第5話初課金

 はっ――!? と俺は息を呑んだ。


 それがまずかった。四姉妹の視線が一気に俺に集中した。




「私が、ジンくんと――?」




 山女ちゃんの顔がぽっと赤くなり、潤んだ目が俺を見た。




「りっ、リン――!?」

「ジン君、今まで私たちはさんざんあなたに課金シてきたけど、ヤマちゃんだけからはもらっちゃダメって言ってきたわね? あの子からの課金を受け取ったら刺し殺すからって、ずっと言ってきたわよね?」

「そ、そうです! その通りですッ!」

「でも、この子ももう中学三年生。色々と経験を積む必要もあると思うの。それにヤマちゃんはこのままだといい小説が書けないわ。私たちも課金するから協力して」

「絶対に断固拒否するッ!」




 本当に断固として、と俺は首を振った。




「俺は山女ちゃんだけとはそういうことをしない! 山女ちゃんは俺の妹みたいなもんなんだぞ!? そういうことはちゃんと好き同士になった男と――!」

「えー、そんなこというなら私たちもあなたのきょうだいみたいなもんじゃない。きょうだいに課金シてもらうのはよくて妹ちゃんからの課金はダメなの?」




 意外な角度からの援護射撃を喰らい、俺はハッと風夏を振り返った。


 それを見た林音が、かかったな、というようにウフフと妖艶に笑った。




「そうそう。夕方なんかあんなに積極的に私に課金を求めてきて――嫌がる割には上の口は随分積極的だったじゃない?」

「何ィ!? ジン貴様……! お前、さっき私が課金シたばかりではないか! 早速浮気したのか! しかもリン姉ぇと……! この尻軽男め!」

「えー? 私なんか学校行く前にジン君に課金シたよ? おべんと美味しかったぁ。ジン君も美味しかったけどね」




 ええい、黙れ黙れ黙れ! と俺は悪代官のような声を上げた。


 山女ちゃんという聖域を護るためにはこの姉妹は何があっても黙らせねばなるまい。


 そういきり立つ俺とは裏腹に――この姉妹はどこまでも残酷だった。




「ヤマちゃん、あなたはどう思う? ジン君に課金シたい?」




 びくっ、と、山女ちゃんが怯えた。

 

 俺はその答えを聞く前に逃げ出そうと椅子を蹴飛ばして駆け出した。


 隣りにある自分の家に入って内鍵を締めて籠城――と、その考えがまとまる前に、驚くほど素早く動いた風夏の手が俺の首根っこを掴んだ。




 そのまま、まるでアメーバのように林音、火凛が脚でも腕でもまとわりついてきて、俺をガッチリとそこに拘束した。


 このダメ姉妹、特に姉三人は、こういうダメな事に関するとあっという間に芸術的な団結を見せることを――俺はその時すっかりと失念していた。




「や、やめろォ! 俺に、山女ちゃんに何をさせる気だ! 離せこのダメ姉ども! やめろォォォォォ!!」

「さぁ、ヤマちゃん! 今よ! 思いっきり美味しくいただきなさい!」

「私たちが動きを止めた! 長くは持たないぞ! ヤマ、早くしろ!」

「何も怖がることはないわ! そーれっそれ! 課金♪ 課金♪ 課金♪」




 ごくっ――と、山女ちゃんのか細い喉が動いた。


 山女ちゃんの顔は真っかっかで、黒目がぐるぐると回っている。


 このまま卒倒するんじゃないかと俺が心配になった、その瞬間。




 どうするか迷ったような所作の後……山女ちゃんが覚悟を決めたような目になった。




「いただきます」




 低い声で宣言するなり、山女ちゃんが俺の両肩をガッチリとホールドした。


 山女ちゃんは姉妹の中では一番背が低いから、背伸びをしても俺の唇には届かない。


 俺は首の力を総動員し、山女ちゃんを護ろうと死物狂いで抗ったけど――火凛の腕が俺の頭を押し下げ、遂に俺と山女ちゃんは至近距離で見つめ合う格好になった。


 俺は血の涙を流しながら山女ちゃんに向かって哀願した。




「山女ちゃん! やめるんだ! 君も――! 俺は、俺は! 君だけは穢したくな――!」




 俺の哀願は、そこで途切れた。


 意を決した表情の山女ちゃんの顔が近づいてきたと思った途端――俺の唇に、ほんの少し、ほんの少しだけ温かさが伝わって――離れた。




 ぽーっ、と、熱に浮かされたような山女ちゃんの、潤んだ目が俺を見た。


 その後、山女ちゃんは急に我に返ったような表情になり、あ……ともじもじと身を捩った後、ちょっと嬉しそうに鼻の頭を掻いた。




「えへへ……ついに『課金』シちゃったね、ジン君……」




 それは、あまりにも、壮絶に――可愛い一言だった。


 アアッなにこれ、ダメ姉三人の陵辱的な課金とは、全然違う。


 そう、それはなにか途轍もなく甘酸っぱくて、そして青臭い感じ――。




 俺の頭の中に何かがガラガラと崩れ落ちる轟音が聞こえたのと同時に、俺の中で何かが硬い殻を突き破り、卵の外に這い出て産声を上げるのを聞いたがした。


 そして、それと同時に、きゃあああ! というダメ姉三人の嬌声が耳を劈いた。




「キャーッ! ヤマちゃん可愛い! 初めてジン君に課金シた時思い出しちゃった! そうそうこんな感じだった!」

「最初は私たちもこんな風な感じだったのねぇ……なんだか私まで恥ずかしくなっちゃったわぁ」

「お、おい、なんだこれは? 今のが課金シたことになるのか? 私の時はもっと深いというか激しかったんだが……」

「もっ、もう! カー姉ぇは恥ずかしいこと言わない! これでいいの! カー姉ぇみたいなはしたない人と一緒にしないで!」




 ヤマちゃんがあまりにデリカシーのないカーさんの発言を咎めると、「ああ、それはそうよねぇ」と林音さんが俺の耳元で囁いた。




「自分で課金シただけじゃわからいことも多いかもね。キスシーンを書くならなるべくいろんな人の課金を見たほうがいいわね」




 はっ!? と俺は林音を目だけで見た。


 すかさず、風夏が「そうそう! 色々食べ比べた方がいいよね!」と賛同したところに、「私たちもジンにヤマのことで詫び課金せねばならないしな」と火凛の助太刀が入って――「私ももっと課金シたい!」という山女ちゃんの一言がトドメとなって突き刺さった。




 ここぞとばかりに筋肉が膨張し、俺はまとわりつく三人をなんとか跳ね飛ばした。逃げ出そうとしたところで足がもつれ――俺は御厨家のフローリングに無様に転がった。


 ひ……! と俺は、脚で床を掻いて後ずさった。


 後ずされば後ずさるだけ――悪魔の四姉妹がじりじりと近づいてきた。


 俺は尻をにじりながら、遂に壁際まで追い詰められた。




「や、やめて……勘弁して……! 四人がかりで課金されたら、お、俺……!」




 命乞いする俺をあざ笑うかのように、というより、実際にあざ笑いながら――。


 四姉妹の中の一番デカくて厄介な悪魔――林音が、俺に死刑宣告を下した。




「課金四人分、入りまーす♪」




◆◆◆




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