踏み出してきた。


 私の胸に指を突きつけ、ニンマリと笑いながら。


「誰も貴方が焚書を行ったところを見ていない。貴方は……ネウロンで遊撃任務をこなす傍ら、情報収集を行っているのでしょう?」


「何の話ですか?」


「貴方は、ネウロンで何を調べているのですか?」


 なるほど。


 これは確かに監視役がいると出来ない話だ。


「情報交換をしませんか? 私達は良き協力関係を築けるかと」


「ご冗談を」


 その程度の話で私が動揺すると思ったのか。


 この女は何の証拠も持っていない。カマをかけてきただけだ。


「あなたの言葉は、交国軍人わたしに対する侮辱です。私は上の命令に忠実に従っていますからね。言いがかりはやめていただきたい」


「ふむ」


「私は確かにネウロンの書物を焼き捨てています。雪の眼のあなたにとっては許しがたい行為かもしれませんが、抗議なら政府の外交部にどうぞ」


 あなたの訴えが通れば、軍上層部を通して命令撤回の命令が出るだろう。


 そんなものは出ないと確信しつつ、そう返す。


「そもそも、あなたは誰ですか?」


「は……?」


「サイラス・ネジという人間は、とっくの昔に死んでいるんですよね?」


「…………」


 金髪幼女バケモノが嗤う。


 人形のような不気味な笑みだ。眼輪筋が動いていない。


「……何のことですか? 史書官殿」


「むぅ。しらばっくれますか」


「あなたの与太話が正しいという根拠は?」


「ありませんよ? サイラス・ネジという人物は、交国軍の特殊部隊所属だったようなので……記録を洗うのが大変なんですよ」


 この女は何の証拠も掴んでいない。


 だが――。


「でも私の直感が、サイラス・ネジは『死体』だと言っている」


「…………」


歩く死体リビングデッドさん。真偽を明らかにするには、あなたの自白が手っ取り早い。ゲロってくれたら政府に問い合わせる手間が省けて、大変都合が良いのです」


「好きに問い合わせてください」


 交国政府も軍事委員会も、おそらくこう言うだろう。


 歴史家ゴッコなどやめて、小説家になったらいかがですか――と。


 そう返し、帰ってもらうよう促す。


 私に、この女と――雪の眼と取引するメリットはない。


 羊飼いという危機を切り抜けた以上、取引は不要だ。


 もう、必要な手は打った。


 後は、余計な横槍さえなければ――。




■title:繊三号にて

■from:千年以上前から多次元世界を見守ってきたラプラス


 目の前で宴会場の扉が閉じられる。


 中は楽しそうですが、閉め出されてしまいました!


「むむむ。さすがに無策でゲロってくれる相手ではなかったですねぇ」


「では、交国政府に問い合わせるのか?」


「そんな事しませんとも。私は雪の眼の史書官ですよ」


 雪の眼の人間は、路傍の石であるべきなのです。


 石が意志を持って世界に干渉し、歴史が動いてしまうのはよろしくない。


 真実を知りたいですけど、私の好奇心で歴史が変わるのはよろしくない。


「それに、政府に問い合わせたところで正体がわかる相手でも無いでしょう。交国政府も正体を知っていて、しらばっくれている可能性もありますし」


「どうだろうな……」


「もちろん別の可能性もあります。某組織の工作員とかね」


 彼は――「サイラス・ネジ」は簡単には尻尾を掴ませてくれないでしょう。


 地道に調べていくしかありません。


 本来の調査目標を探しつつね。


「私の読みが正しければ、彼はネウロンで何かを探っています」


「読みの根拠は?」


「フッ……! もちろん史書官としての勘ですよ。勘!」


 推測する材料はいくつかあった。


 ただ、断定するだけの根拠はないので勘です。


 その事を言うと、エノクは呆れた様子で「戻るぞ」と言ってきました。


「そろそろ戻らねば、監視役にこちらの動きがバレる」


「ちぇっ。あ、エノク、沈没した星屑隊の船の調査は――」


「既に行った。だが収穫は無かった。……隙がないな、あの隊長は」


「ふふん。難しいパズル、大歓迎ですよ」




■title:繊三号にて

■from:死にたがりのラート


 勲章授与式後の宴会から抜けだし、夜空を見上げる。


 宴会会場の喧噪も肌に気持ちいいが、外の静けさも心地良い。


「……また、死に損なっちまったなぁ」


 必死に足掻き、仲間に恵まれた事で生き残っちまった。


 生き残ってしまって……本当に良かったのかな?


 ヴィオラとの約束を守り、子供達を守るためには生き残るべきだった。だから足掻いていたんだが……本当に良かったのかな、と迷う気持ちもある。


 ……あの人達と同じ道を征くのは、もう少し先になりそうだ。


「ラートさん……」


「おっ……。どうした? ヴィオラ」


 俺と同じく宴会会場を抜け出してきたヴィオラが、心配そうな顔で見上げてくる。膝を曲げ、ヴィオラのために視線を落としたが――。


「ダメですよ。楽な姿勢をしてください。……身体の調子はどうですか?」


「全然大丈夫だよ」


「まだ完治してないんですから、無理しないでくださいね」


 どうやら俺のことを心配して追ってきてくれたらしい。


 騒ぎすぎて疲れたから、少しだけ夜風に当たっていただけだ。笑ってそう返すと、ヴィオラはまだ心配そうな顔を浮かべ、俺に腰掛けるよう勧めてきた。


「ヴィオラ。ありがとな」


「え? いや、お礼を言うのは私の方でしょう」


「いやいや。今回の作戦、お前が機転をきかせてくれなきゃ俺達は負けてた」


 フェルグス達が頑張っていたとはいえ、羊飼いにはあと一歩足りなかった。


 その一歩の隙間を埋めてくれたのが、ヴィオラの策だった。


「海門を動かせたのもビックリだが……よくよく考えてみれば、羊飼いにさらわれた時、よく無事だったな。ホントに怪我はないのか?」


「はいっ。私は全然大丈夫ですよ? 助けてくれた方もいましたし」


「隊長の事か?」


 そう問うと、首を横に振られた。


 どうやら繊三号の地下で、一般人に助けられたらしい。


 サングラスをかけた怪しげな風体の男だったそうだが、ヴィオラが倒れて気絶していたところを助けてくれたそうだ。


「隊長さんが来る前に、どこかに逃げちゃいましたけどね」


「え~……。お前を置いて?」


「いや、仕方ないですよ。一般人にどうこうできる状況じゃないですし」


「そいつ、ホントに一般人なのかなぁ……」


「さあ……? お名前も聞いてなかったので、お礼を言うためにも探しているんですが……一般人はたくさんいて、見つけられなくて……」


 繊三号にいた交国軍人は、かなりの数が死んじまった。


 けど、一般人はほぼ全員が生き残ったらしい。良いことだ。


 ただ、一般人の数が多すぎて、「サングラスをかけた男」って手がかりだけだと見つけられないようだ。


「ラートさんもそれらしい方を見たら、是非教えてください」


「おう! サングラスかけた怪しい男だな。わかった。任せとけ」


 胸を叩こうとすると、ヴィオラに止められた。


 痛みがないとはいえ、怪我している自分の身体を乱暴に扱わないでくださいって怒られちまった。ヴィオラが正しいな、確かに。


「へへっ……。まあ、そいつもそのうち見つかるさ」


「繊三号には、しばらく滞在するんですよね?」


「ああ。繊三号の復旧や防衛を手伝いつつ、新しい船と機兵が届くの待つからな。その間にお前の恩人を探す機会もあるだろう」


 今まで通りの遊撃任務は、しばらく無い。


 人の機兵を借りて出撃する事はあるかもだが……繊三号に「無事な機兵」が殆ど無いからなぁ……。マジでしばらくまともに戦えない。


 例の特佐殿も増援来るまで滞在してくれるらしいから、防衛面は問題ないだろうけどな。特佐はタルタリカなんかに負けたりしねえだろう。


「どうせなら、この間に休暇とかもらって……お前らをもっと良いところに連れて行ってやりたいな~って思うけど……。休暇とか無いらしい」


「もっと良いところ……。ラートさんの故郷とか?」


「あぁ……。それもいいなぁ」


 ただ、俺の故郷はホイホイ戻れるところじゃない。


 交国本土だからな。……前に戻ったの、いつだったっけ……?


 笑顔のヴィオラに「ラートさんの故郷って、どんなところなんですか?」と問われ、答えようとしていると――。


「アル?」


 アルも宴会会場から出てきた。


 出てきて、迷い無く俺達のところに駆け寄ってきた。


 多分、俺達の位置を巫術で把握していたんだろう。


「あ、あのっ……。ラートさんとヴィオラ姉ちゃんに、聞いて欲しいことが……」


 近づいてきたアルは、落ち着かない様子でそう言ってきた。




■title:繊三号にて

■from:兄が大好きなスアルタウ


「聞いて欲しいこと?」


「なぁに?」


「えと…………」


 言わなきゃ。


 聞かなきゃ。


 大事な話。勇気を出して、言うって決めた。


 そうしないと、後悔するって思ったから――。


「っ…………」


 言おうと思って、2人を追ってきたのに……上手く言葉が出ない。


 心配そうな2人に見られていると、上手く口が動かない。


 どうしよう――と思っていると、マーリンがフワフワ飛びながらやってきて、ボクの胸に顔を押しつけてきた。


 そこにある勲章を……名誉オーク勲章を、鼻先でつついてきた。


「……ちょ、ちょっと、こっち……来て」


 勲章を握りしめつつ、勇気を出す。


 2人を連れ、物陰に向かう。


 大事な話、したいから。




■title:繊三号にて

■from:死にたがりのラート


「あのね。ヒミツにして欲しいんだけど……」


「うん」


「なんだなんだ?」


「あの、ね? ボクのお父さんとお母さん、いっぱい、撃たれたはずで……」


「「…………?」」


 何の話だ?


 アルに連れられてやってきた物陰で、妙な言葉を投げかけられた。


 誰が、いつ、なにされたって?


「ちょっ……ちょっと待ってくれ。アル。何の話だ?」


「ええっと……! ええっと……!」


 アル自身も混乱しているのか、必死に言葉を紡ぎ出そうとしている。


 それをヴィオラと一緒に落ち着かせ、改めて話を聞く。


「お前達の両親が撃たれたって……いつ?」


「大分前に……。ぼ、ボクが交国軍に捕まった日のこと、です」


「……いや、待てよ? お前、両親と電子手紙メールのやりとりしてるだろ?」


 今回の騒動でも、第8の子達の家族は全員無事と聞いた。


 どこにいるかは教えてもらえなかったが、技術少尉経由で安否確認はしてもらった。解放戦線の騒動が早期解決した事もあり、無事だと聞いたが――。


「やりとりしてるけど、でも、おかしいんです……」


 アルは困惑顔で、言葉を続けた。


 両親は銃で撃たれた。


 それも、何発も撃たれた。


 それなのに、そんな事が無かったかのように接してくる。


 正確には、電子手紙のやりとりをしているだけ。


 直接会えていない。


「ボク、にいちゃんやお父さん達じゃなくて……別の人達といっしょに逃げてた時……交国軍が・・・・襲ってきて……」


「――――」


「ぼっ……ボクを助けに来てくれたお父さんとお母さん……交国の軍人さんに襲われて……いっぱい……いっぱい撃たれて……」


 両親とはそれきり。


 それきり会えていない。


 それなのに、電子手紙では何事もなかったかのように接してくる。


「ラートさん、ヴィオラ姉ちゃん……。お父さんとお母さん……ぶ、無事……なんだよね? 無事だから、手紙のやりとり、できてるんだよねっ……?」


「「…………」」


 わからん。


 急な話すぎて、理解が追いついていない。


 アルは良い子だ。


 ウソなんかつくはずがない。


 じゃあ、誰がウソをついているんだ?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る