第8話共用
その後、御厨家では――。
四人分の「課金」を拒否した神秀が自宅に逃げ帰った後、四姉妹は食事を終え、いつも通りに入浴を済ませ、午後十時頃には全員がパジャマに着替え、寝るまでの時間を思い思いに過ごそうとしていた、その時だった。
「ねえみんな、注目!」
――突然、長姉である風夏が冴えた声でそう言い、姉妹全員の視線が風夏に集まった。
風夏は得意げな顔で提案した。
「今日は記念日! ヤマちゃんがジン君に『初課金』した記念日じゃん! ということで、色々みんなもジン君に関して語りたいことがあるんではなかろうか!」
その言葉に、姉妹全員が顔を見合わせた。
にひひ、と意味深に笑ってから、風夏は続けた。
「ということで、今日は久しぶりに一緒に語らおうではないか! リビングに布団出してきて、一緒に寝るヤツ、夏休みとかよくやってたじゃん! アレをやろうではないか!!」
その声に、うふふ、と次女の林音が妖しく笑った。
「記念日――そう言えばそう言えるかもね。わかったわ、フー姉さん。私は乗った」
林音がそう言うと、長い髪をようやく乾かしきった火凛が頷いた。
「可愛い妹のためだからな、私も今夜はここで寝よう。ヤマ、お前はどうする?」
火凛にそう言われて、山女は少し迷ったような表情を浮かべた後、恥ずかしそうに笑った。
「うん――小さい頃とかよくやってたよね。それに私も、今日は姉さんたちと少しお話がしたいな――」
その言葉に、姉妹全員が微笑みを浮かべた。
「だらし姉ぇ」とは言え、流石は長姉と言える風格と声で、風夏はパジャマ姿のまま偉そうに腰に手を当てた。
「よーし、では早速、布団を持参した後、全員リビングに集合! 今日は朝まで寝かさないぜ! 覚悟しとけよ!」
◆
「なんか、久しぶりだよね。昔はこういう風にそれぞれの家でお泊まり会とかよくやってたよね」
テーブルを退け、それぞれの頭を寄せて✕印のように四人分の布団を敷き詰めた中、風夏がそんな事を言う。
その言葉に、薄暗くしたリビングの中から次々と声が上がった。
「そうそう、ジン君なんてはしゃいじゃってね。朝までずっと眠らなかったわよね」
「アイツはこういう雰囲気が好きだからな……誰かがもう寝ようと言っても、もう少しおしゃべりしようってしつこかったな」
「あーあ、またジン君とお泊まり会したいなぁ。……ねぇ、今から呼んだら来ないかな?」
「ダメよ、ヤマちゃん。あなたに『課金』シたことで結構ショック受けてたみたいだから。今はそっとしておかないと今後『課金』できなくなるわよ?」
課金。
その言葉に、姉妹の間からえへへとスケベな笑い声が上がった。
「ねぇ、ジン君、いつ私たちのことに気づくかな?」
突如――意味深に低くなった風夏の声に、林音が答える。
「さぁね。このまま永遠に気づかないんじゃない? なんてったってジン君、この期に及んでまだ私たちを単なる幼馴染だと思いたいみたいだからね――」
林音の妖しい声に、ふん、という火凛の憮然とした声が応じた。
「全く、『課金』だなんだとスケベな姉どもめ。姉さんたちは単にジンを一方的な慰み物にしたいだけだろうが。なんやかやと理由をつけてはジンに繰り返し『課金』して――私たちが家事が出来ないふりもそろそろ限界だろう」
その声に、何を言ってるの、という山女の声が答えた。
「そうは言ってもカー姉さん、ずっとジン君に『課金』シたがってたじゃん。初めての『課金』はちゃんとしたいって。今日は姉さんもやっとジン君に『課金』できたんでしょ? どうだったの?」
「ばっ――馬鹿! そんなこと聞くなヤマ! 誰が答えるか……!」
「あー、カーちゃん顔真っ赤! やっと口に『課金』できたんだもんね、そりゃ嬉しいよね!」
「うふふ、相変わらずカーちゃんは隠し事がヘタね。あなたがずっとずっとジン君に『課金』シたがってたの、姉さんたちは気づいてたわよ?」
あははは、という笑い声が姉妹の間から上がった。
その後、少し沈黙があり――再び口を開いたのは風夏だった。
「とにかく、これで私たちは全員ジン君に『課金』シたってことだね。重ね重ね言っておくけど、あくまでジン君は私たちで共用するの。独占したらダメだよ?」
その一言に、うん、と姉妹全員が頷いた。
そう、共用――これは彼女ら御厨姉妹が密かに定めた掟。
森崎神秀という男を誰かが独占するのではなく、姉妹が共同で『課金』スる。
そして、森崎神秀という男が自発的に最終的に、誰からの『課金』を最も望むのか、見極める。
それがこの『課金』制度の掟――壮大なヒロインレースのルールなのであった。
「共用――なんだかヤらしい響きよねぇ。なんだかここまでモノ扱いしたらジン君が可哀想ね」
「何が可哀想なもんか。アイツ、私が『課金』したらスケベな顔して喜んでたぞ。みんなから『課金』サれて嬉しいに決まってるさ」
「す、スケベな顔――! 私、そんな顔してた? 初めてシた時はジン君の顔、まともに見れなかったから――」
「うーん、アレはスケベな顔なのかなぁ。なんか『ああっ、こういうのもイイな』みたいな顔してなかった?」
「そうそう、妹属性に目覚めたんじゃない? ヤマちゃん、今後ジン君の方から『課金』ねだられるかもよ?」
うふふ……という笑い声がリビングを揺らした。
「でも、ジン君も鈍いよねぇ。私たちのもう誰も、あの時からジン君をただの幼馴染だなんて思ってないのにね」
あの時。
その言葉に、うんうん、と四姉妹はそれぞれ頷いた。
「本当に――馬鹿よね。あんなこと私たちにシておいて。あんなことサれちゃったら、今まで通りの幼馴染で居続けることなんてできやしないわよ」
「そうだな。あの時のアイツ――本当に死んじゃうかと思ったもんな。やっぱりあの時からかなぁ、ジンに『課金』シたいって思うようになったのは」
「実際、確かその時だよね。私たちがジン君に『課金』するようになったのって。確かそうだよね?」
山女の言葉に、姉妹たちが再び揃って頷いた。
そう、あの時。
森崎神秀という男が、彼女らにとってただの幼馴染ではなく、異性として意識すべき、一人の男に変化した、その時のこと。
この奇妙な『課金』制度が始まることになった経緯について、それぞれが過去を思い出すような、短い沈黙があった。
その沈黙の後――へへへ、と風夏が笑った。
「ねぇ、今頃ジン君、どうしてるかな?」
風夏のその言葉に、既にまどろみかけている林音が怪しい呂律で答えた。
「そうねぇ――今頃、布団の中で悶えてるんじゃない? 私たちの『課金』を思い出してね……」
ふふふ、という火凛の涼やかな笑い声が薄闇を震わせた。
「そりゃあな。さっきはあれだけ『重課金』してやったんだ。それぐらいのことはしてもらってないと甲斐がないというものだな」
最後に――山女の控えめな笑い声が後を引き取った。
「あーあ、明日からどうやってジン君に『課金』シようかなぁ――」
何やらとんでもない話題の話は、その後彼女たちが深い満足感の中、寝落ちするまで続いた。
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